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 十重二重にオルクス達が取り囲む広場の中央で、筋骨逞しい男が長柄の戦槌を両手で握り締めて荒い息を吐いている。

 篝火の周囲に舞い降りる雪が瞬く間に融けるように、熱を持った男の、剥き出しになった肩や首に触れた雪は張り付いて融ける。だがそれでも男から熱を奪いさるには及ばなかった。

 男の背は低い。向かい合う相手が特別に大きいことを除いても、低すぎるほどである。しかし膨れ上がった筋肉が見た目の印象を圧倒的なまでに支配しており、弱さなど微塵も感じさせない。

 赤茶けた髪の毛は縮れており、背中までもある。髭もまた豊かに繁っており、それが今は凍りついた吐息で光っていた。

 男の何も身に付けていない上半身は赤い線が幾つも刻まれていて、指の何本かは変な風に曲がっている。下半身はズボンとブーツを履いているが、夜に降る雨のように濡れて真っ黒である。

 融けた雪は肉体の稜線を辿るように流れ、赤い雫となって点々と地面に跡を残すが、大抵はぐちゃぐちゃにかき乱された泥と混じり、いったいどれほどの血が男から奪われたのか窺い知ることはできない。


「――ぐっ」


 男が戦槌を両手で掲げると、そこへ凄い勢いで短柄の武器の根本がぶつかった。食い止めたウォーピックの先端が顔のすぐ傍まで迫り、肝を冷やす。


「どうしたドヴェルグ! 貴様の力はその程度か!」


 嘲りの声をあげるのは猪の頭を持つオルクスである。黒っぽい毛を全身から生やし、四本の牙が口吻から上に向かって伸びている。

 顔を真っ赤にしたドヴェルグの男が武器を振るうも、それは黒いオルクスの持つヒーターシールドに阻まれ、お返しとばかりに右から長柄の戦斧――バルディッシュ――の一撃が見舞われる。

 片手で易々と振るわれたそれを、本来であれば男は容易に受け止め、お返しの一撃を放ったであろう。

 しかし肉体に刻まれている傷が男に迷いをもたらした。いったいどうやれば無傷で攻撃を凌げるか。相手と互角に打ち合えるか、考えてしまったのだ。

 そのせいで受け止めるのが遅れた。

 一手余裕を持ったオルクスが間合いを詰める。

 振り下ろされるウォーピックは肘を立てねば堪えきれるものではなかった。勢いに押されて下がった腕が、男に自分がどれほど疲れているか教えてくれる。

 突き出ている鉤の先端が二つ、戦槌の柄を乗り越えて男の肩に埋まった。

 口は開けても声は漏らさない。なけなしの力を振り絞って両腕を押し上げる。

 肉から金属が離れたところで拮抗し、力比べになった。

 オルクスの黄色く濁った瞳が冷たく男を見下ろし、それが怒りを掻き立てる。


「ぬうううっ!」


 男の食い縛った歯の隙間から唸り声が出れば、オルクスもまたふいごのような息を吐く。

 ――直後、無防備となった男の胴へ、盾による横殴りの一撃がとんできた。

 後ろに退がろうとした男は、それをやると武器を捨てざるをえないことに気づく。武器の柄にピックの先端が引っ掛かるのだ。もし武器に固執すれば肉食昆虫の肢に絡めとられた哀れな獲物に成り果てるだろう。

 覚悟を決めた男の脇に盾の縁が食い込み、骨が折れた。


「――っがは」


 肺から苦鳴混じりの呼気が絞り出される。

 ――まただ。よろよろと後退した男は諦観の念とともに武器を構え直す。指の感覚がなく、肩が熱く、腹が痛かった。


「どォした! かかってこい!」


 吠えたオルクスが三つの武器と一つの盾を打ち鳴らす。

 四指四腕。それがドヴェルグの男が相対するオルクスの姿である。男と同じように防具は身に付けておらず、また、男と同じように扱えるだけの武器を使用している。

 公平――なのだろう。少なくとも男にはそれを指摘する資格がない。器用な指や力強い肉体を持ち、それを利用して生き抜いてきた男には。


「そォら!」


 一撃を受け止める。腕をあげようと思っても、息を吸うだけで痛む脇腹はもう無理だと訴えるが、致命の一撃を防ぐためなら文句は言わない。これが何を意味するか男にはわかっている。

 動かないのではない。動かしたくないのだ。肉体よりも先に心が参るなど認めたくはなかった。


「う――がァあああ!」


 動いたついでの反撃はいなされ、残る二つの武器がまた男に傷をつける。

 初めはチャンスだと思った。戦いに破れ、生きたまま捕らえられてなお機会が与えられたのだ。生きて仲間の元に帰ることは叶わないまでも、死んでいった者達への手向けをと、男は武器を手に取った。

 しかし今、男は後悔し始めている。なまじ可能性がなくはない分、最後の最後まで抗うことを義務付けられたも同然で、殺戮の興奮に酔いながらあっさりと死んでいった仲間達が羨ましくある。


「もう終わりか! 薄汚いもぐらが! 人族に頼った数の利と、巣穴という地の利を使わねば何もできないチビどもめ! 貴様等には奴隷という身分すら生温いぞ! 一匹残らず根絶やしにしてくれる!」


 挑発に顔を真っ赤にした男は力任せに振るわれる攻撃を後退しながら凌ぐ。その身体が囲いの縁に近づいた時、


「戦エ! 逃ゲルナ!」

「臆病者メ!」


 周囲にいるオルクスが槍を突き出し男を止める。

 ――いや、それは止めるなどという優しいものではなかった。突き殺さんと意志を込め、容赦なく穂先が食い込む。

 男は悲痛な表情で前に立ち向かった。二撃は柄と穂先で防ぎ、一撃は腕を割り込ませる。

 如何に鍛えていようとも、鋼と同じ扱いは無理がある。刃には当たらなかったものの、強打されて右腕から力が抜ける。

 間合いを稼ごうと相手の腰を蹴る。オルクスは少しよろめいただけであった。お返しとばかりに蹴られ、こちらは背後に大きくとばされる。

 突き出された槍の間隙を縫って周囲で壁を形成するオルクスの中に飛び込んだ男はしこたま殴られた後、中央に向かって突き飛ばされた。

 男は手から武器が奪われたのを知った。


「余所見をするとは余裕ではないか!」


 背後を睨む男の腹に、鉄のように硬い拳がめり込んだ。身体を折ったところに、右下腕の掬い上げるような一撃。跳ね上がった顔が右上腕で横から殴られる。


「ぅぶぅっ」


 血の混じった唾液が反対方向へ吹き出す。

 残った歯を食いしばり、武器を捨てて拳を握るオルクスを殴り返すが、当たった瞬間骨が折れていたことを思い出して力が抜けた。


「――フッ!」

「ブ――」


 今度は左でこめかみと顎を同時に殴られる。

 顔を守ろうと両腕をあげ、腹筋に力を込めたところを、鳩尾と心臓を同時に叩かれて呼吸が止まる。


「か――ハッ」


 顔の前の腕をこじ開けて、鼻と口を殴られる。

 男の顔が真上を向いた。視界に澄んだ青空が写りこむ。昔、友人達と共に山を出た時にも目にした光景だ。

 実はまだ、自分はあの時にいるのではないか、という儚い望みが脳裏を掠める。無味乾燥とした大地を眼下に、友人達と酒を飲み、肩を叩きあったあの時に――

 もう一度彼等に会いたい。そう、強く思った。先祖の武勇伝に花を咲かせ、陽気な娘達の気に入る装飾品について熱く語り、恋のライバルと殴り合う。つまらない。刺激が足りないと不平を垂れていた日常のなんと素晴らしきことか。

 その思いが男に倒れることを良しとせず踏みとどまらせたが――


「ぉ――らァッ!」


 狙い済ました一撃が奮い立たせた微かな戦意を打ち砕いた。深々と腹部に食い込んだ拳は、男の足が宙に浮くほどの威力が込められている。


「っかあ‥‥‥ア――」


 男は声もなく悶えた。痛さよりも苦しさが際立つ。今吐けば、口から裏返った胃が飛び出すに違いない。

 オルクスには欠片の容赦もなかった。男の、炎と溶けた鉄に炙られ、赤銅色に焼けた皮膚が、まるでインクをこぼしたようにみるみる青黒い痣に覆われていく。


「貴様等は終わりだ、ドヴェルグ!」


 相手のオルクスが殴りながら言う。


「育った子の一匹も! 削った石の一欠片も! 掴んだ栄光の一握りすら! 何一つ残さず痕跡を消し去ってやる! 存在を記す全ての書物を焼き、存在を認める全ての生き物を殺し、存在を許す全ての土地を奪う!」


 オルクスが叫び、殴るたび、周りから歓声があがった。

 周りを囲うオルクス達は、腕を振り上げ、足を踏み鳴らし、唾を撒き散らしている。いっそ清々しいほどの狂乱ぶりであり、その様子に男は、


「ああ――」


 俺は死ぬのか――と、初めて諦めの息を吐いた。

 相手が己よりも強いということや、満身創痍で孤独であるということとは関係ない。単純な話で、男が生きようとする意志よりも、オルクス達が男を殺そうとする意志のほうが強い。そう思ってしまったのだった。

 気がつけば、男は大地に横たわっていた。大きく広げられた両手両足にはまだ熱が残っているが、それもすぐに冷める。同時に、怪我や疲労を無視したツケが一気に廻り、最早立ち上がるのさえ億劫になる。

 男は最後の光景を目に焼き付けと空を眺めていたが、その視界にぬっと黒い影が割って入った。


「諦めたか」


 見下ろすオルクスは先程までとはうってかわって静かな様子で言う。


「これまで敗者を幾人も見てきたが、そういう目をした者で生き残った奴を俺は知らん。当たり前の話だが、しぶとく生き延びるのは生きようと足掻いた者だけだ。貴様はその資格すら失った」

「最初から、助ける気などなかったくせに‥‥‥よく‥‥‥言う」

「俺は嘘はつかん。少なくとも貴様次第で生き延びることが可能な場所に放逐するつもりではあった。――俺に勝てれば、だが」

「‥‥‥‥」

「勝者が物事を決め、敗者はそれに従う。例えそれがどんなに理不尽で、受け入れがたいものであってもな。貴様等が教えたことだぞ」

「‥‥‥俺達を滅ぼしても、何も、変わらん。お前達は、再び追いやられるだけだ」

「俺達の皇帝はそうは考えていないようだ」


 黒いオルクスが呼んだ配下が、男を立たせる。

 一人はひざまずく男の、肘を伸ばした両手を背後で押さえ、背中に足をのせる。もう一人は男の長い髪を持って

引っ張った。結果、男は無防備に首の後ろを天に晒す。

 視界の端に見える蹄の位置と戦斧の先端で、男はこれから何が起こるかを悟った。


「貴様は運がいい、ドヴェルグ。そう時を置かずして全ての親類縁者と再び会えるのだからな」


 二箇所で柄と固定されている幅広の刃が大きな弧を描き、狙い済ましたように固く凍った土にめり込んだ時、男の頭と胴は切り離されていた。

 転がった、何の感情も浮かべていない瞳を見開いている頭部を、四腕のオルクスは拾い上げる。

 そしてそれが高々と掲げられると、憤怒に導かれた歓喜の叫びが辺りを満たしたのだった。







 天幕に向かって歩くオルクスを迎えたのは二人の男であった。

 二人とも平均的なオルクスの体格よりもスマートであり、一人はゆったりとしたローブを、もう一人はそのローブの関節部分を絞るように防具を着用している。前者は軍監で後者は参謀長だ。


「お怪我はございませんか、閣下」


 顔を見るなりそう言ったのは参謀長だった。言葉とは裏腹に、唇は皮肉げに捲れている。

 四腕のオルクスは歩みを止めず、すれ違いながら、


「あるわけがない。あんなものはパフォーマンスだ」

「このようなお戯れはこれ限りにしてもらいたいものです。閣下にもしものことあれば、我等南軍の立場は――」

「そうなったらその程度の男だったと代わりを立てろ」

「そんな簡単にはいきません。閣下の威光で集まった兵どもは離脱しましょうし、誰が後を継ぐかをめぐって殺し合いが始まるは必定。そもそも私は強い弱いを論じているわけではなく、いかな強者といえども偶然の事故で呆気なく死ぬことがあり、そのような避けられる出来事で生命を落とすのは指揮官たる者の在り方としてどうかと――」

「いやはや! 素晴らしい見世物でしたな、ジェネラル・オーテ!」


 大股で歩くオルクスを、追いながら捲し立てていた参謀長の台詞を遮ったのは軍監である。


「私も思わず身体が熱くなりましたぞ。南軍の兵は飛び抜けて勇猛だと聞き及んでおりますが、むべなるかな。あの兵達の様子を見れば納得できるというもの」

「それはどうも」


 世辞を聞き流したオーテは天幕に入ると小姓に桶と水を持ってこさせ、身体を拭いた。それが終わると手伝ってもらいながら鎧下を着、腰当てと尻当て、草摺りを身に付けた後、椅子に座って自身は脛、膝、腿を、小姓には胴、上腕、前腕、脇、籠手に鎧を装着させる。最後に喉当てと後ろ首まである鎖頭巾を被り、角のある兜を小脇に抱えて立ち上がった。


「そろそろ三陣目が終わる頃であろう、デネブ」

「はい。タイミング的には、いい催しではありました」


 先鋒はモルジィク率いる五千。二陣は一万一千。三陣は一個軍団一万六千である。

 一方面軍は五個軍団八万から成り立ち、一個軍団は三つの戦闘団と三人のコマンダー、予備兵を兼ねた護衛兵千と一人のハイ・コマンダーで構成されている。戦闘団は自給自足能力を持った管理自営部隊であり、兵種は均一ではないものの最低限二つの戦闘方法を所持するよう義務付けられていた。

 つまり現段階で二個軍団三万二千が山脈の向こうに渡っており、オーテはちょうど全軍の中間に渡河を行う。連れていくのは五個軍団の内の直轄軍であり、通常の編成に参謀部隊を加えたものである。

 オーテとしては全ての軍団に頭脳集団をつけてやりたいが、現状知能の高いオルクスの数が不足しており、他の四個軍団は伝令か、ハイ・コマンダーの判断で動く。それが唯一、不安と言えば不安であった。


「坑道の拡張はどうなっている?」


 どうしようもない欠点、不足は別として、計画通りに進んでいないのは見出だした侵入経路の大きさだ。オーテが進捗状況について訊ねると、デネブは軍監の方を意識しながら、


「ある程度は。既に南から木材の搬入が始まっておりますし。しかしこれ以上の規模で拡張するとなるとかなりの時間と人員を食いましょう。やはり私めが前に申し上げたようにドヴェルグを捕虜にして働かせることを献策致します」

「それはならん」

「どうせ殺すのなら死ぬまで働かせた方が効率的ですが」

「それでもだ」


 オーテもそうした方が効率がいいのはわかっている。だが掘削は素手ではできない。武器に成り代わるものをまとまった人数に与え、動きの自由を許すのは危険だった。


「滅ぼすと決めたなら一切の妥協をせず行うのだ。そもそも手酷い目にあった奴等が大人しく労働に従事するわけがあるまい」

「ですが掘削は兵の士気を削ぎますぞ。既に我等は三十年堀り続けたのですから」


 坑道に河の水を引き込むための運河の工事にそれだけかかっていたのだった。やっとそれが終わって戦いが始まるというのに、また穴を掘れと命じられれば兵達は間違いなく不満に思うだろう。


「現時点でも檻は運べるのであろう?」

「それはまあ。スムーズにとはいきませんが」

「ならばその件は中央に報告しておこう。今は第一目標である城塞の奪取に尽力するのだ。――それでいいかな、ノーズ殿」

「わかりました」


 訊かれた軍監は頷いて、


「その件は私の方から報告をあげておきます。ジェネラルは心置きなく戦闘に注力していただきたい」

「ならばこの話はこれで終わりだ。――ふん、ちょうど帰ってきたようだぞ」


 オーテは外の音に潰れた耳を傾けるようにして言う。


「俺は過去、我等の種族をこの地に放逐した人族連中と戦うのも楽しみだが、実を言うとあれを送りつけるのを一番楽しみに思っているのだ」

「まあ、そうでしょうな。あれは我々でも嫌ですから」


 デネブは相槌を打つ。頭にあるのは南の状況だ。

 オルクス達は山脈の向こうの様子を全く不明としているわけではない。兵を送る試みは度々行われており、大抵は音信不通になるだが、ごく希に帰還を果たす者がいるのである。そういった者から手に入れた情報によると、人族は千年前の戦争の原因になった考え方を変えていない。


「見に行くぞ」


 オーテが言って天幕を出ると、デネブとノーズも後に続く。

 北に目を向けると、立ち並ぶ天幕の合間を塗って何十、何百もの竜車がやってくるのが見えた。それを、ここら辺りにいる千を越えるオルクス達が牙を鳴らし、肩に力を入れて眺めている。


「ただいま戻りました、ジェネラル」


 ランドウォリアーから降り立ったハイ・コマンダーが兜を脱いで頭を下げた。


「首尾はどうだ?」

「とりあえず二百程。捜索範囲を徐々に広げておりますので、最終的には千から二千は集まりましょう。檻の数を心配したほうがいいレベルです」

「よくやった。だがペースは少し落とせ。檻はともかく搬送方法の問題で支障が生じた。経路が狭く速度があがらん」

「了解しました。僅かですがこちらにも被害が出ておりますので、より慎重に行えることでそれを抑えることができましょう」

「やはり一筋縄ではいかんか」

「は。なにしろ話が通じませぬゆえ。それにこちらは殺すわけにはいきませんから」


 オーテはデネブの制止の声を背中で聞きながら檻に近づく。近づいた瞬間、頑丈な鋼鉄製の格子の間から毛むくじゃらの腕が勢いよく伸びてくる。

 ざらついた光沢を放つ爪が顔のすぐ側でガチンと鳴らされた。

 毛の生えた丸太のような腕を辿ると、潰れたような鼻と口、血走った瞳に狭い額をした皺だらけの顔がある。顔を思いっきり格子に押し付け、雄叫びを発しながら腕を届かせようと努力していた。


「イキがいいな」


 オーテはオーグルを見上げながら笑みを浮かべる。


「お前を向こうに送る一番目にしてやろう。男を殺し、女を犯し、子を食らうがいい」


 言葉は理解出来ない筈なのだが、目の前のオーグルが図ったように鳴くと、それに触発されてか一斉に他の檻からも声があがる。

 しかし約三分の一ほどは静かなままである。そして警戒を解かぬオルクス達の意識の大半はそちらに向けられていた。


「皮肉なものです」


 垂れ下がった鼻と長い腕。こぶのある背中。土気色の肌。口元は乱杭歯で、オーグルとは逆に額が膨れたように大きい。身長はオーグル同様平均的なオルクスの二倍近くあった。

 隠された民(フルドル)だ。退化した巨人族の末裔にドヴェルグの血が混じって産まれた種族である。静かに佇むそれをぞっとした目で見つめながらデネブが、


「我等にとって天敵ともいえるこの二種族が、この地で生き抜くに際し、あらゆる面で恩恵を与えてくれるとは、いったい誰に予測できたでしょう。滅ぼさずに管理することに決めたかつての祖には先見の明がありました」


 何の準備もなしに出会ったら、オルクスでさえまず逃げることを余儀なくされるこの二種は、強き兵を鍛え、弱者を間引き、腹を満たす食糧となった。しかし山脈の向こうではどうであろうか。


「食糧事情で熊を滅ぼし、牛と我等猪を排斥した奴等だ。この千年で勢力圏からは完全に駆逐されているだろう。きっと最高の土産になるに違いあるまい」


 オーテはそう言って軍監に、


「この作戦が上手くいった場合は北と東西に勅使を頼むぞ」

「わかっております。私見ながら素晴らしい考えだと思っておりますし、個人的にも受け入れられるよう努めましょう」

「全土から集めれば五千はくだらないでしょう。その時が楽しみです」


 デネブが機嫌よくそう締め括ると、オーテもまたその光景を頭に思い浮かべ、牙の隙間から風が抜けるような声をあげて笑った。


 

 

 


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