4日目
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「待て……」
4日目の夕方。朝ぶりに痛みに呻いていた黒依に、相変わらず2本の注射を刺した叶湖が、無言のままその側を離れようとするのを、止めたのは黒依自身だった。
が、叶湖はそれに答えもせず、キッチンへと向かい、今しがた使った注射器の処理を始める。
「なぁっ、おいっ!」
「……」
鍋の中で注射器を煮沸消毒しながら、いつも器具の片づけの最後に用いる液体と布巾を手にもってソファ前のローテーブルに置く。
「待って……。どうしたら止まる? どうすれば……」
「人に物頼む態度って、暗殺者は習わないんですか?」
ひとりごとのように叶湖が呟きながら、再びキッチンへと戻っていき、ぐらぐらと茹った鍋から注射器を取り出して、少し冷ましてから、それもリビングへと運ぶ。
「待って……下さい。……お願い、します」
「はい、何でしょう?」
その声に、注射器をローテーブルへと置いた叶湖がようやく黒依の前にしゃがみこんだ。
「いつまで、続くんですか?」
「何がです? この状態? 言ったじゃないですか。私が満足するまで、と。アナタが悪いんですよ。暴れるから」
「……どうすれば、いいですか。どうしたら、満足して……」
「分かってると思いますけど、別にこれ、拷問じゃないですからね? 私、アナタに聞きたいこととかありませんし。だから、別にアナタは何もしなくていいんです」
黒依の言葉に叶湖はこてん、と首をかしげる。その先で、黒依の瞳がぐらり、と揺らいだ。
「いや、だ。……いやです。このまま、ずっと……? このままは……嫌、だ」
「知りません。ずっと、このまま」
叶湖は言いながら、拘束具に擦れて真っ赤になった黒依の手首をつつく。
「約束します。アナタに危害を加えない。それから、アナタが満足するまで遊ばれる……だから……」
ゆらゆらと揺れた瞳で、叶湖を見つめる。その瞳を過る闇色に、叶湖は口の端だけで笑って、ぱちぱちと手を打った。
「よく覚えていましたねぇ、そんな約束ごと。えらいえらい。御褒美に、身体を拭いてあげますよ。昨日は忘れていましたね」
叶湖の言葉に黒依は一層、瞳を揺らしている。
「約束します、から……」
「あれ、約束の内容は覚えているのに、その先は忘れてしまったんですか? 言ったじゃないですか。約束したところで、信じません、て」
それだけ言うと叶湖は立ち上がり、前言のとおり、タオルと湯の入ったバケツを持ってくる。
「んっ……」
「暴れるから……。拘束してる箇所が、どこもかしこも真っ赤になってますよ」
身体を拭きながら叶湖が手首や首を眺める。ずっと同じ体勢で横になっているので、背中や腰のあたりにも痛みを感じていることは想像に難くないが、今はまだ、叶湖はどうするつもりもない。
「このままじゃ、血も出て来るでしょうね。まぁ、暴れられては困るので、どうもしませんけど」
言いながら、叶湖は気にしていないように、何度かバケツでタオルを濯ぎながら、身体を拭いていく。
「んっ……やめっ」
ついでとばかりに、黒依に鳴かせては、鼻歌でも歌い出すかのように上機嫌である。
「いいですねぇ。プロに調教された身体って。初めてですけど、楽しいです」
「っ」
「っていうかね、音をあげるのが早すぎるんですよ。暗殺者なら、もうちょっと粘ってもらわないと。こう易々と音をあげられても、信用できないでしょう?」
叶湖はそれだけ言うと立ち上がり、湯を捨て、タオルを洗濯機に放りこんでから戻ってきた。
それから、ソファに腰掛けて注射器の処理をするのであるが、その間、黒依の呼びかけには一切応答しなかった。
ただの清拭(と書いてセクハラと読む)です。