それでも日本は狙われている - 8
馬産の【目を背けたくなる現実】に接し、悩む悠弐子。
果たしてそれは、“仕方がない現実”なのか、“憎むべき悪”なのか?
彼女が出した答えとは?
第二章、完結編です。
ヒーローらしく! 最後までヒーローらしく!
「…………あ?」
眠気眼のアングロサクソンが、ようやくお目覚めね。
「――イド!!!!」
一人で眠るには贅沢すぎるキングサイズ、横たわる「良血馬」に跨るあたし、彩波悠弐子。
ガリレイドンナなる仮の名前を捨て、正装ゆにばぁさりぃとして只今参上!
「ジェントル・チャップマン・ジュニア…………The Prince of Coolmore!」
バック・トゥ・ザ・フューチャーでいうところの、「My name is Darth Vader. I am an Extraterrestrial from the planet Vulcan」の体勢で【容疑者】へ迫る!
「随分と気が早いね東洋人は……日本じゃ「オトモダチカラ」が作法じゃなかったのかい?」
冴えないアイリッシュジョークも武士の情け。今だけは特別に勘弁してあげる。
「残念ねジュニアチャップマン、あたしは作法に則らない女なの」
「あ? なんだ君はSHINOBIだったのか? 女はKUNOICHIだったっけ?」
「日本にはSHINOBIなんてもういないわよ?」
「オー! 夢を壊さないで! いつの日かNINJAへ弟子入りを果たすのが夢だったのに!」
「今の日本を守るのはNINJAじゃない。Super SENTAIよ!」
「Super SENTAI? Power Rangersのことかい?」
「そう。あたしはmember of Rangers――ジュニアチャップマン、あんたを裁きに来た!」
「!!!!」
「――正義の名の下に!」
ビシリ! と見得を決めて股下の彼へと宣告する。
「ハ……ハハハハハ……何を言ってるの? お戯れなら止してくれイド」
「ゆにばぁさりぃの辞書に『戯れ』などという言葉は載っていないわ!」
「イド、もしかして君、記憶喪失が悪化したのか? なら医者を呼ぼう。誰か…………ああっ!」
ようやく気がついたようね。あんたの四肢はベッドに括りつけさせて貰ったわ。
寝込みを襲う、とはこういうことよ!
「意味が分からないよイド! こんなもの解いてくれ!」
「すぐに解いてあげるわ。あたしの欲しい物を頂ければね」
「欲しい物? 金か? 貴金属か? 債権か?」
「コソドロと一緒にしないでよ。あたしはSoldier of Justice――世界の欺瞞を暴く者よ!」
ジュニアは「ワケが分からないよ」の表情で首を振る。言葉は通じるのに、全く以て意図が掴めないエイリアンに襲われた人間の顔で。
「あれ――あれ――あれ」
あたしは寝室の壁に掲げられていた三枚の油絵を指差す。いずれも古式ゆかしい馬の絵だ。
「バイアリーターク、ダーレーアラビアン、ゴドルフィンアラビアン――サラブレッド三大始祖。まさに馬産王子のベッドルームに相応しい絵画ね」
「それはどうも」
「ミスタージュニア、これら三大始祖の生年月日は?」
「おおよそ十七世紀末から十八世紀初頭にかけて実在した馬だが?」
「つまり三大始祖を歴史の年表に照らせば、ルイ十四世がベルサイユ宮殿を造ってた頃。その頃から馬産家はサラブレッドの改良を続けてきたの。馬産とは三百年以上も脈々と続けられてきた壮大な遺伝実験なのよ!」
「それが? それがどうかしたのか?」
あまりに当たり前の事実確認に御曹司も戸惑ってる。
――だけど!
――でもそれが!
「おかしい!」
「何が?」
「そんだけ続けてきて、未だに【答え】が出ていないの――おかしいでしょ?」
「いや、それは……」
「この三百年で人類は飛躍的な科学の進歩を遂げた。生命科学とて例に漏れず、膨大な知見が積み上げられてきたにも関わらず! 果樹の品種改良だって数十年内には品種が確定するのに、わずか二年で競走馬に育つサラブレッド改良実験の答えが出ていないのはおかしい!」
「待ってくれイド!」
「あんたたち隠してるでしょ? 開かずの金庫の奥の奥に――『馬産の答え』を隠してる!」
「は?」
「でも公表したら馬産家のシノギを失うから、やらない」
「イド……」
「それを隠すことで得られる既得権益を守るために隠蔽してるのね! ブラッドスポーツの幻想で馬主やファンに騙している!」
「知らない! そんなものはない!」
「嘘をつけぇぇぇい!」
ビシィ!
さすが牧場だけあって、売るほど余ってるムチを悪人にくれてやる。ビシビシと。
(※ゆにばぁさりぃの真似は、危ないので絶対にしないでね)
「世界的な馬産カルテルが示し合わせてるんでしょ? 【絶対成功方程式】の隠蔽を!」
「言いがかりだ! そんな事実は一切ない!」
「虚偽で商売する奴は詐欺師よ! たとえ天が許しても、このゆにばぁさりぃが許さない!」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ! アウッ! ハァァァァゥッ! ヒィィィッ!」
――しぶといな。
常夜灯でも分かるくらい頬が紅潮しているのに、まだ吐かない?
「仕方ないわ……こうなったら実力行使するしかないわね」
「は?」
「馬産の【絶対成功方程式】は存在しないんでしょう?」
「しない。ない。そんなもの」
「だったら配合なんて考えるだけ無駄よ――全て天の思し召し通りにすればいい」
「は?」
「今から牧場の馬房を開放する。あらゆる枷を解き放つ」
「…………何を言ってるんだイド?」
そんなことは出来るはずがないと御曹司、あたしの本気を疑っている。
だけど言ったじゃない。ゆにばぁさりぃの辞書には「戯れ」などという言葉はないの。
ぽちっとな。
スマホから遠隔操作の司令を送れば、
ヒヒーン!
時を待たずして聞こえる声は馬の嘶き。開け放たれた窓の外から、けたたましく。
馴らされた家畜ではなく、猛々しい野生の響きで。
それは解放の勝鬨。自由の歓喜と未来への不安が入り交じった、自立の叫びだ。
「あんたたちは今から自由の身! 好きなだけ生きればいい、好きな相手と交尾すればいい!」
「もう台無しだ…………有り得ない!」
ネロもこんな狼狽えた顔をしたのかしら、ローマ大火を大邸宅の窓から眺めた際は?
「なんという取り返しのつかないことを! 狂ってる! 君は狂ってる、イド!」
「神様はどんな優秀な仔を授けてくれるかしら?」
厩務員を蹴散らしながら広い牧草地へと駆け出していくサラブレッドたち。
先頭を駆る勇ましい一頭は、十中八九『アイツ』に違いない。
人類にとって科学的精神の礎となった偉人、彼の名を頂くアイツが切り拓いてく。
「親子関係なんて後で確認できるわ。ジェネラルスタッドブックも安泰よ、今の技術なら」
「正気の沙汰じゃない……」
「サラブレッドの改良実験は現時刻を以て終焉を迎える!」
「!!!!」
「これからアイルランドは、この彩波悠弐子の少子化克服実験場となる!」
あたし、王子に向かって高らかに宣言する。
「喜んでジュニア。あなたは救国の英雄として歴史に名を刻むのよ」
「狂ってる……」
「そんな女に求婚したの、あなたなんだからね?」
覚悟を決めた女に翻意など有り得ない。どんな荒波でも乗り越えてみせる、その決意だけだ。
「さ、永遠の愛を誓いましょ。せいぜい半世紀程度の短い永遠を」
スーパーヒロインが結婚したら、ヒロイン業を引退するんでしょうか?




