4 初動捜査(桔梗子)
風が強かったから晴れてはいても等圧線は込み合っているだろう……などと余計なことを考えつつ施設内から歩き出る。
「顔つきは穏やかでしたが相当憤慨しているようでしたね」
「そりゃあ、そうだろうよ」
都内S地区の屠畜場を訪れ、まず所長から話を聞く。頭の回転が早い人物で、こちらの用件を察すると、すぐに全国の関連施設に連絡を入れるよう部下に命じる。その際、
「どれくらいの期間、遡りますか」
と問われたので、
「単なる勘ですが、約一年で結構です」
と答える。
検索の回答は、忙しく且つまた重労働の業務が始まる前の職員たちに対する職務質問を終え、崔本くんがそれらを纏め挙げるのに要した約十五分以内、つまり施設を引き上げる前にこちらに届く。
この一年以内に屠畜場に就職(アルバイトを除く)し、仕事を覚え、その後三ヶ月以内に辞めた人間の数は二十五人。更に、
「辞めた詳しい状況が必要であれば、わかった分から追ってお知らせしますが……」
所長は追跡調査にも協力的だ。
「恐縮です。そうしていただけると助かります。連絡先は……」
崔本くんがメモ書きを渡す。それを見届け、
「ご協力、本当に感謝します。関連ご施設には、できるだけご迷惑をおかけしないように配慮します」
と付け加える。
「お心遣い痛み入ります」
礼儀正しい所長の対応……。
ついで職員たち数名に追加で聞き込み。職員の質(及び年齢)はさまざまだが、それは技量の問題であり、悪い噂が飛び交う精神や国籍やその他の問題ではないようだ。だから、
「あそこじゃないわね」
「ええ、ぼくもそう感じました」
覆面パトカーに戻ると崔本くんと意見が一致する。
約一時間前に施設を訪れたとき、施設内の駐車場を借りるのを遠慮し、覆面パトカーを施設から少し離れた路肩に停車。その覆面パトカーの真横を大型バイクが吃驚するような速度で通過して行く。バイクが立てるビュウという風を切る音が聞こえた直後、すぐにサイレンが唸り始める。
「風物詩だね。協力しようか」
覆面パトカーのドアを開け、中に乗り込んだところで提案すると、
「止めてくださいよ。交通課に迷惑がかかるだけです」
崔本くんに窘められる。
「まぁ、そうだろうな。……で、外交問題にまで発展したら、どうしよう」
「ぼくたちの判断することじゃないでしょう。課長か、もっと上から指示が下るはずです」
「キミは常識的だよ」
「桔梗子さんが非常識なだけですよ」
「でもさ、キミ、よくわたしのこと気持ち悪く感じなかったわね」
「前にも言いましたけど、ぼくにだってトラウマがありますから……。もちろん同情ではありません」
「ああ、それは知ってる」
とりあえず所轄のS警察署に戻った頃に第二の犯行が行われていたらしい。部長が短期出張の留守中に課長にクドクド文句を言われている最中の出来事だ。