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6 董子(崔本雅也)

 一緒に仕事をするようになり、約一年経ったが、相変わらず何がきっかけになるのか見た目で判断することができない。が、人格が入れ代る前の兆候のような雰囲気はどうにか感じ取れるようになる。実際に桔梗子さんと出会う以前から桔梗子さんのトラウマとなった事件そのものは知っている。何かの拍子に未だ巡邏を勤める父に話を聞いたことがあるからだ。父も事件当事者の一人。あのときは、もちろん個人情報は伏せられていたし、場所も時代も曖昧にされたが、新聞やテレビでも報道された有名な事件だ。話を聞き、すぐにそれとわかる。けれども事件から数年以上時を経た今となっては、あの事件を憶えている者がいるかどうか。もちろん凡庸な事件ではない。だが、無関係な一般市民には必ずしも珍しい内容ではない。無論、当事者にとっては忘れることも耐えることも出来ないだろう。そうでなければ直後の人格の分裂――あるいは創造――など生じなかったはずだ。

 つい先ほどまで何やかやと覆面パトカーの後部座席で疑問点や苦情を捲くし立てていた桔梗子さんのお喋りがふいに止まる。いや、止まるというより間隙が生じる……といった感じか。それから急に辺りに発散する空気感と匂いが変わる。一瞬のことだ。口調も変わるが、基本的に桔梗子さんの一つの身体に住み分けた三人の女性のうち、桔梗子さんと董子さんはかなり似ている。開口一番、

「あーっ、キミがいるってことは桔梗子からの目覚めだったか」

 運転席の自分(崔本雅也)を確認し、董子さんが指摘する。

「また血腥なまぐさい事件でも追っかけてんの。飽きないわね……。いい加減引退して、後の人生は、わたしか菖蒲子に任せればいいのに……」

 それは愚痴だったか、願望だったか。あるいは場合によっては自分たちがいなくなってしまうかもしれないという怖れだったか。

「そういうわけにもいかないでしょう。そもそもご飯を食べるためには働かなければなりません」

「そういうあんたは相変わらずつまらない男だね。顔とスタイルはいいし、頭だって悪くないのに……。何を好き好んで桔梗子のお守りをしてるんだろう」

「桔梗子さんの部下に付いたのは平林部長からの辞令があったからです。現時点に至るまで、それは取り下げられておりません」

「ふうん。それで……」

「実際、教わることは多いですよ。部長の判断は正しかったと思われます」

「なるほど……」

 僅かな間。ついで、

「さて、困ったな。董子さん、これからどうされますか」

「選択肢を説明して……」

「わかりました。現在、この覆面パトカーは本日午後四時過ぎに殺人事件が発生した現場に向かっています。サイレンを鳴らしているので緊急です。現在の交通状況を鑑み、あと五分程で現場に到着すると思われます」

「ふむふむ」

「さて、董子さんは捜査にご協力なされますか、それとも何処かで車を降りられますか」

「キミはどっちを望むの……」

「董子さんにだって刑事の眼はあるでしょうから――正直いって気は進みませんが――ご一緒していただければありがたいです」

「ふうん。で、事件の内容は……」

「詳細はまだわかりません。先ほど発覚したばかりですから……」

 ついで若干の補足説明を加える。

「そーかー、まあ、キミが望むんなら行ってもいいよ。わたしがいても役に立たないけど……。まあ、菖蒲子とは違ってムリムリムリムリなんてことはないでしょうけど……」

 自分の知る限り、腹部切開事件があって以来、桔梗子さんの人格は移り変わっていない。だから董子さんは例の事件を知らないはずだ。それで事件について説明しようかどうか悩んでいると、

「関係がありそうなことなら、言ったんさい(話しておきなさい)」

 董子さんに促されたので事の次第を簡潔に述べる。

「うーん、確かに理由がわかんないわね」

 話し終えると、すぐに何も考えがないといった顔つきで董子さんが答える。すぐに話題を変え、

「ところでさ、桔梗子、キミとやっちゃったりしていない……」

 関係ないことを訊き始める。

「そんなことあるわけないでしょう。第一、そういった関係ではありませんよ」

「そりゃあ、そうだろうけど、彼女はキミのことが好きだよ」

「わかるんですか」

「同じ人間だからね」

「ならば桔梗子さんがどう行動するかも見当が付くでしょう」

「さあてね。そっちの方はわからないわ。違う人間だから……」

「いったい、どっちなんです」

「ねぇ、じゃ、あたしとしようか。桔梗子にその気がないなら遠慮することもないし……」

「遠慮していたんですか」

「そりゃあね。わたしたちは姉妹みたいなものだから……」


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