第四章 どくのぬまにはまってしまった! - 3
思いがけず《謎の緑髪少女(仮称 アウディ)》を拾ってしまった贅理部一行。
猫や犬とはワケが違う、とは分かっていますが……なにせ本人、テロリスト候補。
霞城市に破壊の恐怖をもたらした【絶対悪】かもしれない。
かもしれないけど、違うかもしれない。
分からない。
言葉が通じないとは、なんと苦痛を伴うハンディキャップなのか?
とりあえず彼女はテロリスト(候補)。
その疑義を晴らすためには、果たして私たちは彼女に何をしてあげられるのか?
ランチタイム。
食事も後回しで贅理部室へ戻ってみれば……
「う~ん……」
ケージのアウディはグッタリ横たわってた。貸与されたタブレットは床に放置されたまま。
『ネット上には結構な数の日本語レッスンビデオが転がってるじゃない?』
『しかも無償ぞな!』
『ショートカットを並べて、タッチパネルで再生できるようにしておくの』
『我らが授業を受けてる間に、アウディ(こいつ)も日本語を学習するぞな!』
悠弐子さんとB子ちゃんは自信満々でしたが……
「やっぱダメですかね?」
冷静に考えてみて、他言語の習得って普通は母国語との比較で学習するじゃないですか?
「適当に学んでね方式では埒が明かないの?」
日本語も分からないし、それと対照する言葉も分からない。
そんなビデオ学習法じゃ誰だって匙を投げてしまいますよね……
「はてさて、どうしたものでしょう……」
弁明には言語の習得が必須です。身の潔白を果たすには最低限の語学能力が……
ヒーローインタビュー程度の受け答えができなければ、力士にもJRAの騎手にもなれません。
「……!」
牢の外からの視線に気づいたアウディ、慌てて退避行動。
ダメだ、駄目な動物園パターンです。
展示されてる動物が動かない。動いたと思ったら客の死角へ隠れてしまう。
「変なことしませんから、もう少し打ち解けませんか?」
インディアン嘘つかない的なポーズを採りながら檻を覗き込めば、
くんくんくん…………醤油の匂いを確かめた時の私みたいな姿勢で、自分を嗅いでいる。
「む?」
そうか。そういえばお風呂入れてないじゃないか。
女の子なんだから、お風呂、入りたいですよね?
(これはチャンスでは? アウディとの距離を縮めるチャンス!)
『悠弐子さん、お腹が痛いので午後の授業は休みます by山田』
「よし」
こうしてLINEを送っとけば、悠弐子さんが上手いこと収めてくれますし。
なんたって悠弐子さんとB子ちゃんの授業に対するインセンティヴは常人の理解を越えている。
なぜあそこまで授業ガチ勢になれるのか山田にはよく分かりません。
逆に、何らかの口実を探してはサボタージュ、が普通の学生の姿ですよね?
カチャリ……
ケージの鍵を外して、アウディを檻の外へ招く。
「しー、ね、しー」
理解してもらえるかな?
唇に人差し指を当てて念を押す。日本人なら誰でも理解できるジェスチャーです。他にも、口にチャックしてみたり両掌で口を塞いだりして、何とかコミュニケーションを試みますが……
「……?」
分かってなさそうな顔のアウディ……だけどそれでも行くしかない。女の子には誰だって、身嗜みを整える権利があるんです。古今東西普遍の女の子権利です。
「ふぅぅ~」
サボりの生徒や手持ち無沙汰の教師に見つかることなく、プールへ到達!
さすがは新設校、我が霞城中央高校。オールシーズン対応の室内プールに、当然シャワールームもピッカピカ!
「さ、誰かに見つからないうちに……」
なのにアウディ身を固くして、パーテーションの内へ入ってこようとしない。
軽く促しても、梃子でも動かないぞと私を睨んでくる。
ゲート入りを徹底拒否する競走馬みたいに。
「……お風呂嫌いなの?」
いやいや。そんな人類いるまいよ?
風呂が億劫な人も、入ってしまえば「入らなきゃよかった」と後悔する人はいません。
「シャワー気持ちいいよ?」
恍惚の表情で自分の身体を撫でまわし、シャワーの良さをアピールしても、
「……?」
当のアウディはキョト~ン……
ん? もしかして入浴文化が大きく異なる地域の子なのかな?
沐浴とか蒸し風呂に慣れ親しんだ文化圏出身なのか?
「ってことは……私が手本を見せるしかないの?」
じー。
「そんなに見ないで」
同性同士でも、凝視されたら恥ずかしいじゃないですか!
脱衣所で制服を脱いで再びシャワーの下へ。
「いいですかアウディ? ここを捻るとお湯が出てくるんですよ」
しゃわぁぁぁー……
「)(&%$&$#&&##”#%!」
突然降ってきた水にアウディ後退る。
「怖くない、怖くないですからアウディ」
まず自分でお湯を頭から被り、危険がないことを教えた上で、
「おいで」
できるだけ柔和な表情でアウディの手を引き寄せると、
「#”$%&#……」
水の暖かさに目を剥いています。「なんじゃこりゃ!」って顔でアウディ、湯を確かめる。
「じゃ、あとは一人で大丈夫だよね?」
以上でインストラクターは退場しましょう、と思ったのに……
「行くな、ってこと?」
「&%$%’&……」
私の腕を必死に掴みながら、懇願の瞳。
やっぱり不安なのかな、半個室とはいえ、一人で残されるのは。
(子供を持つってこんな感じなのかな……)
ボディーソープを塗ってあげると驚いた顔をして、でもアウディは大人しく身を委ねてくれた。
いい匂いだしね。悪いものじゃないと本能的に分かるんだろうな。
(にしても……)
華奢に見えて意外と筋肉質な彼女。戦士として訓練途上もいいところの私に比べたら、筋肉のつき方が全然違う……
(本当に?)
彼女は戦士としての使命を植え付けられた尖兵なんですか?
こんなにも愛くるしい少女が過激思想テロリストの手先なの?
(信じられない……)
そんな残酷な現実が、今も地球上の何処かで繰り広げられてるんでしょうか?
私たちは戦わないといけないんでしょうか?
見て見ぬふりしてはいけないんでしょうか?
正義の戦士として? 過酷で理不尽な現実と?
「&$”#$」
身体を洗ってあげると、くすぐったそうに相好を崩す。天使の笑みです。
穢れを知らぬ無垢なる存在、そう思えて仕方ない。
(本当に――)
この子が悪逆非道な破壊行為を行ったの? 私たちの街を蹂躙したの?
(信じられない……)
いや、もしかしたら「悪いこと」の意味すら分かってないの?
善行と悪行の規範は、社会の先達が教え込まないことには決して身につかない。
躾の有無こそ人間と獣の境目です。
人と共存するなら、犬や猫ですら最低限の社会性を覚え込まされる。
そんな最低限も意図的にマスクされた子なんでしょうか?
悪辣な何者かによって、破壊と殺戮のスキルだけを叩き込まれた?
(だとしたら……許せない!)
女の子には夢見る権利がある! 誰だってシンデレラになれるんです!
それは全世界人類共通の普遍則であって……
「ひゃは!」
掴まれた!
アウディに【 とある部分 】をムギュって掴まれた。
(なんだなんだなんのつもりですか?)
親愛の表現ですか? それとも何か訴えたいことでも……………………あ?
気になるのかな?
誰しも自分と違うところは気になっちゃいます…………あれ?
「悠弐子さーん!!!!」
濡れ髪のまま部室へ戻ると、真っ先に「異常事態」を報告する!
「アウディ(この子)…………人間じゃない!」




