第三章 天使のいない十二月 - 2
ヤクザさんとのサイコロ勝負。
勝てば天国負ければ地獄の一発勝負なのに、どうしてこの二人(悠弐子さんとB子ちゃん)は平然と臨めていたのか?
サイコロにイカサマ加工が仕込まれていないのは、現場で彼らが確認したはず。
なのにどうして「絶対に勝機あり!」と確信を抱けたのか?
『綾波悠弐子のギャンブル必勝法』、その真相が今、暴かれる。
キャラクター紹介 (1) 山田桜里子さん #ゆにばぁさりぃ
本編のヒロインにして、美少女に振り回されることを宿命づけられた女子高生。
基本的にゆにばぁさりぃ、桜里子が酷い目に遭う話です。
ロクに訓練も受けてないのに、正義の戦隊員として戦場へ駆り出されます。ヤバいです。常識的に考えて。
「これ」
B子ちゃん、部室備えつけの小さな冷蔵庫からポリスチレン容器入りの飲み物を取り出した。
「『ゆにばぁさりぃ乳酸菌飲料』じゃないですか?」
何故か贅理部室に常備してあって、ことある度に悠弐子さんが「飲め飲め」と勧めてくる栄養補助飲料ですよ?
「桜里子、これはどんな栄養を補助してくれる食品ぞな?」
「悠弐子さんが言うには、【常時フルパワーを発揮できるようになる、ファイト一発飲料】って代物らしいですけど?」
特定保健用食品くらい微妙な効力しか感じませんが?
「そう。その通り」
「はぁ……?」
「だからこれを飲んでた桜里子は、フルパワーを発揮できる女子」
「いやいやB子ちゃん」
確かに私は毎日飲まされてましたけど、だからといって百メートル九秒で走れたり、二百キロのバーベルを挙げたりはできませんけど? テストの点数だって中の中です。ミス平均点です。
「馬鹿。桜里子は馬鹿」
「なんですとー!」
失敬だなこの金髪JK! いい加減怒りますよ仏の桜里子さんでも?
「フルパワーとは、あくまで【女子高生・山田桜里子の最大限】であって、別に超人的な能力が覚醒する、なんてことはないぞな」
「……そうなんですか?」
「自分が持っている能力の範囲内でマキシマイズパワーが常時出せる、って話ぞな」
「はぁ……」
「つまり、今の山田桜里子は――あらゆることが《 最大限 》で固定されているぞな」
恍惚の表情で両の手を広げるB子ちゃん。神々しき宗教画の聖母のごとく。
「いやいやいやB子ちゃん、高々《女子高生の最大限》を固定してどうなるんですか?」
たいした意味なくないですか?
「これが意味ぞな」
ドヤるB子ちゃん、真っ二つになったサイコロの表と裏、
「なぜ何回やってもコレしか出ないのか?」
三と四の面を私へ見せつけながら断じた。
「それは桜里子のゆにばぁさりぃ能力 《 - 絶対普遍化- 》が適用されたからぞな!」
「は????」
そんなの初めて聞いたんですけど? てか能力なんてあったんですか、私に????
「ありとあらゆる事象を中庸化してしまう能力ぞな!」
「しかもなんですかその能力……全く使い所が浮かんでこないんですけど?」
「あったっしょ?」
優勝賞品はコレですよ? と小切手を見せつけるクイズ番組の司会者みたい。
B子ちゃんは部室へ腐るほど届けられた請求書の一枚を、唇の前に掲げて、
ビリビリビリビリ…………
もはや、お前は用なしだ! とでも言わんばかりの顔で引き裂いた。
悪い! ――極悪人の笑顔です!
なのにそれでも美しいってどういうことだ?
霞城中央の胡桃割り人形は悪の華でも美しい。
「果たして《 絶対普遍化 》が極まれば、因果は三と四の間に収束するんぞな!」
半! どうやっても半にしかならない! 極限の確定原理!
「究極の半がそこに産まれる……」
(うわぁ…………)
改めて敬服します、この子たちの悪知恵偏差値には!
「というか!」
そんな能力イカサマを発動させるため『ゆにばぁさりぃ乳酸菌飲料』なる怪しげ健康補助飲料を飲ませてたんですか? 私に? 仲間に?
「 反 省 し て 下 さ い ! 」
薬を盛って無理矢理鉄火場へ連れ込んだだけではなく、あまつさえ! 妖しげな飲料を飲ませて能力開発までやってたとか、人の倫に外れすぎて空いた口が塞がりません!
「百裂脚!」
部室に設置されていた檻へ美少女を蹴り込み、施錠して軟禁です!
何故かこの部室、檻がある。
檻とは言っても鋼鉄製ではなくて竹製なんですが。部室棟の裏山に生えている竹林から材料を失敬してきたハンドメイドジェイルなのです。
『【アヌスミラビリス】の活動家を捕まえとく場所を確保しておかないとダメでしょ?』
真顔の悠弐子さんが言い出したのは、いつの話だったか。
斯くして、出来上がった牢屋は、いかにも女子の技術工作っぽい出来で……拘束施設というよりは美術オブジェの雰囲気。調子乗ってカラフルなペイントまで施されちゃってます。まるで、お伽噺の本に出てくる牢屋みたいな有様です。バッグほどもある南京錠とか、これ飾りですよね完全に?
無駄に絵心ある人が作ると、こういうことになっちゃうらしい、DIYって奴は。
女子三人の部活ですし、「いかにも!」な【牢】があっても困るんですけど。
どうせ本気で悪人を収監するなんて思ってないでしょうし。
…………思ってるかもしれない、悠弐子さんは……
いやいや、本当に人なんか閉じ込められませんよ、常識的に考えて。
不審者は警察へ引き渡すのが筋ですよ。普通の女子高生には扱いかねます。
「悪い子はそこで反省しなさい!」
粗相を致しちゃった美少女を少しだけ閉じ込めるくらいが関の山です、こんな牢は。
「ふぇぇ……」
卵化(Egganization)で可哀想アピールしても無駄です!
「もう一人の【悪い子】も帰り次第、反省房行きです!」
(とは言うものの……)
音沙汰がなくなってから既に一週間……さすがに心配になってきた。
いくら天下無双の悠弐子さんであっても、外界と隔絶した砂漠のオアシスとか絶海の孤島とか、そんな僻地へ宅配されてたなら、身動きが取れなくなっていても不思議はない。
私だって、なんとか歩いていける距離に日本大使館があったから助かったようなもの。もし言葉も通じないスラムにでも放り込まれでもしていたなら……追い剥ぎやレイプですら御の字です。
「悠弐子さん……」
こんなにファンシーな「牢」とは違う、饐えた臭い漂う本物の牢に入ってたりしませんよね?
「案ずるな桜里子。生きているぞな」
牢の中から窓の外、遠い目で呟く金髪のプリゾナー。
「……分かるんですか?」
「分かる」
常識的に考えれば嘘に決まっている。
地球規模で距離を隔てた誰かと心が通じ合うとか、ありえない話です。
それでも彼女は確信に満ちた顔で言うのです。《大丈夫だ》と。
まるで古典物理学では解析不能のエンタングルメントみたいな確信。
まさか本当にあったりするんでしょうか? 凡人には持ち得ぬ美少女プロトコル。美少女同士ならどんなに遠くの相手も認知できるハイパートランスポートが。
(いやいやありえない)
もしそんな裏技が存在してたら、世界は美少女に乗っ取られてる。
それくらいヤバい能力ですよ? 《絶対普遍化》なんて目じゃないほどの。
……てか私に「能力」があったのか……全く自覚してなかったんですけど?
一応私も能力者だからスカウトされたんですか? 贅理部に――ゆにばぁさりぃに? 私は?
「一応」と言うにも憚られるほど微力な能力ですが?
(てか!)
それもこれも!
みんな悠弐子さんが悪いんですよ!
悠弐子さんが帰ってきてくれないから、訊きたいことも訊けないじゃないですか!
「だいじょぶだいじょぶ。ゆに公なら水と空気さえあれば生き延びられる」
ええまぁそうでしょうけど。悠弐子さんなら、どんな地獄の黙示録でも逞しくサバイヴしてるでしょうけど。持ち前のバイタリティと才覚と図太い神経で道を切り拓いてるでしょうけど。
「はぁぁぁ……」
ファンシー牢屋の竹柵にもたれてエクトプラズムを吐く。
ポチ。
檻の隙間から手を伸ばしてきたB子ちゃん、勝手にリモコンを奪取してテレビを点けてるし。
ね? 実用に堪えるとは思えないですよ、この檻。
中から片手ぐらいは余裕で伸ばせる「ゆとり仕様」。これがホントの片手落ち。
そこへ……
『お金のために働くんじゃない、お客様の笑顔が見たいからココで働いてます!』
テレビから流れてきた声は……




