クレオメ
"いつもの公園に来てほしい。"
そう電話で告げられたのは、ついさっきのことだった。
時計の針はもうすぐ新しい日になろうとしている。
こんな時間にどうしたのだろう。
…俺はなんだか嫌な胸騒ぎがした。
俺は待ち合わせの公園に着いた。
春と言っても、やっぱり夜はまだ寒い。
俺は、手を擦ったり、息を吹きかけたりして彼女を待っていた。
……少し待つと、彼女が現れた。
「ごめんね、いきなり呼び出したりして。」
「いいや、大丈夫だよ。」
何でもない振りをしてそう答えた。
出会って少しの間、俺たちは、
最近はどう?とか、物事は上手い事進んでる?とか、色々な話をした。
そんな話がひと段落した後、彼女は
「寒いね。なにか買ってこようか?」
と自販機を指差しながら聞く。
「ああ、そうだな。俺が行くよ、何がいい?」
「ありがと。飲み物は任せるよ。」
"任せる"とか言っといて、何かは決まってるんだよなー。
そう思いながら自販機でいつもの飲み物を買い、彼女の元へと戻る。
「お待たせ、折角だし、座るか?」
「うん、そうだね。」
俺たちは近くのベンチに腰掛け、一息ついた。
飲み物を半分ほど飲み終わった後、彼女が急に放った言葉。
それは、"この関係を終わらそう" だった。
…俺の嫌な予感は的中してしまったのだ。
…嘘だろ?
俺の頭の中は真っ白になった。
確かに、俺にはちゃんとした"本当の彼女"がいる。
…相手にも"本当の彼氏"がいる。
そう考えると、この言葉は正しい。
むしろ、そうするべきである。
…だがしかし、俺は首を横に振った。
そして返事の代わりとして、彼女の頬に唇を落とした。
「っ…。」
そう彼女から小さい声が聞こえた。
そんな彼女の表情は、どこか笑っているように見えた。
「でもいいの?この関係がバレたら…」
不安そうな彼女が俺の目を見つめたまま聞く。
「そんなの、とっくの前に覚悟はできてるよ。」
そう微笑みながら返す。
「そっか…。」
「お前は…こんな関係を終わらしたいか?」
…この返事によって、終わらせようか決めよう。
そう考え、思い切って聞いてみた。
すると彼女も首を横に振り、同じように俺の頬に唇を落とした。
「私も、覚悟できてるよ。」
なんだ、思っていることは一緒か。
俺は彼女に向けて微笑んだ。
飲み物も無くなって、俺たちは帰ろうと待ち合わせした場所に戻っていた。
「…ねぇ、抱きしめて。」
彼女からいきなり、そんなことを言われた。
その言葉通りに、彼女を引き寄せるようにして抱きしめた。
––でも確かに、この関係はいつまで続けることが出来るのだろうか。
本当は "イケナイコト" というのはわかっている。
でもやめられない。
…このまま時間が止まればいいのに。
そう思ってしまう自分もいた。
苦しいけど幸せ、という言葉はまさにこの状況のことだろうか。
俺にとっての幸せの時間。
何もかもを忘れることができる時間…。
俺は更に強く、でも壊れ物を扱うように優しく、彼女を抱きしめた。
「…ごめんね。」
ふと彼女が、小さい、弱々しい声でそんな事を言う。
「謝んなよ。お前は何も悪くない…。」
そう、こんなことを求めてるのは俺だ。だから謝るのは俺の方…。
すると突然、彼女が俺に問う。
「…私のこと、『好き』か『大好き』で、どう思ってるか答えて。」
さっきはあんな事を言ってきたのに、『嫌い』と言う選択肢は無いのか。
なんだかおかしくて少し笑みがこぼれた。
…答えなんて決まっている。
「そんなのもちろん–––。」
––これは、俺たち2人だけの秘密。
クレオメの花言葉:「秘密のひととき」
「こういう関係を終わらそう」と彼女は言ったけれど
本当はやめたくなかった。むしろ彼氏の方に惹かれていった。
でも彼氏がもし、"本当の彼女"といい感じになっているなら自分は身を引こうとした。
すると彼氏の返事は「嫌だ」だった。
今度は彼氏が彼女に同じように聞く。
彼女の答えはもちろん同じように「嫌だ」だった。
最後の彼女のセリフ「『好き』か『大好き』で答えて」
これは"本当の彼女"と彼女ではどちらの方が好きか。
そう彼氏に尋ねているのかもしれません。
お読みいただき、ありがとうございました。