5日目①
BLなお友達の話題が出ますので念の為にご注意ください。
次の日、叶湖は朝早くから出掛けていた。
喫茶・アカズノ間
店の扉に『closed』の看板がつり下がっているが、その中に叶湖はいた。
「で、ペットはどうした?」
喫茶店のカウンター席。店の入り口から見て、その右端の席を陣取った空也が、カウンターを挟んだ向かい側に居る叶湖に問いかけた。
その脇には、空也が叶湖に頼まれて入手したモノが入った段ボールが置かれている。
「え、叶湖、ペットなんか飼ったの?」
店のドアの脇、2名がけのテーブル席が2つ並び、その窓際に腰かけた男が叶湖を振り返った。
男、と表現してはいるが、その顔には鮮やかな化粧がされている。パンツスタイルではあるが、パステルカラーのニットが、女性らしさを訴えている。本名健一、源氏名マリーがその男の名前であった。
「えぇ、先日」
空也とマリーに、珈琲とサンドイッチを並べながら叶湖は返事をした。
「お、厚焼き卵サンド。いいねぇ。おいしそう」
空也が喜びの声をあげながら、サンドイッチにぱくついている。
カラン、とドアのベルが鳴って、2人の男女が連れだって入ってきた。女性の方は、ゆるやかにウェーブした茶色い髪を背中まで流した若い女性で、見た目は空也と同じくらいの年齢に見える。幼さを感じる顔はきれいに整っていて、街を歩けば声をかけられるくらいの美人である。着ている花柄のワンピースと相まって、とても華やかな女性であった。
男性の方は、こちらも空也と変わらない年と思われる若い男で、丁寧に撫でつけられた黒髪に、銀縁の眼鏡をかけていた。ニットシャツに黒いジャケットを羽織る姿は、インテリや優等生を体現したようで、清潔にまとめられた姿は、女性とお似合いのカップルのようにも見える。
「あら、いらっしゃい。ミリに功一。もしかして、デートですか?」
「叶湖ちゃん! 久しぶり!」
マリーに食事を提供したまま、カウンターの外にいた叶湖に、ミリと呼ばれた女性が満面の笑みで抱きついた。
「デートか、と言われると複雑」
功一は苦笑しながら店の奥のボックス席に向かうと、ミリはそれに追随せず、カウンター席、空也の隣に腰かけた。
「空也くん、今日陽くん来る?!」
「俺よりお前の方が詳しいだろうが。っつーか、いい加減、俺の恋人と寝るの、やめてくれねぇかな」
「2人のキューピットである私に、なんて酷い! でも、ちょっと嬉しい!」
「喜ぶな。気色悪い」
空也に絡んでわいわい騒ぎ始めたミリを見て、遠くの席で功一が溜息をついた。
「2人とも、注文は?」
「王様セット!」
「俺もー」
2人の声にはい、と答えて、叶湖がカウンターの奥へ戻る。
「で、アイツ、今日暇なの?」
「なんで恋人のくせに、スケジュール把握してないかなぁ」
空也の問いかけに、ミリがぶつくさ呟きながらも、スマートフォンをいじる。
「なんで恋人よりスケジュール把握してるんだよ、ストーカーさんよぉ」
「あー、今の時間は仕事だねぇ。今日は夜10時くらいに上がりかな。明日は遅出だから、会えるんじゃない?」
空也の恨み節など耳にも入らないと言うようにミリが笑顔で答える。
「お前は?」
「今日は遅番。っていうか、私が会えるスケジュールの時に、わざわざ予定教えるわけないでしょう。あぁ、残念っ!」
空也の問いかけに、ミリは手ぶりを加えて大仰に嘆いてみせた。
「平気で嘘つく宣言してんじゃねぇよ。んじゃ、邪魔すんなよ」
「見返りは?」
「邪魔しない見返りなんていらねぇだろうが。お前が仕事なんだから。……情報料としては今日の食事代でいいか」
「えー、少ない! じゃぁ、じゃぁ、今度3Pしようよ!」
「昼間っからさらっと言うなよ! ってか、俺は女は抱かないってるだろーが!」
「はいはい、そこまで」
喧嘩し始めた2人の間に割って入るように、珈琲とサンドイッチをミリの前に置く。
「叶湖、コイツ、なんとかならねぇ?」
「アナタもSっ気あるんですから、遊んであげればいいでしょう?」
「叶湖の言葉だろうが、さすがに女は無理」
同性愛者を主張する空也がお手上げとばかりに両手をあげる。
彼の恋人である陽は、バイセクシャルであり、かねてからミリと関係を持っていた。そのミリの紹介で、アカズノ間へ出入りするようになった陽が空也と出会い、今に至るわけなので、ミリのキューピッド発言は間違いではない。
しかしながら、空也と陽が付き合い始めた後も、ミリが関係を断とうとしないため、2人は何かと折り合いが悪い。
陽が真に付き合っている恋人は空也だけであり、ミリは自らの被虐趣味を満足させるためだけに、嗜虐趣味を持つ陽と関係を持っている、という割り切りがあるため、本気の喧嘩には発展せずにいるが、アカズノ間に出入りする人間が本気で喧嘩をすれば人死にが出かねないので、幸いであった。
「アナタも、さっさと諦めて嗜虐趣味に走ればいいのに」
そんなミリの性的嗜好など知らぬまま純粋に彼女に惚れてしまった功一は、被虐趣味を満たすためだけに性に奔放であるミリを受け入れ、彼自身でミリを嗜虐すること腹が決められず、ジレンマの中にいた。
結局、今に至ってなお、ミリとの距離を縮められずにいる功一に、くすっ、と笑いながら、叶湖は彼にも食事を提供する。
「簡単に言ってくれるよな……」
「他人事ですから」
そんな叶湖に、功一は溜息をついて珈琲を啜った。
「で、私はアナタのペットのことを聞いていたんだけどー?」
話がひと段落ついたのを察したのか、マリーが口を挟んだ。
「え!?」
功一とミリが同時に声が重なった。
5日目、つづきます。




