高飛車なアリス
「お待たせしました、ジャガイモのスープとジャガイモのステーキとジャガイモサラダでございます」
「ちょっと待って」
豪勢に机に並べられた料理は同じ食材のものだった。野草と芋を和えたもの、芋と鶏肉のスープ、芋をこんがりと焼いたステーキのようなもの。
「ジャガイモランドにお越しいらしたからにはジャガイモ料理をとくと味わってくだされ」
ジャガイモしかないからだとも思うが。主人はぺこりと頭を下げると、再び厨房に戻った。
少し物足りない気もしたが、鉄板の上で茶色く焼けたジャガイモは3人の胃袋を刺激する。
ダブリンに着いてから何も食べていない3人は、ナイフとフォークを手に取ると、あたかも「庶民」のようにジャガイモにがっついた。
「あ!おぃしい!!まるでステーキ!!」
クレアは思わず声のトーンを上げた。ブライアンも、まるでミシュラン審査員のように頷きながらジャガイモを頬張る。フォークが皿にぶつかる音が心地よく響いた。
「私ステーキ食べたことないけどこんな味なんだ...おいしぃ」
本当はこんな味じゃないとは言えないクレアであった。
「いつかステーキ食べような...」
「うんっ...!!」
和気藹々と夕食を楽しむ彼女らの隣で、明らかに不機嫌な少女がこちらを睨んでいた。
「ちょっと、うるさいんだけど...私、ディナーは静かに食べたいの」
「...え、ずっといたの?」
「はぁ!?何でそっちが引いてるのよ!私はあんた達よりずっと前に来てたし!」
ブロンドに透き通った肌、高い鼻と容姿は申し分ないくらいに美しいのだが、性格に難がありそうな少女だ。
ここに泊まりに来たということは、旅人だろうか。
「それより...あんた達、グリーンスモークに行くんでしょ?」
「そうだけど」
「明日は何時に出るつもり?」
「君に関係あるかな」
クレアはやけに彼女に冷たい態度をとっていた。クレアと少女の間でイヴがあたふたしている。宿にぴりぴりと張り詰めた空気が充満した。
「グリーンスモークに行く途中の砂漠には盗賊が出るわ。せっかくだから、私が護衛についてあげる。私もそこに行くつもりだし。」
「いえ結構、買い出しに行かないといけないし、それに金工家にも会わないといけないし」
幼稚な2人に見兼ねたイヴは口に手を添えて、クレアに「ちょっとクレア、酷いよ」と呟く。
少女は大きな目に涙を溢れそうなくらい溜め、悔しさを唇で噛み締めてクレアを睨んだ。想像以上に打たれ弱い彼女に、クレアも戸惑う。
「くっ...!!もういい!!人がせっかく守ってやるって言ってんのに!!もう寝る!!」
「おやすみ」
少女が宿が崩れそうなほど大きな足音を立てて後、イヴは頬を膨らませてクレアを注意した。
「クレア!酷いよ!何で意地悪するの!?」
「ごめんごめん、ちょっと昔の私見てるみたいで...」
クレアは苦笑しながら言った。昔の自分の姿というのは何となく嫌悪感を抱くものだ。
ましてやそれが反抗期なら尚更。
可愛くも憎たらしいと言ったところか。
「14歳くらいかな。私もあんな感じだったの」
「えぇ〜クレアが?」
「うん。素直になれなくて...色々損をした」
「だからって喧嘩しちゃダメ。後で謝ってきてね」
「わかったよ」
イヴに怒られるクレアは、少し子供のように見える。その間にも、ブライアンは芋料理をガツガツと胃袋に入れる作業を続けていた。
...
......
.........
次の日の朝。太陽の光がカーテンの隙間から射し、目が覚めた。
クレアが起きて1階に降りると、長椅子に少女が横たわっていた。
対面には彼女の目覚めを待つ主人。
テーブルには先程淹れたのであろう湯気のたつコーヒーが置いてあった。
「おじいさん...おはようございます」
「あぁ、おはよう。朝の4時からそこで待っていたよ」
主人は顎で彼女の姿をさしながら言った。ココア色の毛布を被って顔だけだし、静かに寝息を立てている。
「人は胎児のような格好をして寝ると落ち着くって言いますよね」
「本当かね?ワシもやろ」
「呑気に笑ってますよ」
「瞼は赤く腫れとるがね。コーヒー飲んでくれないか?彼女が起きたらまた淹れるよ」
「ありがとうございます」
クレアはそう言うと、主人の隣に座って少し薄いコーヒーを啜る。
「寝ていれば可愛いのにな」
揶揄われたのに気付いたのか、少女は長い睫毛を擦って目をパチクリさせた。
「おはよぅママ...」
「残念だが君を産んだつもりはない」
「あっ!!」
彼女は一気に目を覚まし、途端に顔を紅潮させた。この子は色々と裏目に出るタイプだなとクレアは思う。
いつもはママとやらに起こしてもらっているのだろうか?それとも旅でホームシックにかかっているのだろうか?様々な妄想を掻き立てられる。
「顔...洗ってくる。...誰にも言わないでね」
「あぁ、約束だ」
降参したのか素直に言った彼女の願いを快く受け入れた。きっとクレアも同じような過ちを昔したのだろう。
主人が新しく淹れた珈琲をテーブルに置くと「若いねぇ」とぼやいた。
2階から足音が2つ聞こえ、イヴとブライアンが荷物を抱えて降りてくる。
「準備は万端だ。早く食料買って金工家の元へ行こうじゃないか」
クレアが洗面所のほうを見ると、少女は気まずそうに視線を逸らして壁にもたれかかっていた。
「...来ないのか?」
「...え、いいの...?」
「イヴの遊び相手がいるんだ」
「す、すぐに用意してくる!」
彼女はサンタを見た子供のように張り切った笑顔を見せ、2階へ駆けて行った。心無しか足音がステップを刻んでいるようにも聞こえる。
「私を引き合いに出さないでよ...」
寝惚け眼のイヴはブライアンの大きな身体を這って登っていき、頭の上に顔を乗せて再び眠る。
「ほんとよく眠るな...」
2階からドタバタと慌ただしい足音が響き、少女が降りてきた。彼女は今更平静を取り繕うと、クレアの前で深呼吸する。
「...アリスよ。よろしく...」
右に視線をずらしながら照れる彼女を昔の自分と重ねるクレアだった。