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薄闇の中で姿を捜す

 仮眠を取っていた叶湖は、日が差し始めるころに起き出した。

 起動させたままのパソコンのスリープを解除し、メールをチェックすると、恋と悠木から依頼内容の完了連絡が入っていた。それを確認して返信するついでに、報酬の支払い手続きをおこなう。

 それが終わると、漸く、黒依の痕跡を追うことにした。昨夜は、停電を行うまで、監視カメラの回線を落としていたし、停電させてからは、当然、カメラも使い物にならない。





 カメラの復旧だけを行い、照明は落としたまま、差しこむ日光だけで組織内部の様子を観察する。

 幸い、黒依1人がパッタリと倒れている、という映像は見ずに済んだ。と、いうか、停電が起こってからは、闇に乗じて遠慮なく暴れたのだろう。死体を含めて、その痕跡がそこかしこに残っている。銃は苦手だと言っていたが、結局ナイフだけでは追い付かなかったのだろう。相手も銃を使っていたようだが、黒依もその場で調達した銃で応戦していたらしく、転がった死体からはその様子が見て取れた。





 相当の銃声が響いているはずであるが、未だ、騒ぎが起こっていることもない。もう少し時間が経てば、非番の岡部が、偶然にも散歩で通りかかってくれる予定なので、警察の介入はすぐだろう。





 取りこぼしをするかもしれないと言ってはいたが、この様子では少なそうだ。もちろん、逃げ出した人間がいるかもしれないし、得てして、こういう場で仲間を売ってでも助かろうという姑息な人間の方が、後々の手間が多くなるので、黒依にはぜひ、追撃を頑張ってもらいたいものである。





 1対多数であるので、手傷を負えば防戦すら難しくなる。それを考慮すれば、組織の壊滅具合から見て、とりあえずは上手くやったのだろう、ということが分かった。

 尤も、損壊の激しい死体の中に混ざっていなければ、の話ではあるが。

 もし、上手くいったのだとすれば、今頃は取りこぼしの始末だろうか。長期戦になればもちろん、黒依が体力的に不利になるので、早く決着を決めてもらいところである。





 日が昇ってしばらく、もうすぐ昼になろうとしている。

 岡部から、偶然見つけた殺人現場について、善意の通報をしておいた、との連絡を受けてしばらく、警察の介入ももちろん入り、テレビのニュースでも速報が流れ始めた。

 件の組織は、国のお偉方がバックについていたようであるが、ここまで大々的にトラブルを起こされては守りきれないと判断されたのだろう。あっさりと切り捨てられた様子を鼻で笑う。





 未だ、黒依は帰らない。自室の優れた防音設備の所為で、よほどの轟音でもなければ、室内には外の騒音が入って来ない。

 ガラン、とした部屋は酷く静かで、なにか、そこにあるべきものが欠けてしまったかのような喪失感すら感じてしまう。

「……私のナイフ、あげたわけじゃありませんよ……」

 その呟きすら、寂しく響くように感じ、深く溜息をついた。あぁ、完全にペットに情が移ってしまった。自分としたことが、情けない。





 夕方になった。もう、日が暮れ始めるというのに、黒依は戻らない。

 叶湖は黒依が組織を出ていたとして、その足取りを覆うと試みてはみたが、結局それは不可能に終わった。監視カメラのないところはもちろん、監視カメラがあるところでも、彼はその死角を見つけるのが実にうまいのである。





 警察の捜査情報にもぐりこみ、組織の建物の中に生存者がいなかったことを知った。まぁ、国家権力の手が及んでは、生き延びた人間がいたとしても、もう戻れはしまい。

 事件の全容としては、怪しげな組織の抗争の末に相打ちした、とされるらしい。

 仮にも暗殺者が、所属する組織のトレードマークなど身につけているはずもなし、死んだ人間の数からすれば、多数対多数がぶつかったと考えるのが妥当だ。

 つぶれた組織が実はどういうものだったのか、上層部からほんのりと漂うきな臭い匂いも、勘のいい連中は感じているに違いない。





 内心では、さっさと組織犯罪捜査課にでもお鉢を回して、形だけの裏どりをし、国民相手には両者相打ちで心配ありません、とでも説明したいと思っているとみた。大きなバックがいるんじゃないかとか、関連組織はないのか、なんて憶測はしばらく飛び交うだろうが、それを受け流しつつ、事件の鎮静化をはかるのが1番安全な解決策なのだ。

 どうしても真面目に調べたい人間がいたところで、そのうち、例え生存者がいたとしても、逮捕に繋がる証拠を集めることなどできないと、悟るだろう。





 ついでに、捜査資料の中から、現場写真を斜めに見て行く。心配はしていないが……否、心配しなければならない状況になっていて欲しくないから、心配していないふりで、写真を見終えて、そこにとりあえず黒依らしき人間が映っていなかったことに安心する。

 どうして自分がここまで動揺させられなければならないのか、といい加減まいってしまいそうだが、それでも、黒依の足取りを探す手は止められなかった。





 逃亡者のせん滅にどれほど時間がかかっているのだろう。逃げる時間など、出来る限り与えるべきではないので、短期決戦は仕方なかったが、せめて生存と行き先くらいは、なんらかして知らせるように言っておいた方がよかっただろうか。

 もうすぐ、街は夜の闇に閉ざされる。また、監視カメラが役にたたない時間がやってくる。この気持ちを抱えていては、とても眠れそうにはないな、と叶湖は嘆息した。





 その時。叶湖が、広範囲に設定しておいた顔認証機能が反応した。

「みつけた……あの、バカ犬」

 黒依は、叶湖と初めて出会った場所で、座り込んでいた。その辺りの位置から、叶湖が敷く監視網の死角が激減するのだ。1瞬、カメラの死角に入れたとしても、死角だけを縫うように移動することができなくなる。だから、いつも、その場所で黒依を見つけられるのだ。

 叶湖は慣れた手つきで、自宅から黒依の位置まで、監視カメラを誤魔化す処理をする。





 バタバタと、普段の叶湖にはありえない慌ただしさで準備をし、飛び出すように家を出た。

 


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