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青のない世界  作者: Suck
Peter Town
21/31

赤茶色の夜に響いた声

澄んだ冷たい夜。肌を刺すような寒さ。クレアは自分のコートを脱いでアリスに羽織った。


彼女はクレアの気遣いに驚いて目を丸くした後、「あ、ありがとう...」と照れ臭そうに言う。


「急ごう」


北に向かう路地。街灯は無く、じめじめとした嫌な空気が吹き抜けている。

4人の足音が一定の調子で児玉した。


監獄の方では既に捜査が始まっていて、警備ロボットが辺りを見回っているようだ。


走る脚にも力が入る。


「ハァッ...ハァッ...イヴ、大丈夫?」


「うん。大丈夫...!!」


背後を振り向くと、イヴは当然のようにブライアンの肩に乗っていた。


「...心配して損した」


夜の路地裏は予想以上に暗く、あまり速く走りすぎると壁にぶつかりそうだ。


空を覆った分厚く赤い雲が晴れれば星が道を照らしてくれるのだが。


暫く北に向かって歩を進めると、耳に騒つくような音が入ってきた。


「この音、海...?」





赤い雲を貫いて海を照らす深紅の月明り。開けた場所に出ると、眼前に縹渺と無辺際に広がる海。


潮の香りが鼻にやんわりとまとわりついた。


「わっ...初めて見た...海...ッ!!」


イヴが潤んだ目に海を映し、小さく歓喜した。他の3人も海特有の深みのある闇に心が吸い込まれているようであった。


海の魅力は不思議だ。この広大な水の集合体が全て青だったなら...。そう考え、クレアはゾッとする。


「...見惚れていたいけど...そろそろ行こうか」


彼女の言葉で全員我に帰り、海沿いの舗装されていない道を歩いた。


海岸から吹いてくる潮風を浴びながら歩いていると、ふと視線を感じた。


1つではない。幾つもの視線。



「く、クレア〜...なんか見てる...」


今にも泣きそうなほど怯えたイヴの声。陸側の茂みを見ると、影のように黒い、猿のような生き物が複数いた。


「...ノッポピナッツよ。彼等は海の魅力に心を奪われて食事以外一日中海を見てる」


「アリス、詳しいんだ」


「昔、妹に聞かされたの。生き物が好きで」


先頭を歩く彼女の顔は見えなかった。


(そういえば...妹を探すって言ってたよね。でもこの街の状況...妹さんの安否が心配だ)


アリスも気が気でないはずだ。その不安を顔に表さない。彼女は意外と強く、真面目な性格を秘めているのではないかとクレアは思った。


「むぅ...」


恐怖で顔を歪めたイヴが警戒心を声にして出す。全身が黒い毛に覆われ顔に2つの大きな目玉。


一点を見つめて直立不動しているそれらは不気味さと同時にどこか哀愁漂うものがあった。


(毎晩こうやって海を見てるんだなぁ...)


イヴは思い詰めた表情でブライアンに「ポークピッツも色の不思議がわかってるんだね」と呟いた。


「ノッポピナッツだぜお姫様」


彼女はこの手の間違いをよくする。

わざとやっているのかと思わせる程。

ブライアンとのこのやり取りも日課になっていた。






数キロ、景色の変わらない道を進むと、再び両脇に木々が現れ、茂みに挟まれて歩くことになった。


時々イヴの鼻に葉っぱが当たってくしゃみをしている。





薄暗い茂みを照らす赤い月。

心持ち段々不安感が増していく。





「あ、あれ見て」


アリスが指差した先を見ると、赤茶色に錆びた門と遊園地が見えた。



大きな観覧車に今にもレールが外れてしまいそうなジェットコースター。

所々割れているティーカップの乗り物。





誰もいない受付。








月明かりに照らされた遊園地は、まだ子供の訪問を待っているようにも見えた。


軋む観覧車から哀愁が漂い、クレアは昔は人が使っていたんだなと感慨に耽る。



「メリーゴーランドの前って言ってたよね」


「本当に良いのかな...行っても」


淡々と歩くアリスにイヴが不安な口調で聞いた。だが迷っている暇はない。


「きっと大丈夫なはず...」









生温い空気とおぼろげな雰囲気。

足音と時折吹く風だけが耳の鼓膜を揺らす。



メリーゴーランドの前には2人の影があった。1人は汚れた白馬に跨り退屈そうな表情をしており、もう片方は恐らくクレア達を待っているようだった。


「来たか...」


「ハル...ッッ!!?」


ヘイが呟いた後、強い興奮を含んだアリスの声が園内に響いた。


(知り合い...?暗がりでよくわかんないけど...アリスに似てる。もしかしてこの子が...)


「私の妹!!ハルよ...ッ!!」


彼女は目を爛々とさせてクレアに言った。かつて彼女がこれ程までに感情を露わにしたことがあっただろうか。



その嬉しそうな顔はどこか新鮮で、クレアの脳裏に焼きついた。



しかし、ハルから発せられた言葉は、非情に非情を重ねたものであった。





「えっ...誰すか...?」


悪意はない。本当に困惑したような表情。空気が一気に張り詰める。


鬱陶しかった生温い風も感じない程に。


「わ、私よ!!アリス!!まったく...馬鹿ね。実の姉を忘れるなんて...はは...」


彼女は笑っているが、ハルの頬に嫌な汗が伝う。




「えっと...本当に誰?先輩の友達すか?」










......いやわからん......



...でも私..知らないっすよ...




...アリス......





...アリス...!!!





____あぁ、視界が塞がっていく。

音が遠くに...


足の裏から耳にかけて粟立つ。悪寒を通り過ぎた寒気。


大切だと思っていた人が突然消えてしまったような...。


今、私はどんな顔だろう。想像もつかない。



でもきっと、笑ってはいないだろうな。







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