紫に渦巻く夕焼け
「嬢ちゃんはこのコインを指輪にしてみようか」
「コインを指輪に?」
「そうだ」
4人はそれぞれ思い入れのあるものや意味のある形に指輪を作り始めた。
「ブライアン、指輪2個作るのか?」
金属を曲げて指輪の形を形成しているクレアが聞いた。
「うむ。俺だけのモノじゃないんだ」
「...そっか」
大切な人。恋人だろうか?それとも既婚している妻への贈り物。そもそもこの変態につがいは現れるのだろうか等、クレアの脳裏に疑問符が沢山浮かんだ。
しばらくすると、レブレがコーヒーをテーブルに置いて小休憩を挟むよう促す。しかし、イヴはワイヤーで輪を作るのに夢中で話が耳を通り抜けている。
「あれ?アリスは...?」
「ちょっと前に外へ出て行ったのを見たが...」
...
......
.........
赤黒い夜が空を包む外へ出ると、小さな石造りの塀の上に彼女が座っていた。
小高い丘から見渡せる空の向こうを遠い目で眺めながら、何かを思いつめているようだ。
クレアは彼女に気遣いながらゆっくりと隣に座った。
アリスはそれに気づき、小さな口を開く。
「な、何か用?」
やはり彼女の言葉には棘がある。
だが、クレアにとっては可愛い囀りのようなものだった。
「グリーンスモークに着いたら、どうするつもりだ」
「...子供だけの街。ピータータウンに行く。...そこで私の妹を捜す」
「妹を捜す...?」
クレアは疑問に眉を顰めた。
「あっ、紫日」
アリスの指さした方向を反射的に見ると、不思議な光景が広がっていた。
紫の蔓のような光が渦を巻いている。
さながらゴッホの「星月夜」のように。
月に一度、この紫日という現象が起きるらしい。地平線に沈みかけた太陽と渦巻く紫の光のコントラスト。
この光景を絵画におさめようとする画家もいるくらいだ。
しかし、会話をはぐらかされたクレアは妹の件について聞きづらくなった。
アリスは遠い目をして紫の靄を眺める。赤と黄と紫の空。
2人は暫し無言で塀の上でそれらを見つめていた。
...
......
.........
「できたーっ!!」
簡単なコインリング。初めて自分のものを作ったイヴは心悸に身体を震わせていた。
「おおっ!」と小さな歓声をあげながら裸電球の灯に照らして見る。宝石までは輝かないが素朴で可愛らしいデザインだ。
彼女はそれを右手の中指にはめ、光悦に浸る。
「その日初めて見つけたコインはラッキーペニーと言って、幸せを運んでくれるんだ」
レブレが机で一息つきながら言うと、ハッとしたようにイヴが「ホワイトドラゴンが言ってた...!!ラッキーペニー」と返す。
(ホワイトドラゴン...?)
やはりそう思う。必死に金を鋳造するブライアンを見て、成る程とレブレは相槌を打った。
翌日。
夕焼けと同じくらいに朝の明るさが加速度的に広がる。外に出て口笛でも吹きたくなる天気だ。
空一面オレンジに塗られたキャンバスが広がり、白の雲が丹色に照らされてふわふわと浮かんでいた。
クレアは緑色の軋む扉を開けて外に出る。背伸びをひとつ。
肺の底から出る声と目覚め。
「ふぁぁ...さて、出発するか」
「モザイク画の鉱石を見つけたら持ってきなさい。私が完成させよう」
「はい。ありがとうございます...必ず...。それではまた」
「うむ。気を付けて」
アリスは指輪を作らなかったが、クレアを含め残りの3人は身につけられるような簡単なものを作った。
家から、まだ眠っているイヴを頭に乗っけたブライアンと寝惚け眼のアリスが出てくる。
アリスは朝焼けが目に染みて辛いようだ。ブライアンのサングラスを取ろうとして迷惑がられていた。
薄く目を開けたイヴもブライアンの頭の上から手を振った。レブレはそれが可愛いらしく、顔をくしゃくしゃにして微笑む。
「待たせて悪いなキリコ。さぁ行こう」
やはり何度みてもキリコの形態は異様だ。微動だにしない直立不動の彼らはこの一晩何を考えていたのだろう。
一説によると、彼らは睡眠を約8分しかとらないらしい。ハエかよ。
キリコから垂れ下がったロープを伝い、15m上の背中まで登る。
これがかなりの重労働だ。キリコの脚は凸凹で足を掛けやすいが、それでも15mロープを伝うのは疲れる。
「はぁ...はぁ...朝からしんどい...」
隣のキリコを見るとブライアンがイヴを抱えながらスルスルと登っている。
「ただの御者かと思っていたが...やはり何かあるな...」
「奴は何者なんだ?」
いつの間にか背後に乗っていたアリスが聞く。
「私達にもわからん。謎に包まれた男だ」
「何それ?まぁいいわ。早くだしてちょうだい」
「へいへい」
相変わらず上から目線の彼女に、思わずクレアは尻に敷かれる男のような返事をした。
キリコの頭部に水を少量垂らすと、彼らは動き出す。
ゆっくり、ゆっくりと大きな歩幅で。