青の神話
曇りがかった空に陽が差し込み、雲のない所からすぽっとライトのように地面が照らされた。
イヴが、道の脇をぼんやりと眺めていると、パン屋やマーケットが通りすぎていった。
「す、凄い...人がいっぱい。お店もいっぱいです...」
「今日は水曜日だからね。祈があるんだよ。だからこの辺りは人で賑わってる」
「祈?」
イヴが冴え冴えとした茶色い瞳でクレアの顔を覗く。
ここでカラーコンタクトがあるのならば、もう見つかることはないのでは、という疑問が浮かぶかもしれないが、イヴは何度も死線を潜っているため、必然的に色攫いにマークされている。色攫い側も、貴重な青を逃すまいと血眼になっているのだ。
「祈っていうのは神様に感謝することだね。この地域は土着信仰が強くてある神話が元になっているんだ」
「とちゃくしんこー?」
困り顔をしているイヴを見て、クレアは彼女にもわかりやすいよう噛み砕いて神話を説明した。
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その昔、内陸部にカミエールという青年が暮らしていた。彼の村は貧しく、家族も衰弱死寸前だった。
彼は何とか家族を救うために、荒れた地で祈祷を何度も繰り返した。
乾いた風が彼を削ろうと、豪雨が彼を襲おうと、彼は祈祷を繰り返した。
そして100回目の祈祷を行った時、彼の前に神が現れた。
名をカエルアレム神。彼は全身が煙に覆われ、白く、とても長い髪の毛が逆立っていたと言われている。
彼はカミエールにこう言った。
「色の三原色がここで重なり、黒い運気が流れ込んでいる。村を栄えさせたいのならば、色を一つよこすのだ」
カミエールは自分の身体に流れる赤、そして自分の母の髪の色である黄は無くしたくないと考えた。
カミエールは青を差し出すことにした。神は青という色の存在を隔離した。
カエルアレムが霧となって消えた瞬間、空はどんよりと曇り、海は赤潮に満ち、この世から青は無くなった。
次の日、村の周りには巨大樹が織り成す森林が現れ、豊富な資源が与えられた。
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「そこから村は発展して大きくなり、この街になったんだ。だから祈はカエルアレム神に豊穣と商売繁盛を感謝する儀式なんだ。ま、この街がカミエールの住んでいた村だったのかは怪しいけどね」
クレアの父は、この定説を信じておらず、カミエールの村、つまり神話の起源は別の場所にあると考えていた。
「へぇ〜。でもでも、青を探してる人はカエルアレカレアム神に背いてるんじゃないの?」
「凄い勢いで噛んでるね。カエルアレム神だよ。確かに青を探す行為は信仰者に良く思われていない。多分だけど、色攫いと教団はあまり仲良くないんじゃないかな?」
「そうなんだ!!勉強になったぁ。私、まだまだこの街のこと知らないなぁ」
「私がいつでも教えてあげるよ」
「ありがと」
イヴははにかんで可愛い八重歯を見せた。子供と随分接していなかったクレアは新鮮な気持ちに陥る。
それから数時間馬車に揺られた。
馬車を引く馬は蹄でリズムを刻み、郊外へと進んでいく。風がイヴの綺麗な髪を靡かせた。
「どこに進んでいるの?」
賑やかな街の中心から、閑散とした所へ抜け出し、イヴの顔にも不安の色が浮かぶ。
「隣の国にこのモザイク画を作った工房があるらしいんだ。これを作った人はもう亡くなったけど、その弟子達に話を聞けば何かわかるかもしれない」
「そのモザイク画。縁にも金色の装飾が使われているね...とっても大切なものだったのかなぁ」
よく見ると、金の鳩が縁を飛んでいる。左下には Adolphe Louis と彫られていた。
「アドルフ=ルイ。この人の弟子がいるって父が言ってた。...まぁ。今日は遅いし近くの宿で休もう。あんまり郊外に出ると怪しい宿もあるからね」
「うん」
イヴは眠たそうに答えた。
「そうだ。バスケットに入れた朝食食べちゃおっか」
「うん!!」
明らかに返事の調子が違ったが、子供というのはこんなものだろう。食べて遊んで寝るのが大好き。それが正常だ。
...
......
.........
遅い朝食を終え、更にしばらく揺れると、宿が見えてきた。
馬車を停め、近くにある小さな石造りの建物に入る。
受付には三角巾をした20代後半とお見受けする女性が立っている。
「1泊部屋を借りたいのだが」
「はい。ございますよ。それでは手続きの方を」
業務的な内容をこなし、少し錆び付いたルームキーを渡される。女性はイヴの方を見て「あら、お嬢ちゃんおネム?」と話しかけた。
その時のイヴの顔が可笑しくて、部屋に入るまでクレアの脳裏にこびりついた。
「子供扱いされて怒りたいのに眠気でどうにもならないような顔だったね」
「もー寝る」
「聞いちゃいない」
本当は聞いていたのかもしれないがクレアを相手にすることすら億劫に感じたのだろう。
イヴは薄い布団を頭から被り、数秒で寝息をたてた。