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0日目①

「これを通報したら、私は無事に第一発見者……と、いうことでしょうか?」

 上を見上げれば、青々と澄み渡った空。

 下を見れば、溜まって赤黒く変色した、水たまり……。

 海が近いため、磯の香りと海風が身体を包んでおり、僅かの不快感を感じる。

 そんな日。叶湖は柄にもなく大荷物を持って外出し、その場にいた。

 そこにただ突っ立って、足元に横たわるソレを見下ろしていた。




 血は止まっているようだが、地面に溜まった赤色から見るに、出血量は多いだろう。

 また、その場所には赤々と流血の後が見えるというのに、ソレがどこから来たのか、その足跡を示す血は一切なかった。

 ともすれば、その場にいきなり現れたように、その場所だけが赤く染め上げられている。




 ソレ……叶湖の足元に転がる血に濡れた男を見下ろして、彼女は首をかしげた。

「僅かに胸が動いている……と、いうことは生きているのですか。……なるほど」

 しばらくそうして眺めていたが、ただ眺めているだけではさすがに飽きてしまう。

 叶湖は辺りを見渡して、近くに落ちていた木の枝を拾ってきた。そしてソレを無造作に握りしめてしゃがみこんだ。

 虫でも苛めるように無造作に、握った枝で男の顔をつつき始める。




「……」

 反応のない男に、それにも飽きてしまって、横向けになっていた男の身体を、足で蹴り転がして仰向けにさせる。そうして、わき腹に開けられた銃創をじ、と見つめた。

 銃創はどうやら遠くから射撃されたようで、男の着ている服に焦げ跡などは見当らない。

 先ほど横向けだったときに確認した限り、背中側に傷がなかったので、弾はまだ腹の中に埋まっているのだろう。




「……」

 未だ反応のない男を見下ろしながら、そんなことをつらつらと考える。

 と、同時に手元の木の枝にも視線をやる。




「……ちょうど、てことで」

 目分量。

 枝の太さと、穴の大きさを見比べて。




ずぶっ

「っ、んうっ!」

 どうやら、枝の方が太かったようで、肉を巻き込みながら、枝が男のわき腹をえぐった。

 が、それも僅かな後に行き止まる。

 込めた力が強くなかったため、木の枝は腹の中の障害物に行きあたり、それ以上深くは進まないようであった。

 男が声をあげるが、その意識が戻ることはないようだ。あがった悲鳴は無意識なのだろう。




「あら……」

 その声に、叶湖はくす、と喉を鳴らして口の端を僅かに吊り上げた。

 それ以外の反応は見せず、腹に刺していた枝を抜くと、人差し指と親指を使って、枝が血で濡れている部分を測った。そうすると、用済みとでも言わんばかりに、その枝をその場に無造作に捨てる。




 傷が開いたのだろう。枝が抜かれた場所から再び赤が滲み始める。

 叶湖は抱えていたカバンの中から長めの手ぬぐいを取り出すと、ソレを男の身体に対して垂直になるように地面に敷く。

 それから、その手ぬぐいと十字になるように、男の身体を今度は両手でぐるんぐるんと一周させた。

 地面に広げられた手ぬぐいの端と端を持ってきて、それが丁度傷口の上を通過することを確認すると、カバンからもう1枚、今度は厚手のタオルを取り出し、傷口に当てる。

 それから、手ぬぐいの端同士をぐっと結んで、タオルが男の傷口からずれない様に固定した。




「……ま、拾得者には1割のお礼がもらえるといいますし」

 叶湖は呟きながら、またもカバンを漁る。次に取り出したのは寝袋だった。

 チャックを開けて、今度は男と並行になるように寝袋を横たえ、ぐるんぐるんと男の身体を転がして、やっとこさ寝袋につめこむ。

 最後に叶湖が取り出したのは2リットル入りの水が入ったペットボトル2本だった。

ドボドボドボ……

 男が入った寝袋の上から、笑顔を浮かべた叶湖が水を注ぐ。




 水が黒いアスファルト伝い、男を転がした後や、赤い水たまりを巻き込んで、側溝へと流れ込んでいく。

 ペットボトルが空になると叶湖はそれをカバンの中に戻しながら、首を捻って、遠くに見える監視カメラにぺこりと会釈をした。

「……情報提供ありがとうございました」




 ペットボトルをカバンの中にしまうついで取りだしたタオルで、寝袋の水気を雑に拭うと、そのタオルを再びカバンに戻して、それを肩にかける。

 それから、寝袋から男の顔が覗いている部分に指をかけて持ち上げた。

 ぐ、と手に男1人分の重さがかかる。




「……覚悟していましたが……これは、中々」

 渋い顔をしながら溜息をつくと、一度男を再び地面に戻して、今度は服のポケットから、手のひらサイズのディスプレイを取り出す。ともすれば、スマートフォンのように見えるかもしれないが、その道に詳しいものが見れば、そのディスプレイが発売されているどのスマートフォンとも形態が違うことに気付くだろう。

 叶湖はディスプレイを指で操作していくつかの映像を確認する。それは、これから叶湖が辿る帰路の様子を映した映像であった。




 叶湖はディスプレイを懐に戻し、覚悟を決めて男の寝袋を持ち上げる。

 ずーるずーると、中の男には何の配慮もなくそれを引きずりながら、たまに休憩がてらディスプレイで映像を確認し、なるべく最短ルートで、かつ段差を避けた帰路を急ぐ。

 その姿は人間はもちろん、どの監視カメラの目に止まることもなく、男が倒れていた場所から、通常の徒歩で15分ほど離れたマンションの1室へと消えていった。

 もちろん、その経路の半ばでぼろぼろと、恥も外聞もなく叶湖の頬を大粒の涙が伝っていたことも、誰にも知られることはなかった。



0日目、続きます

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