12 失恋(桔梗子)
またしてもクラッと眩暈がし、気づくと男の腕の中にいる。夜の街の公園でラブシーンを演じていたようだ。悪い気はしないが、聊か困ったと感じる。ラブシーンのお相手があのときの名無しの彼だったからだ。
それで頃合を見計らい、
「あの、一つ訪ねたいんだけど、いいかしら……」
仕方なく、わたし(桔梗子)が尋ねる。
「董子は彼女に関することをあなたに話しているの……」
すると瞠目の表情で、
「なるほど今、理解しました」
と若者が答える。
「今は言葉遣いが優しいですけど、あなたは桔梗子さんですね。前にわたしをご自宅から強引に追い出した」
「大正解。あのときは済まなかったわ。でも、もうわかったでしょう。だから、わたしから離れていいのよ。そうしてくれて構わないの。だって気持ち悪いでしょ」
けれども彼はわたしを気味悪がったり、わたしから離れて行ったりする気配を見せない。だから、
「あなたが董子を見つけたの。それとも董子の方が……」
と訊いてみる。
「さあて、果たしてどちらなんでしょう。わたしはまたあなた――董子さん――に会いたかった。それで最初に出遭ったショットバーに出向きました。すると……」
「董子がいたわけね」
わたしが応え、はぁ、と溜息を吐く。
「あなたたちって相思相愛みたいね。羨ましい……」
が、彼はわたしの感慨を無視するように、
「董子さんは人格が安定しないと言っていました。それは、あなたでも同じですよね。……ということならば、お送りしますよ。ご自宅まで……」
わたしをじっと見、笑みを浮かべながら、
「大丈夫ですって……。送り狼にはなりません。同じ身体でも、あなたを抱けば董子さんを裏切ったことになる」
彼がそんなことを言うものだから、
「ありがとう、やさしいのね」
涙が溢れる。彼にエスコートされるままベンチから立ち上り、タクシーを拾える場所まで移動する。
が、そんなわたしを誰かが観察していたようだ。




