それでも日本は狙われている - 7
しつこくプロポーズを迫る御曹司から逃げる悠弐子!
というか「俺の女に手を出すな!」とばかりに逃げているのは彼氏ヅラの馬の方?
そんな二人が迷い込んだのは魔女の森…………ではなくて、不思議な厩舎。
廃墟とも言えるような、そうでもないような、不気味なオーラを漂わす施設で、
ガリレオは何を語るのか……?
「ドナドナ?」
ただそれだけ、ガリレオ(彼)はポツリと呟いた。
「…………あ?」
つまりそれって……文字通りの、歌詞の通りのドナドナ?
馬が経済動物たる由縁は、その最期にこそ最も残酷に顕われる。
哀れにも【 産業廃棄物 】として扱われる末路だ。
皆が皆、ガリレオのように丁重に扱われるわけではないし、むしろ乗馬として卸されるなら幸運な部類。競走馬を廃用となった馬の九割は、様々な流転の末に「処理」される。彼らの生は、人の都合に拠って頓挫させられるのだ。
「屠殺場……」
それなら説明がつく。この異様なほどに生命感がない、不気味な建物の意味も。
あらゆる喜怒哀楽が削ぎ落とされ、灰色の厳かさだけに包まれる意味も。
対象を慮る必要がなくなれば、事務的に【 処理 】されてしまう。
首斬り浅右衛門には情など邪魔でしかない。
古今東西、好んで【死】に携わりたいサイコパスなど少数派もいいところではないか。
「イド……」
随分と遅れて追いついてきたジュニアもバツの悪い顔を浮かべた。
できるなら見せたくなかった、という堅い表情で。
だけどそれでも御曹司は、
「我々は慈善事業家ではない。実業家だ」
安易なセンチメンタリズムに流されたりせず、毅然と己の立場を表明する。
(こいつは……)
ジキルとハイドか?
そんな疑念が湧いてくるほどのパーソナリティ。
時に、素性不明の東洋人を一目惚れしてしまうウッカリ坊ちゃまかと思いきや、
非情な経営判断に徹するビジネスマンの顔を見せてきたり、
本来備える人間性と、他者から求められる理想像が一人の人間に混在している。
本物の帝王学を仕込まれたエリートとは、こうなっちゃうものなのか?
異邦人だ――日本の女子高生とは世界が違う人。
仮に結婚したとしても、同じ価値観を共有できる人種なのだろうか?
「イド……」
そんなあたしの戸惑いを察してか、彼もバツが悪そうな表情を浮かべ、
強引にでもイエスを引き出したい婚活王子の勢いも頓挫した。
饒舌な言葉を継げずに口ごもる。
ヴヴヴヴヴヴ……
「分かった。すぐ行く」
丁度かかってきた部下の電話にジュニアは応え、
「イド、また後で」
これ幸いとばかりに屠殺場を後にした。
いくら女に手が早い男でも、こんな場所では気が引ける。死が近すぎて、ロマンティックが勝手に逃げていくよ。
ぶひひん……
彼の「恋敵」も踵を返し、「長居は無用」と去る。
『変則恋』のトライアングラーもダウンな気分がブチ壊し。
重苦しい雰囲気だけを残して現地解散となった。
「つらい……」
理不尽は人の心を苛む。
「つらぽん……」
厩務員用の一人部屋、ベッドに寝転がってサラブレッドの運命を顧みる。
『我々は慈善事業家ではない。ビジネスマンだ』
リフレインするジュニアの言葉。
分かる。彼が言いたいことは充分に分かる。
そう、馬産という産業が富を産めば、携わる何千という関係者が潤う。それを糧とする家族が希望を紡いでいける。
そもそも人は計り知れないほどの家畜を食べて生きてきた。馬産だけを悪者扱いするのは感情論が過ぎるというものだ。
……それは分かっているけど……理屈では理解できるけれど……
人間の都合で配合相手を決められ、たまたま足が遅いだけで屠殺場へと送られる。
理不尽だ。
正義の戦士とは理不尽と闘うために存在するヒーローではないのか?
だったらクールモアの経営者一族を皆殺しにするのが正しいのか?
違う。
一族郎党を根絶やしにしたところで世界の馬産は止め処なく回っていく。
マフィアを根絶したところで別のファミリーがシマを支配し始めるだけなのだ。
むしろ牧場に携わる人々の、家族の未来を断って、絶望の淵へ追い落とすだけではないか?
そんなの本末転倒だ。悲劇を拡散させるなど、正義のヒーローには以ての外。
う~ん、う~ん……
どうする? それならどうしたらいい、彩波悠弐子ならば?
正義の戦士には何が正解なの?
……………………あ?
首斬り浅右衛門 - https://ja.wikipedia.org/wiki/山田浅右衛門
「首斬り浅右衛門には情など邪魔でしかない。」の一文を書くために確認したんですが、
感情どころか、死体は唯一無二のビジネスの種だったんですねw
異世界モノを書く方には良い資料(アイディアの素)になりそう。
注)ガリレオ(Galileo)という馬は実在しますが、この話の馬とは何の関係もございません。悪しからずご了承下さい。m(_ _)m。
The persons and events in this motion picture are fictitious. Any similarity to actual persons or events is unintentional.




