それでも日本は狙われている - 6
(※再構成しようかと思いましたが、取り敢えず上げてしまいましょうと方向転換。これはここでしか切れないな、という判断で。多少、いつもより短いですが)
誰もあたしを知らない最果ての大地で、ガリレイドンナ(愛称イド)として厩務員を始めた女子高生、彩波悠弐子だったが……
何の因果かお嬢さん、厩舎のボスである御曹司に一目惚れされてしまい、さぁ大変。
ま、仕方ないといえば仕方ないんだけど。
人も羨むような美貌の持ち主だからして。
本人にその自覚は全くないのが、また罪作りな。
世界で迷惑を撒き散らす日本の女子高生、果たして顛末や如何に?
「逃げてしまった……結果として」
理由なき逃走は女性の特権……かもしれないけど、彩波悠弐子には似合わない。
似合いはしないが結果オーライ。
実際のところ、まだまだ身分不詳のまま【疑似異世界】を楽しみたいのは正直な気持ちだしね。
プロポーズなど有耶無耶のまま牧場での「別人生活」を謳歌してたいの。
「……お前が逃げたいなら、どこまでだって付き合ってやる?」
ボニーアンドクライド?
ほんと馬のくせに、彼氏ヅラが過ぎる。
性格と能力の間には何の相関もないと痛感させられるわ。
こんなワガママで自己中でどうしようもない奴なのに、走ることにかけては誰の追随も許さない。
これが人間だったら、品性とか品格とか倫理性とか問われるのに……ただ馬は速ければいい。
あまりに単純で救いのない秤じゃないの?
――だけど反面、自由だなと思う。
「あー、あたしも馬の子になっちゃおうかしら……」
野生に近ければ近いほど物事は単純化され、くだらない例外や特例は失われていく。
それも事実。
とても残酷で無慈悲だけど矛盾や虚飾のない世界。
「ん?」
なんだろうこの厩舎は?
牧場施設群の中でも最も辺鄙な場所にヒッソリと隔離された……厩舎?
「なんなの?」
この牧場は未来の総帥が仕切る、いわばグループの基幹拠点と言ってもいい。
世界に冠たる馬産王の中核施設だもの、そりゃドコに出しても恥ずかしくない立派な作りよ。伝統と格式を誇るトラディショナルな建築で溢れてる。何十年か後には世界遺産指定されてもおかしくないようなゴージャスな建物ばかりだ。
だけどこの建物だけは…………何か違う?
馬産王の栄華や自尊心を誇らしく示す意気が感じられない。
素っ気ないというか、むしろ鈍色のオーラを感じる。
「…………」
ふと気がつけば、おしゃべりな馬の声が止んでいる。
「ガリレオ?」
こいつワザと口を閉ざしている。
それはつまり「知っているのに喋りたくない」ってことなんだろう。
ゴクリ……嫌な予感がする。
こんなに生命感が乏しい厩舎は見たことがない。
新築と呼べるほどの真新しさもなく、かといって解体を待つ老朽厩舎というほど古くもない。それなりの使用感と最低限の手入れ。
ひとことで言えば無機質。厩舎ならば、どんな建物からでも伝わってくる動物の生命感が、微塵も感じられない。
何かの理由で放棄された建物なら、もっと廃れた感じが漂っていてもいいはず。
というか解体費用をケチるクールモアじゃないでしょ?
世界中に金持ち相手に馬を売りまくってる大企業なんだから?
「…………」
ガリレオは口を閉ざしたまま、まるで本来の姿に戻ってしまったかのように沈黙する。
人の言葉など知らんとでも言わんばかりに嘶くだけ。
タブー。禁忌。
彼の沈黙はそれを物語る。
なんだなんだなんだ? 黒い胸騒ぎが止まらない。止め処なく動悸が高鳴って。
「あんた何か知って……」
息苦しい沈黙に耐えかねて、ガリレオへ尋ねようとした時、
ブゥン……
迫るエンジン音に追い立てられ、あたしとガリレオは物陰に隠れた。
そっと影から見守れば、馬運車は例の建物へと吸い込まれた。
建物の中から数人の厩務員が出てきて馬運車を誘導する。
おかしい。
「…………」
馬は人の気配を察する。察するからこそ、無意識のうちに人は馬の「人格」を尊重して扱う。
サラブレッドには「馬格」があるといっていい。
ところがこの建物の厩務員にはそれがない。馬に対する愛情や親近感が皆無なんだ……だから、そこはかとなく不自然で、不気味に感じる。
「なに? 何なの?」
ぶひひん……
不穏な気配に慄くあたしを察して…………ガリレオが重い口を開いた。
注)ガリレオ(Galileo)という馬は実在しますが、この話の馬とは何の関係もございません。悪しからずご了承下さい。m(_ _)m。
The persons and events in this motion picture are fictitious. Any similarity to actual persons or events is unintentional.




