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それでも日本は狙われている - 4

 大型カジノシップから脱出、という名の“配送”で、着いた先は緑生い茂る牧場だった。

 そこで暴れ馬・ガリレオと“知り合った”、彩波悠弐子は臨時雇いの厩務員にリクルートされる。

 実態は、噛み癖のあるマッドホースの世話を、体よく押し付けられた形なのだが……

 何故か悠弐子だけには懐くガリレオ。


 いや、困ったことに馬だけじゃなくて、厩舎のボス“らしい”男からもプロポーズされちゃったんだけど? いきなり。初対面で。


 彼。ジェントル・チャップマン・ジュニアとかいう名前の彼。

 唐突に婚姻を迫ってきたアングロサクソンの大男は、この厩務員たちの雇い主にして、ガリレオのオーナー……なんて小さい人物ではなかった。

 一応の肩書としては、この厩舎スタッドの総責任者ではあるものの、実際は経営者一族の期待を担った御曹司様らしく。ゆくゆくはグループ全体のトップに立つと目される、正真正銘のお坊ちゃまんらしい。

 らしい。

 分からない。

 欧州競馬界を牛耳るxx家とか言われても……

 それよりもそんな立場でありながら、出会って四秒でプロポーズとか、どうかしていないか?

 身上を潰すタイプの三代目では?

 いや、知らないけど、彼が何代目かなど。

 それにしたって一族のプリンス様なわけだから、場末の厩舎など任せられるはずもなく。

 この厩舎は種馬を繋養する厩舎らしい。

 それも重賞を幾つも勝った優良馬しか入れない厩舎らしく。

 経営者もエリートなら馬も超エリートというわけだ。

「……こいつも?」

 自分が犬か猫かと勘違いした体で甘えてくる、この暴れ馬も?

「だから言ったろ? ……ああまぁ、種馬ならもう走ることはないわよね……」

 嘘は言っていない。

 ドヤ顔であたしの髪をハムハムしてくるガリレオ。美味いのか?

「だからといって仕事を疎かにしていいわけがないだろう?」

「はっ!」

 ジェントル・チャップマン・ジュニア!

 広い額に包帯を巻いた姿が痛々しい。

 その傷も原因はこいつ(ガリレオ)のせい。

 昨日の突発プロポーズであたしの前に跪いた彼を、馬房から目一杯伸ばした首でジュニアの頭を丸ごとぱっくんちょ。暴れたら首と胴体がサヨウナラしてしまいそうな深さまで飲み込んでしまい、厩舎関係者全員が決死の体で引き剥がした末の「勲章」である。

「あ? …………気分が乗らないんでパスする、って言ってるけど?」

 馬房内でプイとお尻を向けたガリレオのつぶやきを代弁する。

「ワガママ言ってんじゃない。肌馬のフケを逃してしまったらどうするんだ?」

 仕事モードのジュニア、首根っこを縛り付けても連れて行くぞの迫力でガリレオを叱る。

「…………」

 それでもガリレオは動こうとしない。頑固な馬よ全く。

 一方のジュニアは、赤鬼モードで実力行使も厭わぬ様子。

 彼の命令一つで暴れ馬と格闘しなくてはいけない厩務員たちは戦々恐々、

「Please!」「Please, ID!」「Only you are important!」「Our hope!」「Please, ID!」

 決死の懇願を視線で送ってくる。大の大人たちが情けない表情で必死に訴えてくる。

 あー、分かった分かった。やればいいんでしょ、あたしがやればいいんでしょ?


「驚いた……本当に懐いているのか……」

 背に乗って「キリキリ歩けー」と促せば、渋々馬房から出ていくガリレオ。

 その様に関係者全員が目を丸くしてた。

 お前どんだけ手間を取らせていたんだ皆に?

 嬉しさのあまり、泣きそうになってる厩務員までいるじゃないか?

「イド? 君はモンゴルのお姫様なの?」

 いえいえ、そんな御大層なもんじゃないよ御曹司。

 あたしはタダの一般の方よ、日本国民彩波悠弐子よ。

 幼い頃から馬に親しみ、生活の一部として過ごしてきた騎馬民族でもなんでもないから。

 だけどそう思いたいのなら勝手に思ってくれていいよ?

 ここでのあたしは「ガリレイドンナ」なる謎の厩務員だ。

 身元不明の記憶喪失少女なのだ。

 ふっふっふ……

 いいわ、格好いいわ、身分を隠して敵の懐に潜り込むエージェントみたいじゃない!

 将来使えるかもしれないから経験しておこう、正義のスキルとして。

(にしても……)

 いきなりプロポーズしてきたくせに一夜明けたら素っ気ない。

 また朝から「Will you marry me?」と迫られるのかと思ったら、今日はビジネスマンの顔で自分のタスクを最優先してる。

 ただの放蕩息子じゃないのか。キッチリと英才教育を受けた跡取り息子っぽい。

「さて、ここからがまた大仕事だ……」

 眉を顰めたジュニア、厩務員たちに「いつもの」シークエンスを指示する。

「む?」

 厩舎から離れた、小さな体育館みたいな施設へ入ると、そこに一頭の馬が繋養されていた。

「闘牛の練習でもするの?」

 ファーストインプレッションで呟いちゃったけど……そんなわけがない。

 冷静に考えてサラブレッドは早く走ることに特化した生き物として改良されてきたんだ。

 闘うくらいなら逃げ足を発揮した方が、何十倍も生き残る確率が高い。

「そうだ、改良だよイド」

「え?」

「準備できましたジュニア」

 厩務員が連れてきたのは複数の馬。しかも全部毛色が違ってる!

 鹿毛、黒鹿毛、青鹿毛、青毛、栗毛、栃栗毛、芦毛、白毛……尾花栗毛やシャンパンの馬までいるじゃない?

「なにこれ?」

 モンゴルのお姫様への社会科見学じゃないよね?

「当て馬だよイド」

 ……当て馬? 牝の発情を確認するための牡馬のこと?

「多すぎるよね?」

 そんなの一頭いれば役目は果たせるはず? こんなに何頭も用意する必要は……

「肌馬のためじゃない、ガリレオのための馬なのさ」

「は?」

 いやいやいや、そんなの聞いたことないよ?

「つまりこれって、ハーレム?」

 大奥? オルド? 殿様に夜の営みを頑張ってもらうための配慮?

「ここまでやんないとその気になってくれないんだ、こいつ(ガリレオ)は」

 肩を竦めてヤレヤレと溜息のジュニア。

 呆れた……畜生のくせにどんだけ贅沢なんだこの馬?

「あ? 俺にだって選ぶ権利はある?」

 そうかもしれないけどお仕事でしょ? 選り好みしていい立場じゃないでしょ?

 ガリレオの鼻面をバシバシ叩いて説教すれば、しょうがねーなと牝馬にのしかかった。

「うほ!」

 五百キロの牡と牝が交尾をする現場ってスゴい迫力や!

 マウントスタイルで牡が立ち上がるとヤバいくらいの質量感!

 近くにいると身の危険を感じる!


 で、行為自体はごく短時間で終わったんだけど……

 牝馬は「おつかれっしたー」と振り返ることもなく馬運車へ乗り込み、ガリレオはガリレオで何事もなかったように賢者タイム。

 つつがなく予定の交配が済んで一安心……の空気じゃない。

「Yahoo!!!!」

 なんだ? 厩務員たちがガッツポでハイタッチを交わしてんだけど?

「We can not thank you enough!! ID!!」

 続いて厩務員たち、代わる代わるあたしにハグしてくるのさ。男も女も、満面の笑みで。

「こいつの種付けは本当に大変で!」

「その気になるまで何時間待たされるか分かったもんじゃないの!」

「気まぐれ馬にしても程がある!」

 口々に不良馬の罵詈雑言を連ねる厩務員たち。

「Galileidonna!!」

「oh my goddess!!」

 この喜びようで何となく察せるわ、あんた(ガリレオ)がどんだけ気難しい奴だったか。


 とはいうものの……

「…………」

 嫌味ったらしく皮肉の一つも言う気分にはなれない。

「…………」

 結局あたしはガリレオと一言も交わさないまま馬房へと帰った。

 で、彼を寝床に収めると、そそくさと厩舎を後にした。


「う~ん……」

 再び、種付けの施設へ戻り、見学用のスペースから眺める。

 聞き分けのいい種牡馬と肌馬は手慣れた調子で種付けを済ませている。

 あれが普通なんだ。あれくらいじゃないと、やってらんないんだろうな厩務員たちも。

「経済動物、って感じ……」

 流れ作業というか事務的というか……ううむ……

「種付けに興味があるの?」

 なんだそこ誤解を招くような言い方は?

 セクハラで訴えるぞ御曹司?

「知り合いの性行為を間近で見て、平然としてられる奴がいる?」

 前触れもなく話しかけてきた御曹司に問で反撃する。

「知り合い、か……」

 ガリレオに負けず劣らずの馴れ馴れしさで身体を寄せてきたと思ったら……お戯れモードからスッと切り替わる。これもエリートの所作なのかしら?

「いったい君は何者なんだイド?」

 女の色香に溺れることなく訊くべきことを尋ねてくるジュニア。

「馬を知り合い扱いできる奴は何人いるんだろうね、この地球上に?」

 「男と女」ではなく「ビジネス」の距離感でジュニアは尋ねてきた。

「君は運命の相手だ、イド」

「…………」

「僕と一緒にクールモアを発展させる、馬産の女王となる」

 御曹司はあたしを囲いに来ている。

 女としても、世界的な馬産産業を担う経営者としても。

注)ガリレオ(Galileo)という馬は実在しますが、この話の馬とは何の関係もございません。悪しからずご了承下さい。m(_ _)m。


The persons and events in this motion picture are fictitious. Any similarity to actual persons or events is unintentional.


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