21 種明かし(桔梗子)
「もしかすると、連鎖するフォリ・ア・ドゥだったのかもしれないわね」
橘卯月医師が言う。犯人確保の翌日のことだ。
これまで知り得たすべての概況を伝え、橘医師に可能性を検分してもらっているところだ。
「日本語で言えば『ふたり狂い』。二人の人間のあいだに寸分違わぬ症状が発症する感応精神病……っていえばいいのかしら。もちろんインフルエンザみたいにウィルスが媒介になって引き起こされる症状ではありませんよ。ですが、ある妄想もしくは妄念を抱く精神病者と、その精神病者と親密な関係にある健常者とが、外界からの影響を殆んど受けずに共同生活を続けたとき、妄想の感染が生じてしまう。それがフォリ・ア・ドゥ。最初にその概念を定義づけしたのがフランス人。だから日本でもそのままの名前で呼ばれている。通常は家族内で発生することが多いのだけど、宗教的な儀式とか、大学の文化部のような閉塞した空間の中で生じた例もある。それが今回の事件では自己改造セミナーで……」
「しかし、そんなことが可能でしょうか」
わたし(桔梗子)が橘医師に尋ねる。捕まった犯人たちはすべて石村隆秀が関係した自己啓発セミナーに参加している。謂わば、それぞれが何らかの軽い精神病患者だったわけだ、よってフォリ・ア・ドゥが成立する条件は満たされていたといえる。が、そんなに簡単にそれは連鎖していくものなのだろうか。
「現時点では、それが現実に起こってしまったとしか、言いようがないわね」
橘医師が口重く言う。
「でも、その連鎖するフォリ・ア・ドゥが可能だったと仮定すると幾つかの疑問点が解消されるのよ。例えば、それぞれの犯行はその犯行に相前後する二人ずつで行われたらしいとか……」
「そうなりますか」
「ええ。何故かといえば、フォリ・ア・ドゥに対する最適の治療法は該当する二人を引き離すことだから……。逆にいえば、実際に犯行が行われるまで同じ妄想を持続させるには、できるだけ長い時間一緒に生活させておくのが良いってことになるでしょう」
「なるほど」
「でも坂崎百合子の場合には当て嵌らないのだけどね」
「いや、そうでもないんじゃないですか。車を運転していた人物は確かに一人でしたが、進行方向に関する交通情報が送られ続けたお陰で彼女の運転技術が発揮されたのかもしれません」
それが事実かどうかは今後の捜査で追々明らかになるだろう。
「確かに……」
橘医師が言葉を紡ぐ。
「実行犯が二人だったとすると『顔の件』の方も説明できるのよ」
「えっ、そうなんですか」
「つまり犯行を犯した二人の人間は殺害予定人物に対する共通の妄想は持っているけど、実際には本人たちのそれぞれか、または一方が知らない相手を殺害するわけでしょう。犯行までは妄想の力に助けられた非日常の感覚で一気に行えたにしても、その後、何処かで醒めたときに『違う』って感じるんじゃないかしら」
「なるほど。だから、それが確認できないように顔を潰す必要があった、と……」
「まあ、現時点ではすべて仮定に過ぎませんけどね」
「桔梗子さん、取調べ室へお願いします」
ガチャリとドアが開き、崔本くんがわたしを呼ぶ。
「それじゃ、わたしは通常勤務に戻ります。……先生はご自宅にお帰りになられて構いませんよ。その際には崔本を護衛につけます」
すると、
「遠慮しとくわ。実は三輪には、もう飽き飽きしているのよ。でも彼をわたしの代わりにスケープゴートにしては女の面目が立たないから……」
橘医師が吹っ切れたような笑みを浮かべる。
崔本くんは橘医師の今の言葉を聞いていない。あるいは聞こえなかった振りをしている。
ついでドアが大きく開けられるとアズマヤと宮城刑事たちが談笑する豪快な笑い声が部屋の中に押し寄せてくる。




