16 ストーカー(桔梗子)
ルルルーン ルルルーン ルルルーン
スマートフォンが鳴っている。着信を見ると橘医師からだ。事件のことを相談しに行った日から数日経っている。時刻は午後四時を少しまわったところ。いったいどうしたのだろう。訝しみながら通話可能にすると、いきなり緊迫した叫び声が聞こえてくる。
「菅野さん、勘違いじゃないの。誰かに後を付けられている。今、車だけど、少し前に気づいたの。だから気になって……。道を変えても変わらず付けて来る。どうすればいいの。場所はM交差点の手前で道路は旧Y通りで……」
「わかりました。とにかく、そちらに急行します」
橘医師にはそう伝え、
「M町に向かって。 橘先生が誰かに追われているらしい」
崔本くんにはそう告げる。窓を開け、赤色反転警光灯を覆面パトカーの屋根に載せる。当然のように警鐘も轟かす。近傍の車には拡声器で進路妨害をしないように協力を求める。暫く猛スピードで走行し、対向車線に橘医師のシトロエンを視認。その間に先生からストーカーをしていると思しき車の車種を聞き出している。ついで、そちらも確認。すぐ先の十字路でターンを切り、同じ斜線に変更する。ついで追跡者に右車線から追い縋りつつ拡声器で告げる。
「そこのインプレッサ、止まりなさい。直ちに走行を止め、停止しなさい」
が、それで言うことを聞くようなら世話はない。ボディーはシルビアの覆面パトカーがインプレッサの横に並ぶ。するとインプレッサが一気に寄り、こちらのドアに車体を打つける。ガツンと衝撃……。喋ると舌を噛みそうだ。だから歯を食いしばり、相手の運転席を確認する。意外なことにインプレッサを操る運転手は小柄だ。フルフェイスのヘルメットを被っている。だから顔がわからない。するとまたしても、ガツン……。
「崔本くん、大丈夫……」
「任せてください。でも多少荒っぽくなりますよ」
「オーケイ、許可するわ」
それから数分間カーチェイスが続く。橘医師には安全な場所に逃げてもらいたかったが、相手の運転技術が長けている。それで進路を変えることができない。またこちらも無謀な手段が使えない。
「くそっ、腹が立つわね」
「相手に打つけますから何かに掴まっていてください」
崔本くんが絶妙な角度でインプレッサに覆面シルビアを打つける。忽ちインプレッサがスピンする。さすがに制御が利かなかったようだ。路肩を外れ、解体放置中のコーヒーショップにそのまま突っ込む。火災はない。インプレッサを操る相手の運転技術の賜物だ。通行人にも怪我はない。これは東大出身の崔本くんの物理計算力の賜物だ。
警鐘を鳴らす覆面シルビアを停め、通行人と野次馬を追い払う。インプレッサの運転席に近づく。店舗に突っ込んだ際に怪我をしたようだ。運転手はハンドルの上に突っ伏している。追跡の段階で応援を要請した複数のパトカーのサイレン音が今頃になって聞こえてくる。幸い毀れていなかったドアを開き、運転手の手を見ると細い。ついでヘルメットを外すと現れたのは若い女の顔。清麗だが胸と他の部分の打撲で顔を顰めている。わたしたち刑事二人は思わず目を丸くしてしまう。何故なら、それはありえないと感じたからだ。
事件現場を取り巻く野次馬たちの中に橘医師とシトロエンを運転していた男の姿がある。男は橘医師の不倫相手、三輪精神科医だ。




