17 犯人(桔梗子)
インプレッサを運転していたのは坂崎百合子。三十二歳の女性だ。映画のスタントを仕事としている。自動車のA級ライセンスを持っている。取調べで彼女は三輪精神科医に対する恨みごとを述べる。が、こちらで調べた限りでは――三輪医師の表面問題は確認されたものの――坂崎百合子との接点は見当たらない。が、彼女が誰かに頼まれたというわけでもない。坂崎百合子は三輪精神科医に厳しい制裁を与えねばならないという明確な意思――または妄想――を持っていたからだ。その点については橘医師にも相談してみたが、今のところ妄想か否かは判断がつかないという。驚いたことに坂崎百合子は最初の犯行について自白する。それが余りにも理路整然としている。聞いているこちらの方が、まるで夢物語を語られているような気分になる。坂崎百合子は――理由は不明だが――それ以外の犯行や今後の犯行予定については頑なに口を閉ざしている。だから最初に取調べを請け負った宮城刑事は、
「もしかしたら次の計画はないのかもしれませんね」
と、この先発生するかもしれない事件の可能性について懐疑を抱く。なお坂崎百合子は乖離性同一性障害を発症していない。だから、
「結局のところ、彼女から聞き出す以外に手がないのね」
溜息を吐きながら、わたし(桔梗子)が呟く。そこに、
「おーっ、ここにいたか」
わたしと橘医師が篭った警察署内の一室に鑑識課員のアズマヤが顔を覗かせる。
「今のところ一致する指紋は全然検出されないぞ」
坂崎百合子の指紋と幾つかの殺人現場から採取された数少ない指紋の鑑定結果を告げる。
「用意周到なのか、それとも別の理由なのか、今回の事件はまったく謎だ。じゃ……」
それだけを言うとアズマヤがすぐに立ち去る。だから橘医師との会話に戻る。
「とにかく、ありがとうございました。何か気づかれましたら、そのときは真っ先に教えてください」
礼を述べ、橘医師が保護されている部屋から立ち去ろうとすると、
「わたしはいつまでここにいればいいのかしら」
わたしを見上げながら橘医師が問う。
「済みません。でも三輪先生の奥様からあなたを隔離するには、こちらにいらしていただくのが最善なんです」
わたしが応える。
すると橘医師は諦めたような大人の女の表情を浮かべ、ええ、わかっているわ、という目付きで見返す。
が、そんなわたしたちの事件捜査の背後で、その次の――そして最後の――犯行が着々と遂行されていたようだ。




