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16日目④

「おかえり、なさい」

 黒依はそう呟きながら、万札を2枚取り出した。

「はい、岡部さんの分ですね。手落ちがないようで、なによりです」

 言いながら、ふわふわと黒依の髪を撫でる。





 岡部や陽が空けた碗やコップは、流し台の側の籠に逆さまにして置かれていた。どうやら、洗いものまで済ませてくれたらしい。岡部の席は、鎖の長さからすると届かないので、空也が手伝ったのだろう。

「いいなぁ、そんな上玉。どれだけ普段の行いを良くしたら、そんなの拾えるわけ?」

 陽がぶー、と頬を膨らませる。

「顔がいい男や女なら、アナタの世界に溢れているでしょう。それこそ、顔だけ言えば、ミリは特別美人ですよ。空也も、悪いわけじゃない」

「そうだけどさぁ」

 歌い踊って世間を賑わすアイドルが、連れている男の顔がいいからと羨ましがるのに、叶湖は苦笑を返す。





「いじめて、壊せるなんて最高じゃん」

「アナタがその気になれば、奴隷志望の女性の1人や2人はひっかけられるでしょうに」

「なんか、その手間が面倒」

「だったら、コレだって面倒ですよ。私がどれだけ手をかけたか」

 叶湖の言葉に陽は、そうだよね、と溜息をつく。





「ってか、恋人の前で浮気の算段つけんの止めねぇ? 悪かったな、上玉かつ奴隷志望じゃなくて」

「あー、空也は別だから。結構たのしんでるよ、俺」

「そりゃよかったけどよぉ……」

 機嫌を悪くする空也に、陽が苦笑して返す。そんな2人の様子を衝立越しに見ていた白石が声をあげた。





「ソコ、イチャつくな、ホモ2人! ってかよー、連続猟奇殺人犯が大人しい所為で、俺の、創作意欲が! アイデアが! こんな乾いた俺の前で、ひでぇよ!」

「まったく、なんでウチのお店の客は、どなたも連続猟奇殺人犯の休暇に興味があるんですかねぇ」





「ここ半年で21人だぞ! この半年のスパンがあまりにも身近かった所為で警察も本腰入れた連続猟奇殺人! 調べりゃ、ここ5年くらいの間、同一犯と思われる殺人が、年に2、3件起こってることも分かったっていう。おかげで、昼も夜も、ニュースじゃその話題で持ち切りだ。ガキどもは、朝から晩まで集団行動で、ひとり歩きもできないような、厳戒態勢の中だぞ。その中でも、殺し続けてた犯人が、いきなり休暇だと? その活躍を待ってた俺の、この寂しさよ!」





 白石が語るのは、この半年、白石の言葉どおり、アカズノ間の店舗からも、そう遠くないところで起きていた連続猟奇殺人についてであった。もちろん、全てが叶湖の生活圏内というわけではなく、隣町や、遠ければ県外で犯行が行われることもあったが、その手口から同一犯だと言われている。

 おおよそ、ニュースで明るみになっているのは、白石が語ったとおりであり、その犯行が、ここ1カ月ほど、ナリを潜めているため、世間では、休暇なのか、気味が悪いと、噂になっていた。





「そもそも、突発的に起きた犯罪を、ネタにしようってのが間違ってんだよ」

 空也が仰け反って、白石の方に目をやる。

「ホントホント。いくら、マジモンの猟奇殺人ネタにしたって、アンタが書くようなエログロナンセンスが大衆にウケるわけないでしょ」

 陽の追加攻撃に、白石は机に突っ伏して落ち込んでしまった。





 2人の言葉どおり、白石は残酷な殺人描写や、濃厚なラブシーンを書いて糊口を凌ぐ作家であった。大衆には受け入れられないものの、一部、熱狂的なファンを持つ白石は、大金は手にできないものの、しばらくは食いっぱぐれの心配が無い程度に稼いでいる。

 もっとも、その趣味を分かちあえる人間は、アカズノ間では、悠木と呼ばれる死体愛好家の男くらいであり、その他大勢からは、エログロナンセンスと馬鹿にされている。

 そんな白石は近頃は、件の連続猟奇殺人にインスパイアを得ていたようで、唐突にその犯行が途切れたのがよほどご不満らしい。アカズノ間にやってきては、グチをこぼしていく。





「はいはい、皆さん、喧嘩はそのくらいにしてください。陽と白石さんは、黒依に自己紹介してくれました?」

「したぞ」

「空也がしてくれたよ。ポチでしょ。飽きたら俺にちょうだいね、叶湖」

「飽きたら、ね」





 陽と白石が食べた分で、雑炊が底をつき、3人が満足するのを待って閉店をする旨を叶湖が伝える。

「了解。せっかくの半日オフだし、このまま空也と出かけるよ」

「俺も帰って原稿書くか」

 ひとり、またひとりと席を立つと、万札を叶湖に手渡していく。空也に至っては、珈琲を更に1杯お代わりしていたので、4枚の諭吉を差し出した。

「はい、どうも」





 4人が店から出て行ったのを見送って、叶湖は喫茶店の表から『closed』の札を店内に戻すと、ふぅ、と息をついた。

 3人が空けたカップや碗を流し台へ運びこんだ後ろから、黒依が手伝います、と厨房を覗きこむ。

「あら、じゃぁ、お任せします」

 珈琲のドリッパーや、雑炊の鍋なども黒依に任せて、叶湖は出たゴミをまとめたり、机やカウンターを拭いていく。





 いつもの半分ほどの時間で閉店準備が整い、叶湖は機嫌よく黒依の頭を撫でた。

「帰りましょうか」

「はい、叶湖さん」


16日目、まだ続きます。

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