色攫いの実態
土と汗に塗れた少女を風呂に入れた後、時間も頃合いだったので夕食をとることにした。
「ところで、自己紹介がまだだったね。私はクレア。この邸の主だよ」
「わ、私はイヴです...助けてくれてありがとうございます...」
少女は緊張しているのか、顔と表情を強張らせる。
机には生野菜の盛り合わせ、子羊の切身など、豪勢な食事が用意され、 少女は今にも空腹に耐えかねて食らいつきそうだ。
目を輝かせている。余程食事とは無縁の生活をしていたのだろう。
クレアは貧富の格差を実感し、小さな憤懣と悲哀の感情が絡み合って胸に広がった。
「君の夕食だ。遠慮せずに食べてね」
「や、やったぁ...あ、ありがとうございます」
初めて彼女が子供らしい表情を見せたと思ったら、直ぐに礼儀を取り繕った。年寄りメイドはまだ口をへの字に曲げている。
「こ、これどうやって食べるのですか...」
どうやら彼女は葡萄を食べたことがないらしい。
「それは口に一粒含んで中身だけ食べるんだ。ほら、やってごらん」
クレアは一度自分が食べてみせ、イヴに同じことをやるよう促した。
「うっ、口の中で中身が弾けた!ぶちゅって...酸っぱい...でも甘い!」
この様子だとトマトも食べたことないだろうなとクレアは思う。
しかし普段何となく食べているものをここまで感情的に食べられると、何故だか嬉しくなる。そうクレアは思った。自分は何も作ってないが。
「こ、これ何のお肉!?」
「七面鳥だよ」
「しちめんちょー...じゆうちょー...自由帳?」
「うん。違うね。七面鳥は鳥の一種だよ。自由帳は白紙の寄せ集めだね。全く違うね」
イヴが一つひとつの食材に驚いている様子を見てクレアとメイドは微笑んだ。父親が死んで以来空気の重かったリトリー邸に、朗らかな空気が漂った。
食事を終え、彼女が落ち着いた頃を見計らって、事情を聴くことにした。
「私を追っていた大人達は色攫
い。私みたいな青い瞳を持つ子供を攫って売りさばいているんです」
「青い瞳...やっぱりその目って...」
「はい、青色です」
どうやら、彼女の民族は青い瞳を持って産まれる確率が高く、青の存在が消えてから、色攫いの標的になっているらしい。
色攫いは貿易商に青を売り渡し、利益を得ているようだ。政府は其処に税をかけ、お零れを拾っている。
「毎晩のように逃げました。みんな最初は友達同士で集団を作ってた。でも、一晩越すごとに、一人、またひとりと人数は減っていく...そして気づいたらひとりぼっち」
途中からイヴは嗚咽を漏らして泣いていた。余程苦しかったのだろう。瞼が焼けるほど熱い涙が、座っている彼女の太腿に落ちた。
「さっきまで話をしていた仲間が、次の日には奴らに目を抉られている...そして薬浸けにされて、そういった趣味を持つ富豪に売られてしまいました...」
聞くに堪えない話だ。何故こんな純粋無垢な少女が地獄を味わわなければいけないのだろうか。クレアは自分が貴族であることに恥ずかしさすら覚えた。
「私...もうどうしたらいいか...」
彼女の潤んだ声にかける言葉する見つからない。ただクレアは、辛かったねと言って彼女を抱擁した。