5日目②
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「えー! 叶湖ちゃん、ペット飼ったの! え、女の人? 男の人?」
「……ミリのそのざっくばらんなところ、私は好きよ」
あっさりと、叶湖のペットが人間だと見抜いて問いかけたミリに、マリーが乾いた笑いを浮かべる。
「どっちだと思う?」
「男かな。叶湖ちゃん、女の人の悲鳴、きんきんするから嫌いでしょ」
「……それを分かっていながら叶湖にモーションかけるお前を尊敬するよ」
空也のクイズにもあっさりと正解してみせたミリに、空也が天を仰ぐ。
「珍しっ。叶湖の残虐性に耐えられる男が見つかるとは……、いや、その残虐性を向けられて尚、生き残る男がいるとは……と、いうべきか。……そういえば、連日テレビを騒がせている連続猟奇殺人犯が、しばらく休暇に入ったみたいだな」
難しい顔をした功一が唸る。
「最近、人が死んでないもんな。……で、どこまで調教したの」
ニヤリ、と笑った空也の言葉に、叶湖がついにくすっ、と笑った。
「……寄ってたかって、みんなして、私への評価が酷くありません?」
「ハタから聞けば酷いだろうが、叶湖のことだと思うと、酷く真っ当なことを言っているように思う」
「うんうん」
功一とミリが揃って頷いたのを見ながら、叶湖は再びカウンターの中へと戻ると、珈琲を淹れながらカウンター下から取り出したスツールに、自分も腰かける。
「そういった意味での調教はしてません、というべきか、あらかた済んでいる、というべきか」
「え、もともとそっちの気があったの」
「さすがに痛みを快楽と感じるようにはできていないようですが、性感帯は開発されてるようですね」
「へぇ。いいの拾ったねぇ」
空也がニヤリと笑みを浮かべる。
「で、今どうしてるの」
「首と手足、全て拘束して、床に磔ています」
「えー、いいなぁ! 放置プレイ! 楽しそう!」
「……なので、まだそこまで楽しんではいないですよ。堕としている途中です」
「なるほど、それで、コレねぇ……」
空也がちら、と見たのは、自分が運び入れた段ボール箱である。中には、叶湖が今、黒依に点滴しているのと同じ栄養剤が入っている。
「空也に頼んでもいいんですが、ミリ、バルーンのカテーテルや、注射針と管の類なんかを調達できます?」
「うん、お安い御用だよ! 私をイジメるか、陽くんの情報料をまけてくれるか、どっちがいい?」
「では後者で。1カ月ほど無料で面倒みますよ」
「おぉ、太っ腹! じゃぁ、後で細かいリストと、次の開店日を教えてね」
大病院の特殊な病棟で働くミリから、医療器具の買い付けをとりつけ、叶湖は珈琲を呷る。
「そこまで手間かけて堕とすなんて、よっぽど好みなのねぇ。空也、会ったの?」
「会ってない。叶湖、結構面食いだろ? 期待はしてる」
「無事に堕とせたら、ここにも顔を出させますよ。もっとも、手を出そうとしたら容赦はしませんけど」
にっこりと笑う叶湖に、ミリと空也は急いで両手をあげた。
「ミリまで……苛めてもらおうなんて思わない様に」
「はぁい」
そんな調子で、叶湖が気まぐれで開店する、人の正道から少しばかり足を踏み外した者ばかりが集まる社交場『アカズノ間』で時間を過ごし、叶湖がマンションに戻ったのは夜が更けてからだった。
空也から買い取った段ボールを一旦おろし、ドアのカギを開けて部屋へ入る。
昨日の夕方以降、注射をしていない黒依は当然、いつもの毒薬の痛みに呻いていた。
症状が出から長い時間が経っているのか、瞳は虚ろで、意識も定まらないまま呻き声だけが口から漏れているような状態である。流れ落ちる汗が、じっとりと身体を濡らしている。
叶湖はそれを横目に、とりあえず段ボールを部屋の奥、薬棚の前へと運び入れ、栄養剤と一緒に追加注文していた薬の瓶を取り出し、薬棚へ並べる。
それから、おなじみの2本の注射を黒依に与えた。
「んっ……はぁ、っ」
苦痛は治まっただろうが、まだ息が荒く、意識も定まっていないようである。
叶湖は黒依の汗を拭くため、昨日と同じように湯を沸かし、タオルを用意した。
マメであるが、黒依のため、というよりは叶湖自身の住処の衛生管理の一環である。
先に、煮沸した注射器をいつもの液体を付けた布巾で拭きながら、黒依が覚醒するのを待つ。
「っ……」
そのうち、頭がはっきりとしてきたようで、黒依が首を叶湖の方へと向け、ぼぅっとした瞳を向けてきた。
「おはようございます。身体、拭きますね」
バケツに湯を汲んで来て、叶湖がそれで黒依の身体を拭き始める。
間もなくして、黒依の瞳から、つっ、と涙がこぼれた。
「……あら、どうしたんです? 言いたいことがあるなら、今なら聞いてあげますよ」
頬に流れる涙を指先で拭いながら叶湖が微笑む。
「もう、許して……逆らいませんから。言うとおりにしますから……」
「だから、音をあげるのが早すぎますって。腐っても暗殺者なんでしょう? もうちょっと根性見せましょうよ」
とはいえ、そもそも自分が拾った段階で、既に死にたいほど、黒依の心がポッキリと折れていたのも、叶湖は知っている。くすくすと笑いながら、止まらない黒依の涙が伝う頬を撫でる。
「なんで、生きてなきゃいけないんですか……俺は……っ、僕は……」
「あら、子ども返り」
ふふ、と笑いながら叶湖が口を開く。
「さぁ、なんででしょうねぇ。私に拾われてしまったから、と言ってしまえばすぐですけど。どっちにしろ、死にたいなら、そう思わなくなるまでは、このまま、ですねぇ。目を放した隙に死なれたら困るので。だから、徹底的に叩き込みます。死なない様に……否、私に逆らわない様に」
黒依の瞳が瞬く間に曇り、闇色が差す。
「私、その目、好きなんです。絶望の色。何も映らない瞳に、私の姿だけが映っている。アナタの周りには何もなくて、誰もいなくて、私だけがいる。それ、結構楽しいです」
濡れたタオルで汗と涙が浮かぶ顔も拭いていく。拭いた側から、すぐに涙がこぼれていった。
「まだ泣いてるんですか。男の子でしょう?」
「妹は、死んで……僕が、殺したようなもので。僕が、気付いていれば。気付いて助けていれば……。妹をみすみす死なせた僕が、妹を殺した組織で、人を殺して。人を、どんどん……それで、手が、血でそまって。何度も何度も……。赤くて、落ちなくて……。っ! 嫌だ、助けて……。助けてください。もう、生きていたくない……。この絶望を、早く、早く終わらせて……」
「駄、目、です」
叶湖はそれだけ言うと、再び黒依の言葉に応答しなくなった。
5日目おわり。
医療器具のちょろまかし、駄目、ゼッタイ。
ミリの場合は、ちょっとした普通じゃない自体があるというだけです。




