脱獄と微睡みの夜
その日から、脱獄計画は実行された。
食事に運ばれてくるのは小さなパンとミルクのみ。たまに残飯のような野菜が付いてくる。
付属のナイフをくすね、少しづつ壁を削る。穴はブライアンの巨体で隠す。
気の遠くなるような作業だ。
「...いつまで続くのよ」
ナイフで削り取れる石は極僅か。手の豆が潰れてアリスは不貞腐れていた。お腹は四六時中鳴っている。
「...いつ何をされるかわからないしね...早くしないと」
アリスの手放したナイフをイヴが拾い上げ、作業を継続する。
銀のそれにはほんのりと赤い血が付着していた。
(...アリス...こんなになるまで...)
「あぁもう...お腹鳴りすぎ...」
恥じらいの顔でアリスがぼやくと、クレアが
「アリスも育ち盛りだから。ごめんね」
と返す。
「なッ...!!あんたはお母さんかッ!!」
__
____
______
「できました...ッ!!」
同じく牢獄に閉じ込められたハルとヘイ。ホットパンツとTシャツのハルが嬉しそうな声をあげる。
「どした...?」
部屋の隅では魂が抜けた人形のようなヘイがハルに尻を向けて寝転がっていた。
彼女は深い溜息をついてミルクの入っていたカップを彼の頭に投げつけた。
「隠し火薬で作った爆弾です。これで脆そうな場所を破壊して外に出ましょう」
「随分、成長したものだな」
「頼りない先輩を持つと逞しくなるんですよ。後輩は」
したり顔の彼女の顔を一見したヘイは、また壁と睨めっこした。
(頼りない...先輩か)
彼女を拾ってから数年間。敢えて頼りない人間を演じてきた。殺人も、拷問も彼女の前では絶対にしない。
彼女だけは真っ当に育てると誓った。
しかし、やはりどこかから影響を受けているらしい。
「タネはまだあるか」
「え、まぁ作ろうと思えば」
「他の囚人も脱獄させて警備を錯乱させる。行くぞ」
(なんか急にやる気になった...)
01:20
乾いた爆発音が監獄内に響き渡る。
その音はイヴ達のもとにも届いた。寝静まっていた4人は咄嗟に身を起こし、暗闇の中で辺りの様子を伺う。
聞こえるのは外壁に沿って走る足音。
警備ロボットは音の発信源へ慌ただしく駆けて行った。
「誰かが脱走した...!!」
「今なら逃げられるかも」
イヴはそう言ってはみたものの、おんぼろロボットの部屋とこちらの部屋を遮断する壁の穴はまだ顔が入るか入らないかの大きさだった。
現実に戻って溜息をつくイブ。
しかし、不意に外から投げ込まれた筒状の物体が頭に当たった。
「痛っ...!?」
暗闇の中で、暗闇の外から何やら呟きが聞こえる。クレアは壁に耳を当てて声を探った。
「聞こえるか?ここを抜けたら北の路地を抜けて海岸に突き当たるまで走れ。そのあとは海岸沿いに東へ。茂みを抜けたら廃園と化したテーマパークがある。メリーゴーランドの前に来い」
「君は誰だ...?」
「来たなら教えてやる」
野太く芯のある声の持ち主は、そのまま北の方角へ立ち去って行った。
イヴの頭に当たって地面に転がっていた筒をアリスが拾う。
「...火薬の臭い...マッチもついてる」
「...とりあえず、逃げるならチャンスは今しかないね」
クレアは筒から火薬を少量、蛇状に置いてからマッチを壁で擦り、火をつけた。
「イヴ、伏せて」
爆音と共に石は砕け、壁に大きな穴ができる。外壁までは破壊できなかったが、隣部屋に抜けられるので、小窓から逃げることが可能だ。
先にアリスが窓から出て、次にイヴを出した。
そしてクレアが出ようとした時、バッグから本を落としてしまった。
「あっ...!」
グリとの別れ際、個室にある一冊の本を彼女にくれた。それは100頁にも満たない薄い本だったが、グリは大切そうに机にしまっていた。
その本は、クレアを持ち上げていたブライアンには気づかれず、おんぼろロボットの目の前に落ちてしまう。
取りに帰るか?
いや、そんなことはできない。
彼女はやむなく暗闇の街へ脱出した。
その時、クレアは見てしまった。
黄土色と焦げ茶に錆びれたロボットがその本を軋む手で拾う瞬間を。




