13日目~16日目
朝、叶湖が部屋を出ると、黒依が声を押し殺して呻いていた。
「あぁ、忘れてました」
叶湖はさっさと薬棚を漁って、2本の注射を取り出す。
「さて、どうしますかねぇ」
注射が終わり、ぐったりと横になったままの黒依を見つめながら叶湖が思案げに呟く。
「今までのように手がかからなくなったのはいいですが、まだ1人残して出かけられるほど、信用できないんですよねぇ」
「叶湖、さ……」
そんな叶湖に、黒依が横になったまま、ぼんやりとした瞳で叶湖を見つめてくる。
「どうしました?」
「傍に……傍に、いてください」
「ふふっ」
黒依の嘆願に、叶湖は呆れたような、面白いものでも見たような笑みを漏らす。
「本当に、可愛いんですから。最初は見た目だけで選びましたけど。拾ってよかった」
言いながら、叶湖は黒依の側に座って、居心地のいいように体勢を整える。
「叶湖さんっ」
がちゃり、と鎖を鳴らして、叶湖の身体に凭れるように黒依が寄ってくる。
「ま、点滴が外せるまでは仕方ないですね」
それから、叶湖は黒依に構ったり、食事を与えたりしながら、3日ほど家の中で過ごしていた。買い物に行かずとも、3日ほどならなんとかなるものである。
黒依の食事は回を重ねるごとに、3分粥、5分粥、7分粥と慣らしていき、汁物や、柔らかく消化も良い固形物も食べられるようになっていた。
叶湖もずっとリビングに居座ることはなくなり、監視カメラを設置したままではあるが、私室に籠る時間も増えていく。
その分、叶湖が黒依を構うお風呂の時間を、黒依が気に入っている様子に、叶湖は浅く溜息をついて苦笑した。
黒依の寝場所を変えて4日後の昼前、黒依に2本の注射を打った叶湖が、ついでとばかりにその腕から点滴を外して口を開いた。
「外、出てみます?」
叶湖の言葉に黒依が目を見開く。まさか、ずっと飼い殺されると思っていたのだろうか、と不満を感じて、そう言えば、そう言って脅したのだったか、と思いだす。
「捨て、ないで……」
そんなことを考えた矢先、何を勘違いしたのか、黒依が涙を浮かべて叶湖に縋りついてきた。
「相変わらず、メンタル面が不安定ですねぇ。まぁ、そうしたの私ですけど」
黒依の頭を撫でて宥めながら、叶湖はその身体を引きはがす。
「散歩ですよ。さ、ん、ぽ。ペットなんだから、散歩くらいさせるでしょう。アナタ、ストレッチとかはしているようですけれど、全然歩いていませんからね」
「散歩……?」
「そう。念の為、首輪をつけて外に出ますが、アナタの力があれば、私からリードを奪うくらいは簡単でしょうね。逃げ出すつもりなら、まだしばらくこのままですけど、どうします?」
黒依の瞳を覗きこんで叶湖が首をかしげる。
「逃げません。でも、ご心配なら、ずっと、ここに居ます、から」
「そうですか。分かりました」
叶湖はそれだけ言うと、手早く私室からショルダーバッグを取って来て、いつもの薬棚の隣のラックから、今度は首輪と鎖を取り出す。
それを黒依の首につなぐと、手枷を外した。
「……お出かけは手当てをしてからですね。あぁ、あと、服も着なければ」
手枷をしているため、面倒くさがった叶湖は黒依を拾ってこの方、上着を着せたことはない。もっとも、部屋の温度は保っているので、布団に包まっていれば風邪の心配はない。
黒依に着るように告げて、初日に買っておいた着替え一式を渡しながら、自分は手当てのための消毒液や軟膏を取り出した。
着替えと手当てが済むと、改めてショルダーバッグを肩にかけ、黒依の首から繋がった鎖を握る。
「しばらく歩きますが、5分程度です。途中で音をあげないでくださいね」
叶湖はそんなことを言いながら、黒依を伴って部屋を出た。
人間に首輪をつけたままの外歩きである。叶湖も、一応人目を気にするので、黒依を拾ってから以来の、小さなディスプレイの出番である。
いつぞやと同じように、叶湖の目標地点までの監視カメラ映像を映し出した画面を見ながら、人目につかないように移動する。
叶湖と黒依が訪れたのは、言わずもがな、アカズノ間であった。




