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 ナーは猫人族である。歳は十八であり、背は女としては高い部類に属するだろう。

 その、普段はぴんと伸びている背を今は丸め、屋根がなく開放されている馬車の荷台にて縁に頬杖をつき、何とはなしに周囲を見渡している。

 柔らかな皮で作られた下地に、重要な箇所だけを硬い革で覆われている防具を身に付けており、円環とベルトには幾本ものナイフを挿し、手を伸ばせば届くところには短弓を置いてあった。

 しかしその活躍の機会が今回の旅では訪れないだろうことはナーにはわかっている。北の大地で真冬に盗賊家業に精を出すような根性のある輩は、はなからそのような境遇には身を落とさないのである。金のない輩はどうせやるなら暖かい地方へいってやるし、金のある輩は夏に稼ぐだけ稼いで冬は街でゆっくりと過ごすのだ。なので必然、寒い地方を旅する者の盗賊に対する警戒は低くなる。

 また、人の勢力圏――街道沿いや集落など――までやってくるような魔獣には、ナイフや短弓では致命傷を与えることができない。

 しかしそれでも、蓄えがない傭兵は働かねばならないし、ナーはその点少しはマシだった。

 ナーは血が濃いほうだ。鼻は濡れた栗のようにつやつやしており、数の多い猿人族より遥かに――犬人族ほどではないが――臭いに敏感であるし、黄金色に輝くアーモンド型の瞳は夜でも周囲を把握することができる。また、ショートにした薄紅色の髪からピンと突き出た耳は常にぴくぴくと動いていて、微かな物音でも聞き分けるし、その素晴らしい身体はいつでも出番を今か今かと待っているのだ。つまり斥候や自衛できる囮として、一人はいても構わない存在であった。

 これがもし毛のない猿人族と見分けがつかないほど血が薄かったなら、荒事に手を染める選択肢はなかったろう。

 だが結局のところ、例え実際に襲撃があったとしてもナーの出番はなかった。何故なら今は仕事でいるわけではないからである。

 知り合いのところに泊まりがけで遊びに行った帰りであった。

 ナーの行動半径はさして広くはない。城塞都市を中心に、その衛星都市や周辺の町や村がせいぜいである。世の中にはいろいろな地域を渡り歩き、戦争に参加したり、その場所場所で手に余っている魔獣や犯罪者を殺して金を稼いでいる者もいるが、ナーはそこまでは強くなかった。

 何も知らない街で命をかけた仕事をするというのは、多くの仲間や、肉体的精神的な強さを必要とする。間違いを犯すリスクが段違いで、それをどうにかできる手腕がないと長く生きられない。

 ナーはそのことをわかっていたので自分のテリトリーからは離れなかった。その地域に精通した知り合いがいて、危険な旅人の噂が流れればすぐに教えてくれる。お金になりそうな仕事があれば一緒にやらないかと誘ってくれる。街のどこが危険で、どんな集団が危険なのかもわかっている。領主がたまに行う森の伐採はいい小金稼ぎであり、蓄えはあまりないがなんとかやっていけているのだ。

 しかしさすがにこのままずっと年寄りになるまでやっていけるとは考えていないので、目下のところナーの人生目標は、一発大きいヤマをものにするか、権力を持っているかむちゃくちゃ強くて大金を稼げる男を見つけることである。

 そして今、そんなナーの琴線に触れる男が対面に座っていた。

 その男はつい先程、道を歩いているところをこの馬車の御者に声を掛けられ、拾われた者である。

 この馬車の荷台は空であり、本来であれば帰り道も荷を積んで稼ぎに精を出すべきであるが、余りにも移動距離が短いため、荷を探すよりも帰ることを優先したのだった。大きな集落の門にはよくこういう馬車がいて、それを狙っている旅人と運賃の交渉をしている場面に出くわすが、ナーもその手合いであった。

 城塞都市イルークとナーが出立した街は、徒歩ならば道中の村で一泊せねばならないが、馬ならば一日の距離であり、男はそのイルークまでもう少しという場所で、たったの五カッパーという子供の駄賃のような金額で乗り込んだのだ。

 仮に、今の季節が夏だったならば、御者はその十倍近い金額を提示したに違いない。男を見たナーはそう思った。

 男は梟熊のクロークを纏い、その下に長袖の上衣と革のベルトが見える。ブーツもクロークも黒い染みがついており、床板を軋ませながら男が乗り込むと、鼻のいい種族は一斉に距離を置く。もし夏だったら男の周囲には蝿が飛んでいただろう。

 不潔な男はマイナス評価だ。

 だが、直後にナーは男の腰にぶら下がった剣を発見し、怪しく目を輝かせた。

 あれはいいものだ。だいぶ古いしつらえだが、ナーの目は誤魔化せない。きっと魔法の剣だろう。宝玉が填まっているのがその証拠である。宝石や宝玉は魔素を集めるのだ。いい魔法剣にはいい宝石、宝玉が使われている。


「‥‥‥‥」


 不潔なのはマイナスだが、この場合はそれを指摘するものが近くにいないということである。ナーにとってはプラス評価と言えなくもない。これと高い剣を持っていることと合わせれば間違いなくプラスだ。

 しかし――と、ナーはさらに観察を続ける。

 頭の悪い男はマイナス評価である。

 男は挙動不振であった。小袋の中を覗き込んでは顔を上げ、周囲に視線を送るということを繰り返している。きっと何か助けを求めているのだろうが、近くに座っている者達は決して目を合わせようとはしない。

 そしてナーの観察眼はそんな様子からも良いところを拾い上げた。

 男の姿はまるで、貯めた小遣いを確認する子供のように‥‥‥見えないこともない。あと二十も若かったらナーの母性が発揮されてしまっていた。

 もしあの図体で、捨てられた子犬のような瞳をして縋りつかれたら、堪らず硬貨を投げてしまうに違いない。そうすれば遠くに行ってくれるから。

 そういった考えに集中していたからだろう。男がナーの方を向いたとき、顔を背けるのが遅れてしまった。

 失敗した、と思ったナーには、この後の展開が手に取るように予想できた。

 事実その通り、男は猟師が罠にかかった哀れな獲物を発見した時のような笑みを浮かべる。邪気はないが、笑いかけられたほうには不安しか与えない類いの。

 男は立ち上がると、何故かナーではなく、その真横に座っていた男の目前で仁王立ちになった。

 ナーの隣に座っているのは、商人風の四十がらみの男である。猿人族らしく丸い耳は側頭部で毛も多くない。なんで商人風かというと、傭兵には見えないし農民にも見えない。職人にも見えず、貴族にも見えない。年齢の割りに手が綺麗だからである。

 薄くなった頭頂部を遠慮の欠片もなく視姦された商人風の男は不快げに眉を寄せ、目を瞑った。てこでも動かない態勢であった。

 それを見た梟熊の毛皮を被った男はフードを外し、凍てつく石像のような冷たい印象を与える顔をあらわにすると、膝をついて顔を寄せ、じろじろと目の前の男の顔を眺める。こちらも一歩も引かない構えである。

 大きな男の大きな顔がずずいと近づき、商人風の男の瞼が痙攣したように震える。

 このまま口づけでも交わすんじゃないだろうかとナーが思い始めた頃、とうとう我慢できなくなった商人風の男が背を反らしながら立ち上がった。


「ええくそ! いったいなんだお前は! さっきから鬱陶しい!」

「なんだ。起きていたのか」


 膝をついていた男もまた、立ち上がった。


「用があったのだが、寝ているのに起こすのも悪いと思ってな。自然と目覚めるのを待っていたところだ」

「白々しい嘘をつくな! 明らかに威圧していただろうが!」

「そう大声で喚くな。吠えるのは威嚇と捉えられても不思議ではないぞ。それに俺はただお前を見ていただけだ。威圧に思えたのならそれは生物としての格の違いだろう」

「なんだとぉっ!」

「だからそう大声を出すな。隣の猫のような人間が嫌そうにしている」


 それを聞いたナーは嫌そうな顔をしたが男は気にせず続けた。


「俺がお前が起きるのを待っていた理由は仕事を依頼したかったからだ」

「仕事だと?」


 商人風の男は本当に商人だったのだろうか、仕事の話に食いついた。


「あそこを見てみろ」


 大男は言いながら肩を掴み、相手を手前に引き寄せる。それが強引な動きだったのは一目瞭然だった。


「あそこに誰も座っていない席があるな? お前の仕事は街に着くまであそこで静かにしていることだ」


 大男が指したのはさっきまで己が腰かけていた場所である。そして言うや、硬貨を一枚握らせ、ぽんと背中を押す。そして自分はさっきまで商人風の男が座っていた場所に腰を下ろすのだった。

 呆気に取られた商人風の男だったが、都合のいいようにあしらわれたことに腹を立てる。


「ふざけるなっ! そこは私の席だぞ! 今すぐそこをどけ!」

「しかしお前は今金を受け取ったではないか。仕事を受けないならまずはそれを返してからにしてもらおうか」

「こんなもの!」


 商人風の男は手の中の硬貨を荷台の床に叩きつけた。半カッパーがころころと転がる。


「さあ、今すぐそこをどくんだ!」

「酷いことをする」


 大男は転がってブーツに当たった硬貨を拾い上げ、懐の袋に戻したあと、毅然と言った。


「だが席を譲ることはできない。何故なら俺は空いた席に座っただけだからだ」

「なにぃ!?」

「確かに俺はお前を移動させたが、それはあくまで腰を下ろさず突っ立っていたお前が邪魔だったからだぞ。決してお前に立てと命じたり、力ずくで立たせたわけではない」


 なぁ、そうだろう――と、大男はナーに相槌を求めてきたので、彼女は曖昧に頷いた。


「ほら、彼女もそう言っている」

「言ってないだろうが! お前が威圧して首を振らせたんだ! アンタだってそう思うだろう!?」


 とうとうもう片方までナーに意見を求めてきた。

 ナーは先程頷いてしまった手前、横に座っている男を窺うように見る。

 大男は余裕綽々の表情だった。


「わ、私にはわからないナァ。さっきまでウトウトしてたからナー」

「ええい! 話にならん! ここにいる他の者は見ていた筈だ! この臭い田舎者が私から席を奪う場面を!」

「いい加減見苦しいぞ。そんなに若い女の隣に座りたかったのか?」

「それはお前だろうが!」


 商人風の男は、もしかしたら図星だったのかもしれなかった。それくらい顔が真っ赤だったのだ。大男とは対称的であった。


「少し違うな。俺に用があったのはこの女だ。俺はそれを察して近寄ったに過ぎん」

「ええっ!?」


 この男の中での一連のやり取りはそういうことになっていたのかと、ナーは驚いた。だが男はナーの口を視線だけで封じた。凄い目力だ。尻尾の毛が逆立つ。


「俺がここに座りたかったのは事実だ。それは認めよう」


 大男は周囲にも聞こえるよう喋り始めた。


「ならさっさと――」

「黙って最後まで聞け。――それで俺はここに座っていたお前に頼もうと近づいたわけだが、なんと切り出せばいいものか迷っているうちに、寝てしまったのに気づいたわけだ。お前がな。そこで、起こすのも悪いと思った俺は黙って待つことにした。お前が自然と目を覚ますまで。するとどうだ。いきなり奇声を発して立ち上がるではないか。お前がな。そこで、気分が悪くなって途中下車するのかな、と考えた俺は空いた席に座ろうと思った。勿論邪魔なお前を退けてだ。しかし話をするのに目の前にずっと立たれているのも気が散る。そこで、俺はとりあえず金を払ってでも移動してもらおうとしたわけだ」


 言い切った男は顎を擦りながら、


「自分で言っておいてなんだが、考えれば考えるほど俺は悪くない気がしてくるから不思議だ」


 ナーはすっと自然な動作で立ち上がった。そして商人風の男に言った。


「ここ、いいですナ」


 しかし大男はすっと自然な動作で腕を掴み、ナーを座らせた。


「お前は俺に用があった筈だ。まだそれが済んでいない」

「いえ、別に用は――」

「お前が俺をじろじろと見つめていたのはわかっている。だが、俺がお前の用を一方的に聞くばかりでは不公平だ。ここは俺の用も聞いて貰おうかな」


 ナーは溜め息をついた。とてつもなく強引な男である。強引ではあるが、だからといって男を嫌悪するということはなかった。それはおそらく、男の言う用件が下世話なものではないという予感があったからかもしれない。

 ナーはたまに街で絡まれることがある。大半が男だ。そしてそういう輩は目の前にたった瞬間用件がなんとなくわかるのである。表情や態度、話し方、視線など、そうと察せられる部位は挙げればきりがない。だが横に座っている男にはそれがなかった。

 女として意識されていないという点では腹立たしい面もないわけではないが、この何でも一人でやってしまいそうな男がわざわざ訊ねるのだから、余程困っているのだろうなとは思う。


「‥‥‥わかったナ。ヘンナことじゃなければ、手伝ってやってもいいナ。お金は貰うけど」

「当然だな。俺は善人にはきちんと金を支払える男だ」


 善人じゃなかったら何で支払うのか気になったが、言わぬが花というやつだろう。ナーは気を利かせた。

 一方で全く空気が読めない男がいた。商人風である。


「おいおいおい。お前等何和んでやがる! まだこっちの話が終わってないだろうが!」


 うるさい奴である。凶悪な犯罪者の追跡なども請け負っていたナーは、はっきりいってこんな子供の喧嘩のようなやり取りでどっちが悪いかを突き詰めることに興味がなかったので、二人ともに座れそうな場所を指差して言う。


「おそこに移るナ」

「いいだろう」


 大男は即座に返事をした。二の句が次げなかったのは商人風の男である。


「好きなだけそこに座るがいい」


 大男がすれ違い様に余計な一言を送る。

 ナーは聞こえなかったことにして腰を下ろした。


「私はナー」

「俺はムウ」

「‥‥‥‥」

「‥‥‥‥」

「そ、それで、用件はなんナ」

「うむ。まずは都市への入り方だが――」

「‥‥‥いつもはどうしてるナ?」

「入ったことがない。小さな集落ならあるが、城門はなかった」

「一度も?」

「一度も、だ」

「凄い田舎者だナァ」


 どうも想像以上に変な人間に捕まってしまったらしい。冷たい汗を流すナー。その思いはムウと話すほど深まるばかりである。

 そしてそんな二人を、商人風の男がぎらぎらとした目でずっと睨み付けていた。








 皺だらけの老爺の顔が苦悶の表情を映し、三列に牙が生え揃った口からは金切り声が飛び出す。猛毒を吐き出す蠍の尾は半ばで断ち切られ、皮膜のある翼は無惨に破れてしまっている。

 しかしそれでも、貪欲(ケムダー)の力を持ってして、剣だろうが鎧だろうが、槍だろうが盾だろうが、口に入ったものはバリバリと噛み砕き、なんでも溶かす胃に放り込む。

 吐く息は浴びたものを二目と見られぬ様相に変え、流れ出る血は霧と化し、吸い込んだものの肺を侵した。

 マンティコアである。満身創痍であった。

 首には幾本もの投げ縄がかかっている。獅子の腕を振るっても決して切れぬそれはマーメイドの髪を編み込んだロープで、反対側の端は屈強なオルクスの兵士達が束になって引いていた。二十、三十という数のオルクスにはさしもの魔獣も抗しえず、進むも退くも極まった感だ。

 一本、また一本と投槍が獅子の胴体に増える。マンティコアがとうとう足を折り、引きずられるままになってもオルクス達は手を緩めなかった。四肢を斧で斬り飛ばし、槌で顎を砕き、槍で眼球を抉り、剣で腸を引きずり出す。

 完全に息の根を止めると、バラバラになった死体をある方向へ引き摺っていく。

 一隊が向かった先は木々が伐採され、森の奥だというのに大きな広場が出現していた。オルクス達の何倍もあるような魔獣の屍が山と積まれており、どうやって仕留めたのか、中には城塔並みの大きさを誇るロック鳥の死体もあった。

 傍では別の集団が解体に精を出している。日差しの熱を逃がさぬよう装いは黒一色であり、金属が多用されている。共通するのは鎧下と籠手であり、あとはチェインメイルの上にプレートや板ざねを重ね着したもの、スケイルなど部署によって変わっている。

 突き出た口吻と両横から上に向かって伸びた牙のせいで兜は上部分のみであり、ブーツは履いていない。脛当ての下は鉄のように硬い蹄になっているからだ。

 全身から針葉樹の葉のように短く硬い毛を生やした彼等は、皆身体大きく、筋肉質であり、山脈の北――名も無き大地――で培われた恐るべきタフさを備えていた。

 そんな、天に唾する勢いで森を伐採しているオルクス達のところへ、北から駆けてくる騎影がある。四足歩行の地竜もどき――ランドウォリアー――を品種改良し二足歩行に変えた、ジョグと呼ばれる騎獣である。しなやかな鱗に覆われた身体はオルクス達が被せた鎧でさらに被甲され、鋭い爪は凍った大地を泥であるかのように貫く。

 ジョグは一際大きな肉体を持つオルクスの前で停止した。


「コマンダー・モルジィク、第二陣が渡河を開始しました」


 ジョグから飛び降りたオルクスが膝をついて言う。


「ソウカ」


 モルジィクの言葉は不明瞭だ。言葉の流暢さはまず伝令、その次に指揮官やその副官に求められるものであった。

 最も小さい者でも人族の大きな個体と同じというオルクス達の中にあり、モルジィクはさらに頭抜けている。膂力も相応だが、左目がない。額から眼球があるべき箇所を抜けて顎まで、深い傷が走っていた。

 一目でそうとわかる弱点が、彼を一戦闘団の指揮官を限界とさせている理由であった。


「火ヲ焚ケ」


 モルジィクは短く命令した。

 煙は遠くから視認されるだろう。だがこれからは動く時だ。こそこそと隠れているのは終わった。それに、真冬の水を平然と泳いでくるとはいっても、寒さ冷たさを感じないわけではない。燃料が腐るほどあるのに燃やさない理由はなかった。

 モルジィクは食事を摂らせた後、一部を除き麾下を集結させる。野営地の拡張は後続が引き継ぐ。最終的に一方面軍八万が留まることのできる規模になるだろう。

 モルジィク達は先遣隊だ。次なる任務は人族の集落を襲いつつ、拠点となりそうな城塞を見繕うことである。

 ランドウォリアーに騎乗する突撃隊に、ジョグを使う斥候隊。掠奪を含めた物資管理を行う輜重隊。対空、攻城兵器を作成管理し、架橋を担う工兵隊。好みの武器を補助に、スクトゥムと槍で武装した重装歩兵と投槍具と槍、ウォーピックを持った軽装歩兵。森で少し減ってしまったが、これらを合計した約五千がモルジィクの前に整然と並んだ。

 細鎖を編んだクロークという重たげなものを背後に垂らしたモルジィクの一挙手一投足を、全ての眼が追う。

 モルジィクはじっと待った。

 渡河、といっても実際に河を渡るわけではない。道は山脈の地下にあるからである。大地を掘削して作った運河に凍てつく大河の水を引き込み、ドヴェルグ達の張り巡らせた坑道を水没させたのだ。

 手足の短く重いドヴェルグ達は男を恐れる生娘のように水を避け、坑道を明け渡した。散発的な戦闘は起こっているが、最大の利点を失ったドヴェルグ達は穴から引きずり出されたモグラ同然で、退路を絶たれた獣のように狩られていった。今では上の方の水没させることのできない部分に立て籠っていて、地下部分はオルクス達のものだ。

 こうして、モルジィクとその麾下は、この千年の間で、ほぼ無傷で山脈を越えた最初の軍になったのである。

 やがて日が沈む頃、待ちに待った最初の後続が視界に入る。

 第二陣の先触れが野営地に足を踏み入れたとき、モルジィク含めた五千は闇に溶けるように森に姿を消していた。

 

 

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