10 共通項(桔梗子)
第三の犯行は空倉庫の中で行われる。しかも所轄内ではなかったので、わたし(桔梗子)たちは最初、それを知る術がない。後でわかったところによると、やはり顔を潰されている。今度は怖ろしいことに拳銃が使用される。コルト・ガバメントM1911A1タイプのモデルガン改造拳銃だ。今度も犯人が専門家というなら、それはいったい何の専門家だろう。連続性が不明だ。それとも、これらの事件は、やはり連続ではないのだろうか。
菖蒲子が指摘した内容は後に橘医師から聞かされる。クリニックを訪れた日から数日し、不意にあのときに何かあったかもしれないと気になったのだ。それで橘医師に連絡を入れると、そういうことなら、と『顔がない件』について話してくれたのだ。
「隠していたわけではないけど菖蒲子さんの心情もあるでしょう」
「ええ、もちろん、わかります」
その情報が得られたので、まさかとは思ったが全国の警察署に問い合わせる。すぐに、幾つかの合致例が寄せられる。檜山、徳部、宮城、わたし、崔本、それに別の事件捜査で地方に飛んでいた同じ刑事班の壮年美女・村地麻祐子刑事が確認に跳ぶ。写真や書類だけで済ませなかったのは菱形課長の持論からだ。
「いいから行って担当者に話を聞いて来い。何もなくて当たり前、何かあったら儲けモン、そう思え……」
そうやって収集された情報を集約すると該当する被害者が一人に絞られる。二つ隣の区での犯行だが、今回も被害者の身元はすぐに割れる。ズボンのポケットに運転免許証が入ったままだったのだ。幸田義男、三十五歳、中小商社の営業部員。が、そんな表の顔の裏で何をしていたか……。
「連続しており、且つ広い意味で手口も死体損壊状態も似ていますが、本当にすべての犯行に関係があるかどうかわかりませんね」
崔本くんが指摘する。まったく、その通りだ、とわたしも思う。二人して悩んでいるところに、宮城、村地両刑事が戻り、新事実を告げる。
「腹を裂かれたあの最初の被害者、奈良純子、聞き込んでみると一部で評判が悪いことがわかりました」
宮城刑事が言う。
「美人ですし、愛想も良いので、彼女とそんなに親しくない人たちの評判は悪くなかったのですが、実は男付き合いが荒くて、キレると手がつけられなかったみたいですね。出身校では影のヘッドと目されていたようです」
「で、その男関係の方なんだけど……」
村地刑事が後を続ける。
「あんまり女慣れしてない、でもガタイのいい若い兄ちゃんが最近一人引っかかり――っていうか漁られて――、その後すぐに捨てられたもんだから、直後は相当頭に血が昇っていたようね。お酒の席でだけど『いつかあの女に思い知らせてやる』って息巻いていたらしいわ。遡ってはわからないけど現時点で一番犯人らしいのがその若い男、中野荘太二十六歳……」
「ですが、屠畜関係者ではありませんでした。それに屠畜関係者は友だちにもいませんでした。付け加えるなら格闘家もヤクザあるいはモデルガン関係者もいませんでした。いわゆるガテン系のアルバイトで食い繋いでおり、正社員への就職は先が見えないようでした。そういう意味では今の若者の一例かもしれません」
「それで探し出した中野に奈良純子の死亡を伝えると、ちょっとびっくりしてから『当然ですね。天罰が下ったんですよ。でも、できることなら、おれがそれを下したかったですね』と、すごく残念そうに主張するんです。警察官のわたしたちの前で……。あれが演技だったとしたらブルーリボン賞が獲れますよ」
「……ということで、事件はまたしても行き止まりですね」
わたしが呟き、溜息を吐く。すると今度は檜山、徳部両刑事が帰って来る。
「二番目に殺されたあのジイさん、白川太一。表面は良かったんだが、実は一部で評判が悪くてさ……」
檜山刑事がそこまで言ったところで徳部くんと語り手を除くその場の全員が顔を見合わせる。
「何だい、皆……」
すぐさま檜山刑事もその雰囲気を訝しむ。徳部くんは無駄に胸筋を動かすばかり。
「実は幸田義男もそうだったんですよ」
崔本くんが説明する。
「やはり一見、会社やご近所では紳士のように思われていたんですが、裏を返すと賭博マージャンの常連で、負けると暴れまわって何度も問題を起こしていたことがわかりました。出入り禁止となっているマージャン莊も何軒かあり、現在は自宅からかなり離れた繁華街まで足を伸ばしていたようです」
崔本くんがそこで一端、言葉を切り、
「でも、その共通項がいったい何を意味するんでしょう」
と呟く。




