木こりの図書館と魔女
酸素に包まれた緑の中をひたすら歩く。暫く木々の隙間を沿っていくと、足元に根が沢山現れてきた。
「うわっ...!!」
太い根に足を取られてアリスが転ぶ。咄嗟に手をつくが変てこな声を上げてしまい頬を朱に染めた。
先頭を歩くクレアが見兼ねて戻り、彼女に手を差し伸べる。
「いいわよ...惨めになるだけ」
彼女はプイッと顔を振ってクレアの横を過ぎていった。
(ほんっと素直じゃないなこの娘...)
額に青筋を浮かせ、アリスの後を歩くと、再び彼女は転けた。
「うにゃっ...ッ!!!」
「転けるの好きだとは気づかなかった。早く行くぞ」
「くっ...何よそれッ...!!」
皮肉を飛ばしてクレアは更に先へ進む。ブライアンは後からイヴを背負ってマイペースに追いついて来た。
森の奥へと進むにつれて、蔦は陽射しを閉ざすほど入り組み、木の根も歩行を困難にするくらい荒れまわっていた。
「段々...荒れてきてない?」
アリスが鬱憤の溜まったような声で言う。クレアに言ったというよりは、森に対して嘆いているように見える。
「あれ見てっ!!」
イヴの興奮した声に反射的に振り返る。彼女はクレアの先を指差していた。
「何だ...これは」
思わず驚嘆の声が漏れる。木の根が小さなトンネルを形成しているのだ。
まるで不思議の国のアリスを歓迎しているかのように...。
トンネルの周りは垣根が広がっていて通過は困難。
「ここを通るしかないのか...」
寧ろ、ここが国境だったのかもしれない。
四つん這いになってクレア、アリス、イヴ、ブライアンの順に進んでいく。
「赤色」
「パンツ見るなっ!!」
クレアが赤面してスカートとお尻を押さえる。しかし、前に進まなければならず、苦虫を噛み潰したような顔をしながら渋々両手で地を這った。
アリスはフィットパンツを履いているためそういった心配はない。元々、クレアは家柄的にあまり短いスカートを履く機会がなかった。彼女は家から逃げ出す時、密かに買っていた少し短いスカートを持ち出していたのだ。
ベージュのスカートと白のブラウスは、クレアの新鮮な可愛さを前面に引き出しているようだ。
「やっと抜けた...おぉ...」
トンネルを抜け、開けた場所に辿り着くと、クレアは心を打たれる光景を目の当たりにした。
空にも届きそうな亭亭とした大樹。
その大樹を囲むかのように円形に木々が連なっていた。
幾年の時を越えてこの姿になったのだろう。次に出てきたアリスも深く感動を覚えているようだ。
焦げ茶のその幹は太く、太く。
枝は力強く、緑の葉をつけ、森に入るものを圧巻させる。
「凄い...これが自然...」
見上げると後ろに倒れてしまいそうだ。4人は口をあんぐりと開けて自然の創造物に胸を打たれた。
「世界には...こんな高い木があるんだね...」
イヴは目を輝かせて言った。
根元の部分をよく見ると、幹と同様焦げ茶の扉が取り付けられていた。
「え...これ建物なのか?」
「クレア...?」
彼女は眉を顰めて大樹のもとに歩み寄った。雑に取り付けられた扉を間近で見ても、これが人工建造物とは思えない。
「中に人がいるってわけ?」
アリスがノックするのをクレアは止めようとしたが、少し遅かった。
鮭の皮のようにザラザラとした木製の扉。隙間からは中の空間が見える。
しばらく待っても「主人」が出てこないので、金属製の丸いドアノブを掴んで扉を開く。
中を覗くと、積もりに積もった古書の香りが鼻をついた。
「すいませーん」
遠慮気味に声をかけるアリス。壁一面が本棚になっている家の中を見て、少々萎縮しながら足を踏み入れる。
「ちょっと...!」
勝手に進むアリスを一応は制すが、クレアもこの中が気になるようだ。
木の中は空洞になっており、円形の壁は全て本棚になっている。階段や家具はまるで「元からあったような」造形をしていた。
つまり、木が望んでこの形になったかのようだったのだ。
「図書館...?」
すると、上の階のほうからギシギシと足音が聞こえる。アリスとクレアは固唾を飲んだが、階段から現れたのは若葉色の裾の長いドレスを着た女性だった。
ツバのないハットを深くかぶっていて目の形を伺えない。
ドレスは肩まで露出させていて、顔立ちや肌のハリから20代と思われる。
アッシュブロンドのカールを胸の位置まで垂らし、数冊の本を持ち抱えている。
「おや、お客さんですか...?気づかなくてすいませんっ...!」
「いえ、我々こそ勝手に入ってしまって申し訳ない」
ここはクレアが大人の対応。
見た目と反して腰の低い彼女は本をせっせと机まで運び、素朴なテーブルに4人をつかせた。
「この木を彫ったの...?」
イヴが不安そうな顔で聞く。
「いえ、私が苗にこのような形状になるようお願いしたんです。書庫を持ちたいって」
「ヘェ〜凄い!!言うこと聞いてくれるんだ!!」
傍で聞いているアリスは「どれだけ昔からいるんだろう」と思った。
「森は友達だから。あ、私はグリ。一応魔女です」
軽く紹介されて流しかけたが、彼女が目的の人物。クレアは身を乗り出して問いただした。
アリスの頭に乗っかっている金泣もピチピチと羽を羽ばたかせて喜んでいるようだ。