叶湖の狂気
叶湖と岡部が密談を交わした2日後、わずか1日の間に必要な人間と連絡をとり、内諾を取り付けた叶湖は深夜、静かに私室を出た。
「どこへ行かれるんですか」
叶湖の私室から玄関へ向かうには、黒依が眠るリビングを通り抜けねばならず、叶湖自身、見とがめられるのは想定内であった。
「……野暮用です」
底の見えない笑顔で答えて見せた叶湖を、不安げな顔で見返した黒依が、さっとその全身に視線をやったかと思うと、目を見開く。
「銃なんか、どうするんですか」
外出を見とがめられるのは想定内でも、隠し持った銃の存在まで見抜かれるのはさすがに想定外であった。
溜息をつく叶湖の前に、す、と黒依が手を差し出す。
「その手は何ですか?」
「渡して下さい。何をしたいのか知りませんが、アナタにそんなものは似合わない」
黒依の言葉に叶湖は苦笑した。元々銃の扱いに自信があったわけではない。とはいえ、自分が今からしようとしているのは、黒依ではない、叶湖自身の領分であることも分かっていた。
「お断りします」
「どうしてっ……。いえ、僕に銃を渡すのは危険かもしれませんよね。なら、僕に渡してくれとは言いません。お願いですから、そんなもの、どこかへ置いてください」
「別に、アナタに渡すのが危険だと思っているわけじゃありませんよ」
叶湖の言葉に黒依の動揺は大きくなる。それほど、叶湖が銃を持っているのが不思議なのだろうか。叶湖よりもよほど、銃に親しんでいるだろうに。他人が持つことがそんなに不思議なのだろうか。
叶湖はそんなことを思いながらも、壁にかかった時計を見上げる。
「あまり、アナタと問答している時間はないんですよね」
「誰かと、お会いになるんですか」
叶湖の言葉に糸口を見つけた黒依が表情を険しくした。
「護身用に、お持ちになるんですか? 危険な、人なんですか……? だったら、僕がついていきますから……!」
「いえ、そう言うわけではありません」
「慣れないものを使って、怪我でもしたらどうするんですか……」
頑として譲らない黒依に叶湖は溜息をついた。そもそもが、銃まで見つけられた後で、黒依を説き伏せたり、撒いて逃げることなどは不可能になってしまっただろうから。
叶湖が命令すれば、この場はなんとでもなるかもしれない。しかし、叶湖に命の危険があると思われたままでは、黒依は命令の順守よりも叶湖の安全の確保を選ぶに違いない。
そして、こっそりと後をつけられた場合、叶湖には、否、叶湖がこれから会う誰にも、そんな黒依を察知することはできないのだ。
溜息の後で、叶湖は黒依を見つめ返す。全て打ち明けてしまうと、腹を決めた
「お察しのとおり、銃は持っています。護身用ではなく、使うためです」
「なんで……、誰に……?」
そこまで呟いたところで、黒依は何かに思い至って目を見開いた。
「僕の、所為……ですか。僕を追っている人間が、いるんですよね?」
「知っていたんですか」
「……岡部さんとの話が、聞こえました」
黒依の言葉に叶湖は内心で溜息をつく。どれほど耳がいいのだ。
黒依は厨房で料理をしていて、叶湖と岡部は至極小声で話していたというのに。
「アナタは、それをなんとかしようとしているんですか? 恋さんと、悠木さんと、たった3人で……? 僕なんかのために、一体どうしてそこまでするんですか……。アナタが恐怖する痛い目にあうかもしれないのに……死ぬかもしれないんですよ!?」
黒依の瞳に目にみえて動揺の色が走る。彼は、叶湖が自分のために動くなど、ちっとも想像できないのかもしれない。叶湖はそんな黒依に苦笑する。
「別に、アナタの為じゃないですよ。私が、私のために、私の所有物を守るんです」
「でも……ですが……」
ぐらぐらと黒依の瞳が揺れる。
「それに、殺すのは、アナタが元居た組織の人間ではありません」
その瞳を見据えて、叶湖が凶悪に微笑んだ。
「! どういう……」
黒依が返したのは、叶湖の想像通りの反応であった。驚愕と、疑惑。
「殺すのは……アナタに背格好が似ているだけの、ただの一般人です」
ブクマがやっと増えた……(涙)
例えそれが、「書けてるくせに、更新停滞すんなよ!」の喝入れだとしても!
私は、涙を流して喜んでおります(実話)。
燃料も投下されましたので、更新がんばります。ありがとうございます。