8 菖蒲子(崔本雅也)
「じゃ、とりあえず死体検分には付き合ったから、これでいいわよね」
覆面パトカーに向かう途中で董子さんが言う。
「そうですね。わかりました。無理強いはできません。法律上はともかく、董子さんの扱いは一般人ですし……。ご協力ありがとうございました」
「警察手帳も返そうか。それに何、この重いバッグ……」
「警察手帳は身に付けておいていてください。身分証明書ですから……。バッグの方は引き受けます」
ついで覆面パトカーのドアを開け、
「お送りしますよ。ご自宅まで……」
「ついでに片付けも手伝わない」
「申し訳ございませんが、ご遠慮させていただきます」
そんな会話をした後で董子さんをパトカーに乗せる。運転席に乗り込んだ途端、雰囲気が変わる。
「車内がガソリン臭いから窓を開けてもいいですか」
雰囲気と声が菖蒲子さんだ。
「はい、構いません」
そう答え、振り向く。
「お久しぶりです。菖蒲子さん」
「ああ、崔本さんでしたか。こちらこそお久しぶりです。……ということは、わたしは桔梗子から……」
「それが、董子さんからでした」
「じゃあ、シャワーを浴びた方がいいかしら」
そう言い、自分の身体をクンクンと嗅ぎ始める。
「董子さん、今日は放蕩していませんよ」
そう指摘すると、
「ええ、確かにそうみたい」
納得し、菖蒲子さんが応える。
「今、ご自宅へ向かおうとしていたところですが……」
「では、その前にクリニックに寄っていただけませんか。どうせ、あの二人は通っていないと思うので……」
「畏まりました。では直ちに……」
殺害現場から覆面パトカーを移動させる。
時間的に道路が込み合っていたので中々進まない。それでも午後六時の診療終了時間前にはクリニックに到着できそうだ。桔梗子さんたちの場合、診療終了後でも主治医が帰宅する前に来院すれば予約がなくても診てもらえるシステムになっているが……。
「ここで、お待ちしましょうか」
形式的にそう問いかけると、
「いえ、崔本さんはお仕事に戻ってください。ありがとうございました」
菖蒲子さんがそう答えたので警察署に引き上げることにする。東野博士にはああ言われたが、桔梗子さんの勘がないまま闇雲に移動を続けても無駄だと判断したからだ。
けれども、その頃、第三の犯行が行われていたらしい。




