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16日目③

「さて、落ち着いたところで、一応教えておきますか。黒依、ここは私がオーナーをしている喫茶店です。常連さんしか来ないので、お客は数人ですから、忙しいものではありません。もう少ししたら、アナタも一緒に働きましょうね。開店日時も閉店日時も私の気まぐれなので、気にすることはありません」

「なんつーか、そう聞くと酷い店だよなぁ」

「……彼が折原空也。その隣が、倉本恋ちゃんです」

「は、い」

 叶湖の説明に、黒依が掠れた声で頷く。





「うわ、良い声。叶湖が好きになるのも分かるわー。啼かせてぇ」

「……空也?」

「冗談だって」

 叶湖の笑顔に空也が固まる。

「相変わらずの手腕ですよね。ひと癖もふた癖もある人間に対しては、魅了の魔法でも使っているかのように、堕とすのがお上手で」

「苦労しましたよ、これでも」

 黒依の髪を撫でる叶湖に、ついつい、いつもの癖で無意識に擦り寄った黒依を見て、客の2人が唖然とする。





「いや、やっぱり魔法だと思う」

「と、いうか、雷十さん以上に甘やかしてますね。趣味がかわったので?」

「だって雷十、見ててかわいそうだったんですよ。客だったので、あっさり逃がしたんです。その点、これは壊してもいいですし、と、いうか、既に壊した後ですし」

 叶湖がキョトン、昔のことを思い出してボヤく。





「雷十も、よく知らねぇうちに、叶湖に手ぇ出そうとしたんだから、自業自得だけどな」

「さて、私は仕事なので帰りますね」

「俺は珈琲おかわり」

 あらかた話して満足したのか、恋が空いたカップを叶湖側へ押しやりながら席を立った。

す、とカウンターへ万札を滑らせる。

「はい、ありがとうございます」

 叶湖は万札を片付けると、恋を見送るために立ち上がった。





 カラン、と音を立てて恋が店から出て行く。

 珈琲をドリップしながら、空いたカップやソーサーを片付ける。ついでに、空になった黒依と空也の雑炊の入っていた碗も一緒に厨房の流し場へ持っていき、カウンターに戻ってきた叶湖は、新しいさ湯の入った湯のみを黒依の前に差し出した。

 一向に店を出て行く様子のない空也は、暇を持て余した自由人であり、アカズノ間が開店しているときは、だいたい店に入り浸る。





 商人という仕事はあるが、拘束されるのを嫌い、大きな組織に身をおかずにフリーランスとして働いているので、商談に時間を圧迫されることもない。1度の商売で、しばらく遊んでくらせるだけの利益を得られる空也は、叶湖やアカズノ間の客との取引も多いため、店に居座るだけで商売が転がり込んでくる。

 長い時では、開店から閉店まで、アカズノ間で過ごすこともある空也は、マスターである叶湖にひけをとらない、店の看板であった。





 カラン、と、恋が出て行ってから30分と経たない内に、新しい客がやってきた。

「おぉ。開いてる」

 入ってきたのは、大柄な中年男性であった。くたびれたスーツに身を包む姿は、さながらしがないサラリーマンであるが、見る者が見れば、その体格が贅肉ではなく、筋肉によって作られていることを見抜けるだろう。





「いらっしゃいませ、岡部さん」

 岡部と呼ばれた男は、窓際のテーブル席に陣取り、セットを注文した。

「んで、それ、何だ」

「ポチです」

 珈琲をドリップしながら、叶湖が視線もあげずに返事を帰す。

「まさか、ホントにペット飼ってるとは、な」

「あれ、岡部のおっさん、叶湖がペット飼い出してから店に来てたっけ?」

 岡部の言葉に空也が首を捻る。





「来てねぇよ。みずほから聞いた」

「みずほだって店で見てないんだが、ミリ経由か? ……にしても、おっさんも好きだな」

 岡部が贔屓にする風俗嬢であり、彼女自身もまたアカズノ間の常連である女性を思い浮かべて、空也がニヤリと笑う。

「黒依、その男性は岡部敏彦さんです」

「はい」

 厨房から雑炊を手に戻ってきた叶湖が、珈琲と一緒に岡部へ提供する。





「そうそう、空也にお願いがあるんですけど」

「なに?」

「店、開けたままにしておくので、それ、見ててくれません?」

 叶湖が視線だけで黒依を指しながら笑顔を浮かべる。

「いいけど、出かけんの?」

「3日ほど引きこもってたので、食料品や日用品を買いに行かなければならなくて」

「はー、3日もつきっきりで面倒みてたんだ。ホント、マメだねぇ」

 空也が呆れながらも、そういうことなら、と黒依の監視を請け負う。





「黒依、私の手つきは見ていました? 新しい客が来たら、相手をしておいてください。詳しいことは、空也が知っていますよ」

「店番するヤツより、客の俺の方が詳しいって、どうよ」

「それ、ペットなので。店番ができるだけ、優秀でしょう?」

 うっとりと笑顔を浮かべた叶湖は、厨房で洗い物だけ済ませると、客の2人に断って店を出て行った。





 叶湖が店に戻ると、岡部が店から居なくなり、変わりに2人の人間が増えていた。

 カウンターの空也の隣に座って、珈琲を飲んでいる男は、茶色いふわふわとした髪で甘い顔立ち縁取る、若い男であった。

 白いトップスにレザーのジャケットを羽織り、空也と気安そうに話している。

 もう1人は、店の奥のボックス席で、雑炊を食べているくたびれた顔の男だった。だらしなく着崩したトレーナーとジーパンを身にまとい、乱れた髪を気にすることなくその場に座っている。くたびれた装いは岡部と大差ないが、その男はひょろりと細長く、ともすればやつれているのかと思うほどであった。





 叶湖は厨房に入ると台の上へ買ってきた荷物を運びいれ、ふぅ、と息をつくと手を洗って店内へ戻る。

「いらっしゃい、陽に白石さん。店を空けていましたが、行き届かない点はありませんでした?」

「ないよー」

「あぁ、そこのペットがちゃんとやってたぞ。いつもどおり、飯が上手い」

「それはどうも」

 陽と、白石が続けて返す返事に頷いて脇の黒依に振りかえると、彼は叶湖が出て行った時と同じように、与えたスツールに大人しく座っていた。




だいたい2000字強を1話の目安にしているんですが、途中で話をぶったぎるのが難しいです。

タイトルからストーリーを想像し辛い、ということで、タイトルに~~をつけました。

今はやりの(?)、長ったらしいタイトルになりましたが、お許しください。

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