償いは己のため
メリーゴーランドに吊るされる馬の一部に触れると、床扉が開き、地下への入口が現れる。
湿気の多い階段を降りると、奥行きのある二つの部屋につく。
内部は質素だが生活に不自由しない程度の家具はあった。
奥の部屋のベッドで眠るイヴとテーブルの前に座って珈琲を啜るブライアン。
そこへ泣き疲れたアリスと彼女を慰めるクレアが降りてきた。まるで少女漫画のように両手を目の下に当ててめそめそと涙を流している。
「王の帰還か」
相変わらずマイペースなブライアンがサングラスをくいっとしながら言った。彼の冗談だか本気なのかわからない戯言にクレアは
「王じゃない。とりあえずそれっぽいこと言えばいいってわけじゃないでしょ」
と釘を刺した。彼の邪気眼にも真剣に向き合ってくれる心優しいクレアであった。
そんな彼女に動じず再び珈琲を啜る。
ブライアンの空になったカップに珈琲を淹れるヘイ。イヴに添い寝しているハルを一見してから丸いテーブルの前に腰を下ろした。
本当にイヴは愛されやすい気質をしているなとクレアは密かに思う。
立っているのが疲れたので客人用なのか茶色のボロい椅子にクレアとアリスが座る。
「お前らに尋ねたいことがある。返答によっては、少々面倒なことになるんだ」
彼は据わった目でクレアを見る。
「何?」
「青を探しているのか...?」
「えっ...」
唐突な質問にクレアは言葉を詰まらせた。何故いきなりこの質問をする?何故青を探しているとわかる?
出会って数時間も経っていない男に心を覗かれたとでも言うのだろうか。
「待って、先に質問させて。その根拠を」
質問に質問を重ねて相手を探る。
そうしなければ最悪色攫いと癒着のある団体と勘違いされてしまう可能性がある。クレアはそれをよく理解していた。
生唾を飲み込んで返答を聞く。
「この際、言ってしまうが俺はファンからお前らに似た人物を捕縛するよう伝言を預かった。まぁ、お前らのことだとは思うが、それが確証に至らない理由がある」
青目の少女。
「それだけが確認できない。イヴの目は茶色だったから...お前らは標的とは違う人物なのか...?」
「本当のこと言うと思う?」
「安心しろ。捕縛なんてもうしない。ハルの件もあるし。罪滅ぼしにファンを説得してやろうとも思っている」
「ファン?」
「あぁ。色攫いの親玉ってとこだ」
信頼できない。だが、この男が裏切るとも考えにくい。
そもそも、アリスがナイフで彼を刺そうとした時、どこか覚悟のようなものを感じた。
もしかすると、憎しみに任せて殺されても良いと思っていたのかもしれない。それでも彼は真実を伝えた。
信頼...できるのだろうか。アリスは考える。この決断が後に生死を分けるかもしれない。
「...そう。イヴは青目の少女。今は特殊なコンタクトレンズを付けて色を隠している。彼女の瞳と私の父、イヴン・リトリーの遺品を頼りに青を探している」
全てを話した。
全てを受け入れてくれると信じて。
鳩のモザイク画は彼女らをレブレの工場へ導き、グリーンフォレストへの道を作った。
グリーンフォレストでは青が消えるまでの歴史と仮説を得た。
一歩ずつではあるが、確実に青に近づいている。
「探検家と言ったところか...。家を棄て、名声を棄てて青を探す。無謀だな」
「それもあるけど。イヴを庇ってて後に引けなかったんだ」
あのまま家に篭っている訳にもいかなかった。このままイヴが無事に暮らせる国に行けたらと、クレアは切に思っている。
「...そうか」
暫しの沈黙。
そして開口。
「行け。今日のAM2:00に海中列車が岬に到着する。それに乗って次の国へ行くといい」
「見逃すのか...?」
「さっきも言ったはずだ。忠告しておこう。岬の先端に立っていると海面に大きな穴が開く。そこへ飛び込め」
そう言うと、彼は大きな荷物を背負って階段を登っていった。急いでアリスが後を追いかける。
「アリス...?」
クレアは察してその場に留まった。
「あんたのこと許してないから」
眉間に皺を寄せたアリスの言葉を背中で受け止め、顔だけ横に向けるヘイ。
「何かあれば手紙を寄越せ。力になれる筈だ」
「あんたなんか...」
「ハルには記憶喪失のこと言わないでくれ」
自分の言いたいことだけ吐き捨てて、彼は闇の中へと消えた。やがて靴の音さえも微睡みに溶けていき、彼の気配は完全に消えた。
心の靄を表現できないアリスは歯軋りしてその場に佇んだ。
彼は本当に自分達を助けてくれるのだろうか。やっと厄介者を押し付ける相手ができたと思っているのだろうか。
本当に自分勝手な奴だ。
____馬鹿野郎。
アリスは叫んだ。




