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青のない世界  作者: Suck
The Potato Desert
11/31

金工家との接触

一時の休息を終え、4人は宿を後にして歩き出す。市場で長持ちする食料と水を買い、都市ダブリンを抜けた。


「市場の地面でコイン拾った」


イヴがブライアンに手のひらの錆びれた硬貨を見せた。


「ふむ、潰れてるし錆びてるしでどこの国の硬貨かわからんな。とりあえずラッキーペニーと言うんだ」


「ら、ラッキーペニー...!!」


意味も知らず彼女は叫び、再びブライアンの肩に登った。


出口で再びキリコに乗って金工家の住む丘を目指す。アリスは手慣れていたのか、キリコに乗るのはスムーズだった。



しばらく進むと、朽ちた建物群に遭遇した。苔に覆われた城壁の跡を通りすぎる。



高さは2m弱といったところか。平原に突然現れたこの城壁。過去の姿は傲然たるものだったのだろうか。建物の半分は草原に埋もれ、見えているのは先っちょだけだ。


「なんだろうあれ...」


珍しく起きていたイヴが疑問を抱いた。


「大昔、何百世紀も前、この街は巨大な城壁で囲まれていたの。異民族が絶対に入ってこられないように」


「今の姿を見ると...なんか哀愁が漂ってるね」


イヴと一緒に乗っていたアリスが言う。アリスは気を張る相手でなければ、面倒見のいいお姉さんを演じられるようだ。



これを建築させた当時の王はどう思ったのだろう。これが陥落した時、民はどう思ったのだろう。


イヴにはそれがとても切なく感じて、その退廃した城壁跡から目を離せないでいた。



それからまたしばらくキリコを歩かせると、小さな農村に着いた。その農村のはずれに例の工房を発見した。4人はキリコから降りて工房の様子を見る。


「やけに小さな工房だな」


「このモザイク画もさして有名な訳ではないからね。ただ青の鉱石を埋め込もうとした事が珍しいみたい」


「なるほど。その製作者の弟子が、青について何か知っているかもしれないということか」


ブライアンが自分を納得させるかのように首を縦にふる。


「青...?モザイク画?一体何の話をしてるの」


「隠した所で...ってことか。実は私達青を探求してる者なんだ。このモザイク画の一片を埋めて完成させたい」


「青...」


アリスの顔が怪訝になる。丘を撫でる風がやけに強く感じ、彼女のブロンドが大きく揺れた。


「これを見せたら私達の話を聞いてくれるはずだ。行こう」


いつまでも眠そうなイヴの頭をツンツンして起こし、工房の扉をノックした。中で慌ただしい音がした後、扉が軋みながらゆっくりと開いて白髪のおじいさんが顔を覗かせた。


70歳くらいだろうか。額や頬には老齢を示す小皺が目立つ。白い口髭とあご髭のせいで余計歳をくって見える。


「どちら様で」


「クレアと申します。急にすいません。私、このモザイク画について知りたくて。アドルフ=ルイ氏の工房がここにあると父から聞いたんです」


老人は何かに怯えた表情で一頻り外を見回した後、入りなさいと呟いた。


中に入ると、金属とワックスの臭いが鼻の奥を突いた。


半円の机にランプと宝飾品を造るのに必要なツールが揃えられている。


老人は緑のペンキで雑に塗った椅子を彼らの前に出し、4人を座らせた。


「ん、私はレブレ=ルイ。アドルフ=ルイの孫だ。その金の装飾を見るに、それは祖父が施したものだ」


「その...アドルフ氏は青の存在があると確信していたのですか?」


レブレは彼の質問を後目に薄いコーヒーを4つ出した。少し間が空いてレブレが口を開く。


「青...青か...祖父はずっと私にそのことを話していた。だがそれは誰にもわからない。青がどんな色なのか。もしかしたら、私は既に青を見ているかもしれない。だがそれを知る術はない」


「どういうことですか」


しばしレブレが顎の髭を弄りながら考えた後、こう言った。


「この世にはケルパニールという色が存在しない。それで、君にはケルパニールの何かがわかるかね?」


「いえ、初耳です」


「つまり青を視認したことがない者は、青を説明できないのじゃよ。ちなみにケルパニールという色などない」


ケルパニールと同様、青色が存在しない世界では青色を観測しようがない。

色攫いや政府の役人でもない限り、庶民が一生のうちに青を見ることなどほぼないだろう。


例えレブレの祖父が青色を見たとしても、その色を説明することはできない。色とはそういうものなのだ。


「青については何も知らぬ。じゃが、祖父はよく私にある神話を話してくれた」


そこまで口にすると、レブレはコーヒーを飲んで苦さのあまり舌を出しているイヴに気付き、彼女のコーヒーに角砂糖を入れてあげた。

それを飲んで彼女は表情を緩めた。


「神話ってカエルアレムの色取り神話ですか?」


「ふむ。知っているのならば話は早い」


レブレは奥の机に散乱している本の中から古いメモ帳を取り出し、クレアらの前に置く。


「これは...神話にある色の三原色」


これまで黙っていたブライアンが言うと、レブレが頷いた。


「うむ。祖父が神話を元に作ったものだが、青の部分は白のままだ。この意味がわかるかね」


「重要なのは緑と紫...青がないと緑と紫は存在し得ないということですか?」


レブレは勘の鋭いクレアを褒めるように口の端を吊り上げて笑った。


「ほほっ、頭が良いの。その通り。緑と紫、黒には青が僅かに入っている。つまり、青の原色は見つかっていないだけで必ず存在するのだ」


イヴは何のことを言っているのかチンプンカンプンの様子で、眉を顰めている。


簡単に言うと、中性色には青が含まれるため、紫や緑が存在しているということは青も存在しているということだ。


「イヴ。私がこの前話した青と引き換えに街を興隆させた神話のこと覚えてる?」


「うん」


「カエルアレム神は青をこの世界のどこかに隠したって言ったよね。【消した】んじゃなくて【隠した】んだ。そうだね。財宝を隠したようなものだよ」


一応辻褄は合っている。とすれば、財宝が眠っているかのように、青の世界がどこかに広がっているはずだ。


「お〜。わかりやすい!!」


「それで、君達はこれからどうするつもりだね」


レブレがコーヒーを啜りながら聞いた。


「私達は青を探す旅をしているんです。この世のどこかにある青の世界を見つけるために」


「ふむ。時間があるのなら、何か造っていかないか?ちょうどパトロンからの依頼が終わったところなんだ」


パトロン、そのほとんどが貴族で、金工家に宝飾品の製造を依頼する。

その種類は多岐にわたり、人物、時代によって様々である。


「いいんですか」


「うむ。ワシも君達を応援しよう。御守りを作っていきなさい」


イヴが「やったぁ!!」とぴょんぴょん跳ねた。相変わらず新しいことをするのが大好きな子である。それと対照的に、アリスは終始歯切れの悪い顔をしていた。



その頃、郊外では色攫い達が足を忍ばせていた。


「メイド達の話はまるで役に立たなかったな。まぁ、奴ら逃げるにしても範囲は限られているはずだ。探せ」


金色の長髪頭のリーダーらしき男が他の黒ずくめに指示した。


「ファン様!!この女が少女と男が馬車に乗っている所を見たらしいです」


黒ずくめの男の一人が、女性の髪を引っ張りながらリーダーの前に突き出した。


「うぅっ...でも、少女はツバの広い帽子を深く被ってて目は見えませんでした...」


「もう1人の女は」


ファンと呼ばれる色攫いのリーダーは、倒れた女性の頭を踏みつけた。


「赤毛で、所謂ボブカットのような...う...」


「ふむ。クレア・リトリーに間違いない。しかし、この前斬り刻んだ若いメイドには劣るが、貴様も中々のものだ」


「え...」


女性は恐怖に顔の筋肉を掴まれ、固まってしまった。


「今夜の相手は貴様だ」


そう言うと、黒ずくめの男が女性を引きずって馬車の荷台に押し込めた。

女性は金切声をあげて助けを求めるが、それに応える者は誰もいなかった。


「ファン様、奴らが国境を越えていたらどうします...?」


「あぁ、問題ない。俺はヘイ・ローと繋がりがある。俺達色攫いは政府の下でしか行動できないが、奴はどこにも所属しない。...業務委託ってやつだ」


「ヘイにあの女を捕まえさせるってことですか」


「あぁ...あの眼には価値がある...俺らの生活が一変するほどのな...」


ファンは口の端を吊り上げ、気味の悪い笑顔を浮かべた。

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