5 第二の犯行(桔梗子)
もちろんそれが第二の犯行だと思い、あのとき出かけて行ったわけではない。単に勘が働いただけだ。最初に設けられたのはS区女性猟奇殺人事件の捜査本部。わたし(桔梗子)と崔本刑事が集めた僅かな情報を元に数名の所轄の刑事たちがすぐさま全国の屠畜場に飛ぶ。そこで得た情報を元に容疑者を数名まで絞り込む。が、残念なことにその全員にアリバイ(非在証明)がある。それで捜査が行き詰まる。
ところで後に正式に連続殺人事件の第二番目とされたあの殺人事件には当初第一番目の殺人事件との共通項があるようには感じられない。幾つかの類似点を指摘しても、事件を担当した刑事班員の多くが、それは偶然だと思った、と語っている。最初にその共通項を指摘したのは菖蒲子だったが、もしかしたら、わたしの中にも何か感じるモノがあったかもしれない。
「そんなこと公にできるもんか」
菱形刑事課長が部屋の奥で喚いている。わたしの直属の上司だ。
「国中が差別問題に敏感なってるんだぞ。万博会場の日本館の旗を見ても判る。証拠や証言があればともかく現時点で何もないじゃないか」
「でもこのままじゃ、目撃者は出てきません。殺害されたのは深夜だし、角部屋だったし、おまけに隣は空き部屋だ」
四十代壮年逆三角顔の檜山刑事が冷静に言う。一応、警部補で警察の単なる一般職員でも巡査でも巡査部長でもない。
「東京S区で深夜に人が歩いてないなんてことがあるか。脚でまわれよ、脚で……。一ト月以上、同じ靴を履くな」
「そうは言ってもS区でもS塚とかは深夜には殆ど人が出歩きませんよ。繁華街から離れればS宿だってS谷だってそうです」
「理屈をいうな、理屈を……」
「白丁差別って何ですか」
別のところで徳部刑事が年輩刑事に質問している。歳は近いが、崔本くんとは違い、所有している知識の量と質がまったく浅い。百八十センチメートルを優に越える身長と一・二メートルを軽く越える胸板が凄くて歩く筋肉という印象の若者だ。まあ、脳までが随意筋でなければいいんだけどね。
「儒教と仏教の悪しき解釈から産まれたものとでも憶えておいて後から自分で調べてごらん」
定年間近の宮城刑事がそう答える。彼はノンキャリア組で徳部くんや崔本くんと同じで階級は巡査。顔は長くてのっぺりしていて、知らない人には職業が刑事だと思われない。
「今はウィキペディアで何でもわかりますから昔と比べれば楽になったと思いませんか」
それはまったくその通りだと首肯けるが、インターネットが当たり前の時代に育った彼らに昔日の苦労など理解できるはずがない。……って、わたしもそんなに違わないか。
ビーッ ジリジリジリジリ……
老若二人の会話を耳で斜めに聞き、そう思った辺りで事件を知らせる一報が入る。
「現在十六時二十八分、S区Z町の一般家屋内で殺害死体が発見されました」
物静かなアナウンスだ。
「各刑事課で現場近傍の捜査員の有無を確認し、その後、担当班選定の課長会議に入って下さい」
そのとき何かピンと来たので、
「行ってみようか。今は行き詰っててやることがないから……」
崔本くんに水を向ける。
「やることがないって相変わらず。桔梗子さん、無責任ですね」
そう応えつつ、わたしの顔をしげしげと眺め、
「まあ、ご指摘自体は事実ですが……」
と付け加える。
「じゃ、決まりだな」
崔本くんに言い、課長に向け、サッと手を挙げる。
「出かけて来まーす」
大声で叫び、すぐさま刑事部屋を出ようとすると、
「おい、コラ、桔梗子。まだ、行っていいとも何とも許可してないぞ」
菱形課長の罵声が背中に飛ぶ。
「それに、ホレ、崔本。お前まで桔梗子に調子を合わせるんじゃない」
ついで崔本くんまでトバッチリを受ける。
「あの人、あれで昔は優秀な職人刑事だったんだよ」
「それは父から聞いて知っています」
刑事部屋を出る丁度そのとき崔本くんとそんな会話をする。