灼熱の砂漠
蒸気機関車のガス抜きの音と共に、黒光りした鉄の塊は駅に到着した。
駅は割と小綺麗だ。屋根はプラスチック製の透明なもので、地面と壁は煉瓦で造られている。一車線の駅にしてはかなり栄えているようだった。
だが、栄えているのは駅の洋装だけで、実際に人はちらほらしかいない閑散とした所だ。
車掌室から腕の長い真っ黒な人型の「何か」が現れる。顔は黒い靄がかかって見えず、靄の奥から白い2つの目がこちらを覗く。
「...!!」
それは傍に犬らしき生物を連れていて、車内の真ん中を練り歩いていた。
「あ、降ります」
彼が横に差し掛かった時、クレアが手を挙げる。黒い人はこくりと頷き犬を3人の前に突き出す。
「乗る前に買った切符出して」
「う、うん」
イヴは戸惑いながらもポケットから黄ばんだ切符を取り出した。
「はい」
そう言ってクレアが切符を犬の舌に乗せる。それを見て、ブライアンとイヴも同じ動作をした。
犬は真っ黒な牙を見せて切符をペロリと平らげ、尻尾を振る。黒い人はそのまま車内の奥へ歩いていった。
「降りる人はあの犬みたいなのに切符を食べさせるの。さぁ、行くよ」
「可愛かったね、何ていう名前なの?」
「...犬みたいなの?」
「なにそれー」
悪魔で犬ではない。イヴは興奮しながら荷物を纏めてクレアの背後についていった。彼女の前から迫る乾いた風、ツバの広い帽子が飛ばされ、「あ」と手を伸ばすが届かない。
「ほい」
彼女の2倍ほど身長のあるブライアンが帽子を掴み、彼女の頭に乗っけた。
木偶の坊ではないようだ。
「ありがとホワイトドラゴン!!」
「うむ。砂埃が目に入らないようにするべし」
イヴはすかさずクレアを盾にして風を防ぐ。クレアは「おいおい」と呆れの混じった苦笑をした。
駅の出口には既にガイドを乗せたキリコが何体か滞在しており、クレアはイヴと、ブライアンは1人でキリコに乗った。
屈強な腕のガイドがキリコの背中に乗ってロープを垂らし、滑車の原理を使って乗客を上に乗せる。すると、もう一本、キリコに接着しているロープを辿って再び背中に戻って同じことを繰り返す。
キリコの上は地上より風と暑さが酷く、決して乗り心地のいいものではなかった。
「あ、暑い...」
「ガイド曰く心を無にして耐え忍べらしいよ」
「ひぇえ...」
イヴは腹の底から悲鳴をあげ、前にいるクレアにしがみついた。
「落ちるなよー、落ちたら死ぬぞ」
「そんなこと言うから余計怖くなったじゃん。もう抱きつく」
彼女は一層クレアを抱く手に力を込めたが、貧相な身体故クレアは何とも思わなかった。環境は最悪だが、そこから眺める景色は至極だった。
「ほらイヴ、地平線が見えるよ」
「わぁ!...電車の中でも見れたけどね」
背後にいるイヴがジト目をしているのがわかった。確かに電車の中のほうが幾分か快適だ。
「まぁ気を落とすな。今夜は更に絶景が見れるかもしれないぞ」
「今夜?」
「あぁ、きっと驚く」
「楽しみにしとく。それまで腕離さないよ」
(前に乗せるべきだったな。気づいたらイヴが落ちてそうで不安だ)
2人は悪環境にも関わらず雑談で盛り上がり、先頭で誘導しているガイドは完全に蚊帳の外だった。
...
......
.........
「女ってのはどこでも喋るな」
「それが仕事だ」
男2人、ガイドと乗ったブライアンはポツリポツリと言葉を交わす。
「何でまたジャガイモランドに?」
ターバンを巻いたガイドが不思議そうに彼を見た。本来ならここは商隊や運び屋が通る場所。この酷い環境の中観光に来る者はそう中々いないだろう。
ブライアンは青の情報を収集に来たとは言えず、得意の戯言で乗り切ろうとした。
「ふっ、ダルヴァザから漲る業火、我の棲家である地獄からの炎を肌で感じようと思ってな。む、そうか貴様は人間か、我は地獄の使者!!!ぜひホワイトドラゴンと呼んでくれ!!!」
「たすけて」
時に天使、時に悪魔となるふわふわした設定のブライアン。彼の自己紹介は相手を黙らせる秘技かもしれない。
かくして、クレア一行はジャガイモランド中央部の街「ダブリン」へと到着したのだった。