それは正しく残酷な皮肉
アリスは小さなお尻を持ち上げながら重ねられた石の出っ張りに足を乗せ、壁の少し上にある鉄格子に捕まり、外を覗いた。
街路樹と石畳の道。本当に小ブリテンに帰ってきたかのような錯覚を起こす。
しかし、決定的な違いがあった。
言わずもがな、目の前を行く人型の機械達だ。
大きな黒目を動かして外の様子を探る。すると、道路脇に小洒落た喫茶店を発見した。
「...機械のくせにカプチーノでも飲む気かしら」
更に目を凝らして店内を見る。驚いたことに、人間がオーダーを取っているではないか。席に座っているのは銀色ボディのロボット。
その光景を見て、彼女の背筋に冷や汗が伝った。これはどう見ても皮肉な風景だ。
立場の逆転。
人間がロボットを介助する側に位置付けられている。その空気に気圧されて、彼女は足を踏み外し、盛大に尻餅をついた。
「...いてて」
「1人で楽しそうだな」
「う...うっさいッ!!」
彼女は赤面してブライアンに吐き捨てた。投獄された時と同じ、うつ伏せに倒れた彼は完全に無気力状態だ。
「もぅ...早く逃げないと何されるかわからないのに...」
不満を小声で漏らしていると、クレアとイヴが何やら壁に顔を近づけているのに気づいた。
ゆっくりと彼女達の背後から様子を見ると、どうやら穴を覗いているみたいだ。
「あ、アリス。見てみな」
直径親指程度の穴を覗くと、そこには錆びたロボットとコスモスの花。
どこか切ない退廃美がアリスの心を締め付ける。
「す...素敵ィッッ!!」
「...奇声を発してどうしたんだい?」
クレアが若干引いた顔をしながら聞くと、いつも通り
「うっさい!...こういうの好きなのよ。綺麗じゃない?」
「ま、絵にはなるね」
丁度その時、看守のロボットが監獄の前に来て鉄格子を警棒で叩いた。
「おい!!奇声を発するな!!」
「奇声じゃないわよッッ!!」
赤面したアリスが否定する。
「隣のロボットは機能しないんですか?」
艶のある自分の赤髪を手でわけてクレアが聞いた。
答えが返ってくる見込みはないと思ったが、予想に反して警備ロボットは淡々と彼に関して話し始めた。
「奴は旧型のロボットだ。我々の【情報規制】は存在する価値のないものとしてアップデートの際消去した。奴はまだ【情報規制】を有している唯一のロボットだ」
所々で入るノイズ。恐らく、ロボットの発言や表現にもある一定の規制がある。クレアはそう考えた。
(情報規制をする必要...。つまり言論を自由にすると不都合がしょうじるみぶがある。...この街にも上流階級がいたし...ここを統べるロボットもいる可能性が高い)
看守は不気味に丸い頭を小刻みに揺らしてから、看守室に戻っていった。
「結局何言ってるかわからなかったね」
小窓から射し込んだ光がイヴの白い肌を照らす。彼女のほんのり赤い頬を撫でて、クレアはこう言った。
「簡単だよ。彼は心を持ったロボットだ。アリス...小窓から何が見えた?」
「えっと...ロボットに接客サービスをする人...かな?」
「そう!」
語尾が尻すぼみになってしまった言葉を無理矢理取り上げる。そして更に付け加えた。
「ここのロボットは心を排除した。理由はわからないけど...。人間と立場が逆転になった背景に理由があるのかも...」
「それで、どうするのよ?」
「とりあえずあそこを見てごらん」
彼女はアリスに隣の牢獄の小窓を見るよう促した。
鉄格子が錆びて朽ちている。
どうやらこのロボットは完全に停止しているため、逃亡防止の措置を施していないのだ。
「壁も脆そうだし、看守も間抜け。上手くいけばあそこから逃げられる」
クレアは霧の晴れたような笑顔で言った。それと対照的に、アリスの心には靄がかかっていた。
本来、アリスの目的はこの街で妹を捜すこと。しかし現状的に、ここをいつまでも徘徊することはできない。
クレア達もここから逃げることができたら直ぐに街を出るだろう。
命よりも大切な妹。何年もかけてやっと妹の居場所を見つけた。
この街のどこかに隠れて暮らしていると。この機を逃すともう出入りできないかもしれない。
アリスに苦渋の決断が迫っていた。