19 真犯人(崔本雅也)
「疲労が溜まったんで今日は帰る」
そう言い残し、桔梗子さんが警察署を去る。午後九時過ぎのことだ。実際ここ数日、桔梗子さんは窶れているようにも感じられる。事件に関する心労ばかりではないだろう。
坂崎百合子は他の犯行についても次の犯行予定についても未だに口を閉ざしている。だから菱形班の刑事の大半が宮城刑事の『次はないかも……』説に傾きつつある。けれども、その可能性も踏まえ、事件について最初から関連性を見直してみる。すると一つの糸口があることに気づく。今までそれに気づけなったのは、そういう見方をしていなかったからだろう。
これまでの五件の犯行の被害者全員に恨みを持つと思われる人物がただ一人だけ存在するのだ。もちろん該当者には、すべての事件に対する不在証明がある。けれども発見されたその一致が、ただの偶然だとは思えない。それで桔梗子さんに連絡を入れると、
「ごめんね。今、桔梗子はいないわ」
董子さんがスマートフォンに応える。
仕方がないので先ほどの人物の顔写真が手配できないかどうか確認するため本庁に連絡を入れる。運転免許証の控えから得た個人情報を送付する。もちろん石村隆秀は現時点で犯罪者ではない。だから写真情報を得られる可能性は低い。が、石村があるセミナーの講師をしていた関連から幸運にもそれが叶う。石村が講師をしていたセミナーは最近評判が芳しくない自己啓発セミナーだ。驚いたことに石村の顔は最初の事件で桔梗子さん宅を訪れた際、擦れ違ったあの男の顔だ。そこで慌てて董子さんに連絡を入れる。が、繋がらない。試しに桔梗子さんにも菖蒲子さんにも連絡する。が、結果は同じ。桔梗子さんのスマートフォンにはGPS機能が付いている。けれどもスマホ自体がオフになっていれば、それを使い、居場所を確認することもできない。通信会社に問い合わせた最後の通話発信地はS宿K町。董子さんは真犯人に連れ去られたに違いない。だから既に警察署を去っていた課長と刑事班全員に連絡を入れ、自分は取るものも取り敢えず覆面パトカーで警察署を飛び出す。拙い勘だけを頼りに……。前に乗っていたシルビアはあのとき部分損壊したので別の車だ。石村隆秀が自宅にいるとは思えないので石本が私的利用していたと疑われる都内の自己啓発セミナー施設に向かう。当てが外れれば桔梗子さんの命がない。
けれども……。
「施設内には誰もおりませんでした」
数分後、焦燥し、覆面パトカーに戻った自分が菱形課長に報告する。それぞれ担当分けをし、確認した、三輪医師の自宅やクリニック等にも、やはり石村隆秀と桔梗子さんの姿はない。更に石村の自宅や通常の勤め先、種々の犯行現場やその近傍でも確認されない。では、いったい何処に……。坂崎百合子の閉ざされた口から情報が得られるとは思えない。犯行に失敗し、警察に拘留される事態を、この事件の真犯人が想定していないはずがないからだ。では、どうする……。
その時点で自分には何の考えも浮かんでいない。が、次の瞬間、一つだけ捜索対象に見落としがあったことに気付く。




