ねじまき仕掛の心
ねじまき仕掛の心
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「ちょっと!!出しなさいよ馬鹿!!」
怒りで度を失ったアリスが牢を蹴り、鈍痛に悶える。
冷んやりとした煉瓦造の壁に凭れ、クレアは虚を眺めた。
(どうしてこうなった...)
それは数時間前に遡る。
クレア一行はグリーンスモークを抜け、ピータータウンへの道ポツポツと歩いていた。
空を覆う緑は徐々に少なくなり、植木や澄んだ小川が目立ってくる。
「イヴ...コンタクト外してみて」
「え?」
唐突なクレアの言葉に、イヴは固まる。青がない原因は今迄環境に問題があると考えていた。しかし、グリーンスモークのグリの話を聞いて確認しなければならないことができたのだ。
それは、この場にいる全員がイヴの瞳の色を認識できているか。
(ま、色攫いの連中も認識できてるからイヴを追いかけてたんだと思うけど...)
「む。何者かが我々に向かってくるぞ...!!」
しかしクレアの思惑はブライアンの発言によって掻き消された。
「変態。ついに幻覚も見えはじ...あ、ほんとだ」
一度彼を否定して、アリスは遠くに浮かぶ人型の影を、目を細めて見つけた。だがおかしい。それは、一定の速さで足を動かし移動している。
おおよそ人間らしさがないのだ。
その影が目の前まで来た時、やっとその違和感に気付いた。
「あ、ロボットじゃん...ロボット!?」
アリスの情緒が不安定になる。
イヴも初めて見るロボットに目を輝かせて雀躍していた。
「...なんか...怪しいな」
細い顎を擦りながらクレアが言う。すると「おっさんみたいな仕草だねクレア」とイヴに言われて酷く落ち込んでしまった。
そんなやり取りをしている間にも、ロボットは直ぐ近くまでやってきた。
小豆色で少し煤れたボディと愛着のないえんどう豆のような顔。目は真っ黒で、口はカセットテープが入りそうな形をしている。
細く、何か肉体労働をするというよりは、案内や家事をしてそうな印象が見て取れた。
「アナタ達は今からピータータウンに行きます?」
少しノイズの混じったぎこちない喋り方。
「えっと、はい。私達人を探してて...」
(あ...私の言ったこと覚えてくれてたんだ)
それは数日前、金工家のレブレの家で話したことだ。たった二言だった。
その瞬間、アリスは不覚にもクレアに好感を抱いてしまった。
「アナタ達が人を探しにピータータウンを訪れるのならば、ワタシが案内しましょう」
「...あなたはなぜここに?」
彼女は頬に緊張の汗を伝せながら聞く。しかし、ロボットは「ナンデモ」と返して会話を終わらせてしまった。
「オジョウサン。さぁ手を繋いで行きましょう」
「お嬢さんって誰。ねぇ、ホワイトドラゴン?」
「うむ。彼女は立派な大人のレディーだ。手を繋ぐことは不要である」
(なんだこの2人のノリ...)
随分と仲良くなったブライアンとイヴに、アリスは困惑する。
陽はまだ昇ったばかり。気持ちの良い光が小川に反射して輝きの鱗を放っている。
ロボットは「失礼しましたレディー」と無機質な言葉で言って踵を返した。
ふんすと鼻で不満を放ったイヴがブライアンの背中をよじ登り、肩車してもらう。
(大人扱いして欲しいのに肩車はしてもらうの...?)
さらに困惑するアリス。
4人は気を取り直してロボットの後ろについて行った。
途中で止まってしまうのではないかと不安になるくらい軋む機械音。
このおんぼろロボットは誰かの差し金なのだろうか。クレアはそんなことばかり考えていた。
数十分道なりに歩くと、小ブリテン王国に建造してあるような土色の煉瓦造の家が見えるようになった。
「ロボットたくさんいるね」
見渡せば、街を歩くのはメタリックに光り輝くボディのロボット。カラーリングをお洒落にしたり、ボディの形状を一工夫施している。彼等はまるで人間のように買物をしたりデートや散歩に興じている。異様な光景だ。
「おい...!!人間だ...!!」
一体の黒光りしたロボットが一行に向かって指を指す。すると間も無く赤と白のボディをしたロボットが路地裏から現れ、クレア達を囲んだ。
「な...なにこれ...!?」
戸惑うアリスに、ロボットが歯切れの悪そうな表情をしてこう言う。
「アナタ達は捕まります。なぜならこの国はワレワレが支配して...」
「どけぇっ...ッ!!」
警備ロボットは貧相なロボットを蹴り倒し、4人を拘束した。
「やはり裏があったか...」
クレアは半ば諦めて大人しく腕を背後に回した。ここで抗ってもどうしようもない。
「大人しくしろッッッ!!!」
先程のおんぼろロボットより遥かに人間らしい口調で警備ロボットが発声する。
彼等の中にも階級が存在するようだ。おんぼろロボットは街を歩くロボットのような環境は与えられず、ただ使い捨てとして扱われる。
音声もアップデートできていないのだろう。
____いてて。
乱暴に牢獄の中に投げられた4人。ブライアンは重すぎたようで何体ものロボットに担がれて牢に投げ込まれた。
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4時間後、全員意気消沈していた。
そんな中、一人壁に鼻がつくくる顔をくっつけている者がいる。
「...ねぇクレア」
「なに、イヴ」
「ここの煉瓦欠けててちょっとだけ向こうの牢が見える」
「どれどれ?」
イヴのくりくりとした瞳に変わって、クレアの長く綺麗な瞳が穴を覗く。
そこには、小さなテーブルの上にある小さな花瓶に活けられたコスモスの花を愛でるロボットがいた。
そのロボットの全身は錆に覆われ、塗装は剥がれ、もう動くことすらできなくなっていそうだ。
彼にも心があるのだろうか。
クレアは眼前に広がる光景に、ある種の退廃美を感じていた。