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機械仕掛けのカンパネラ  作者: 瑞原唯子


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第21話 うそつき

「おかえり」

 日が沈みかけて薄暗くなってきたころ、武蔵と七海がバイクで帰ってくると、山道への分岐点で遥が待ち構えていた。傍らには黒いセダンが停まっている。その運転席には白い手袋をした男性が座っているようだ。

 武蔵はバイクに跨がったままフルフェイスのシールドを上げ、驚いたように遥を見た。

「来るなら電話くれればよかったのに」

「邪魔するのも悪いと思ってさ」

 遥は軽く肩をすくめる。

 いつから待っていたのかとすこし心配になったが、予定もわからないまま朝から来たりはしないだろう。武蔵はどこに出かけてもたいてい日沈前に帰ってくる。だから、待たずにすむようこの時間を狙って来たのかもしれない。

 しかし、いままで連絡もなしに来たことは一度もなかった。まさか自分を連れて行くために、不意打ちで——七海は表情を硬くする。武蔵には来週からだと聞いていたので、まだ心の準備ができていない。

「で、何の用なんだ?」

「後部座席を見てよ」

 遥は傍らの黒いセダンを示しながら答える。

 武蔵はエンジンを止めると、七海とともにバイクから降りてヘルメットを外し、怪訝な面持ちで後部座席のほうに足を進めた。ガラスが黒っぽくて中がよく見えなかったが、近づくとゆっくりとそのガラスが下がっていく。

「……レオナルド!」

 後部座席には三人の男性がいた。両端の二人はスーツを着た体格のいい男性で、中央は口にテープを貼られて拘束衣を着せられた金髪碧眼の男性だ。武蔵の視線はその中央の男性にそそがれている。

 彼のほうも武蔵を目にして驚いたようだ。何か言いたそうに顔をしかめて体をよじるが、口にテープを貼られているので言葉にならない。隣のスーツを着た男性に腕を掴まれて動きを止めた。

「やっぱり知り合いだったんだ」

「どういうことだ?」

 武蔵が眉をひそめて振り向くと、遥は助手席の扉に軽く寄りかかり、腕を組んだ。

「彼ね、小笠原沖で潜水艇に乗って出てきたところを公安に捕らえられたんだ。そのとき武蔵の写真をいくつか持っててさ。おまけに僕と澪の似顔絵まで持ってたもんだから、うちに話がまわってきたってわけ」

「なるほど、サイファさんのしわざか……」

 武蔵は難しい顔でそうつぶやき、遥に目を向けた。

「こいつは親戚だ。話をさせてくれないか」

「もちろん、そのつもりでここに連れてきたからね。彼の言葉がわかるのは武蔵だけだろうし。ただし二人きりにはできない。公安が同席して、本部とビデオ通話をつなぐことになる」

「それで構わない」

 七海は黙って二人の会話を聞いていた。

 わからない話もたくさんあったが、この拘束衣の男性が武蔵の親戚であることだけは理解した。それほど顔は似ていない気がするが、瞳の色はよく似ている。髪も武蔵が染めるまえと同じ金髪だ。

 そんなことをぼんやり考えているうちに、公安職員と思われるスーツを着た男性のひとりが、後部座席から降りて拘束衣の男性を肩に担いだ。武蔵の山小屋で話をすることに決まったようだ。

「悪い、七海はここで遥と一緒に待っててくれないか。いや、ここじゃなくて喫茶店とかでゆっくりしてきてもいい。ちょっと込み入った話になりそうなんだ」

「うん、わかった……」

 得体の知れない不安が胸に湧き上がるが、あまり困らせたくないので素直に頷いた。あのひとは敵じゃなくて親戚だし、話をしてくるだけだから大丈夫なはず、と自分自身に言い聞かせる。

 武蔵は真剣なまなざしを遥に向けた。

「じゃあ、七海を頼む」

「わかった」

 その返事を聞いて頷くと、バイクを押して歩きつつ公安職員の二人を促した。一人は拘束衣の男性を肩に担ぎ、一人は大きな鞄を持っている。七海は冷たい風に吹かれながら、その一行が細道をたどり山へ消えていくのを見送った。


「七海、どこに行きたい?」

「僕はここで待ってる」

 後ろから七海の両肩に手を置いて尋ねてきた遥に、前を向いたまま即答した。視線は山小屋の方を向いているが、いくら目を凝らしても見えないことは知っている。

「これからもっと寒くなるけどいいの?」

「遥は喫茶店に行ってくればいいじゃん」

「七海を置いていくわけにはいかないよ」

 そう返されてムッとしたが、遥はこう見えて意外と律儀で面倒見が良かったりする。武蔵に頼まれたからには置いていくことはないだろう。たとえ七海自身がひとりになりたいと願ったとしても。

「それなら遥もここにいるしかないよね」

「しょうがないな」

 七海の声には露骨な反発心がにじんでいたが、彼はすこしも不快そうな様子を見せず、軽く笑って肩をすくめた。


「はい」

 冷たいガードパイプに腰掛けていた七海に、遥はあたたかいペットボトルのお茶を手渡してきた。その手がじんじんと温まっていくのを感じながら、七海はさっそく一口飲んでほっと息をつく。

 遥も並んでガードパイプに寄りかかると、同じペットボトルのお茶を両手で持ち、山のほうに目を向けた。ちょうど日が落ちたところだろうか。空は急速に光を失い、山もひっそりと闇に包まれようとしている。

「武蔵から聞いた? 来週からうちで暮らすって」

「うん……どうしてもそうしなきゃダメなの?」

「七海がこの国でまともに生きていくためにはね」

「…………」

 遥はペットボトルのキャップを開けて一口飲むと、白い息を吐いた。まっすぐ山のほうを見つめたままわずかに目を細める。

「楽しいことだけで生きていけるほど、世の中甘くないよ」

 それは、多分そのとおりなのだろう。

 意地悪で言ったわけでないことくらいわかっている。いいかげん覚悟を決めなければと思うものの、どうしても嫌だと感じてしまう。橘の家で暮らすことも、学校に行くことも——。

「メルのことは嫌い?」

「……苦手」

 メルというのは、武蔵の姪のメルローズのことだ。

 これまで遥にも誰にも言ったことはなかったはずだが、見透かされていたようだ。彼女とはあまり話そうとしなかったし、冷たい態度をとったこともあるので、傍目にわかりやすかったのかもしれない。

 彼女は何も悪くない。七海が一方的に苦手意識を持っているだけなのだ。そのことを考えると、自分がとてつもなく嫌な人間になったような気がする。きっと遥にも懇々と説教されるのだろうと覚悟したが。

「じゃあ、学校で気の合う友達を見つけるといいよ」

 さらりとそんな提案をされて、拍子抜けする。

 メルローズのことをずいぶん可愛がっているのに、その彼女と仲良くできない七海に不満はないのだろうか。いつもは厳しいくせに、ときどき変なところで寛大なのがよくわからない。

 でも、学校で気の合う友達を見つけるのも難しい気がする。街で見かける同年代の女子はみんなまるで別の人種のようだ。ひとりならまだしもグループでいたら怖い。ペットボトルを持つ手に力がこもっていく。

「心配しなくても、七海ならすぐにできるんじゃないかな」

「……遥にもできるくらいだしね」

 その嫌味を、遥はくすりと笑って受け流した。

 彼が誰かと仲良くしているところなどあまり想像できないが、実際に友達はいる。小学校からの同級生でいまも同じ大学に通っているらしい。おそろいの指輪をしているくらいだからかなり親しいようだ。

 彼自身、友達がいて良かったと思っているからこそ、友達を作るように勧めているのだろう。しかし、七海にとってそれがどれほど難しいことか、まるきり境遇の異なる彼にわかるはずがない。

 七海は両手の中にあるペットボトルのあたたかさを感じながら、口をとがらせた。


「あ、戻ってきた!」

 日没から一時間ほどが過ぎてあたりがいっそう冷え込んできたころ、山道から出てくる武蔵たちの姿を見つけ、七海は腰掛けていたガードパイプからぴょんと飛び降りた。ほっとしながらも、気持ちがはやり急いで彼のもとへ駆けていく。

「話、終わった?」

「ああ……」

 武蔵はだいぶ疲れているように見えた。その手を掴んで帰ろうとせがむものの、彼はちょっと待ってくれと動かない。後ろの公安職員に何かを告げて先に行かせると、七海の後ろにいた遥に向きなおった。

「事情はだいたいわかった。あいつ……レオナルドは外交特使として来たみたいだな。最近、俺らの国に侵入しようとしたりミサイルを撃ち込んできたり、何かと手出ししてくるやつらがいるから、こっちの政府と話し合いがしたいということらしい」

「公安は何て?」

「話し合いの場を持てるようにすると約束してくれた。日本政府にもすでに話が通っているらしい。本来なら、得体の知れない侵入者の言うことなんか聞き入れられないと思うが、橘財閥があいだに入ってくれたおかげで実現できそうだ。おまえがあらかじめ根回ししておいてくれたんだな、感謝する」

「僕はじいさんによろしく言っただけ。実際に動いたのはじいさんだよ」

「そうか……じゃあ、あのじいさんにも世話になったと伝えておいてくれ」

「わかった」

 じいさんというのは遥の祖父である橘財閥会長のことだ。七海も一度会ったが、テレビで見るよりもさらに威厳があり、笑っていても目が鋭く、何となく油断のならない人だという印象だ。

 遥はゆったりと腕を組んだ。

「それで、武蔵はこれからどうするの?」

「故郷に戻って手伝えと言われた。この国との橋渡しができるのは俺しかいないだろうし、故郷のためにもこの国のためにもそうすべきだと思ってる」

「え……戻る……?」

 七海の口から思わず疑問がこぼれた。

 瞬間、武蔵の表情がはっきりとこわばるのがわかった。しばらく眉間にしわを寄せて逡巡する様子を見せていたが、意を決したように真剣な面持ちで七海に向きなおると、静かに告げる。

「俺は自分の故郷に帰る。この国には仕事で来ることもあるだろうが、決められたところ以外に行くことは許されなくなりそうだ。だから……七海とはもう会えなくなるかもしれない」

 もう会えなくなる——?

 ドクリ、七海の心臓はつぶれそうなほど激しく収縮した。じわりと気持ち悪い汗がにじむ。苦しくてまともに息もできない。彼に縋りついた手にぎゅっと力をこめて、そろりと見上げる。

「なんで……」

 涙を含んだ声が詰まった。じわりと熱く融けるように目が潤んでいく。うつむいて奥歯を食いしばり、彼の服を破れんばかりに強く握りしめる。その震える手に生ぬるい雫がぽたりと落ちた。

「悪い……急にこんなことになって……」

「ふざけんな! ときどき会いに来てくれるんじゃなかったのかよ! 困ったことを聞いてくれるんじゃなかったのかよ! さっきそう言ったばかりなのに、なんで……うそつき!!!」

 小さな肩をいからせて、涙を振りまきながら声のかぎり叫ぶと、その場に崩れ落ちて号泣した。大粒の涙がぼろぼろとこぼれて冷たい土に染み込んでいく。宵闇に七海の泣きわめく声だけがむなしく響き渡る。

 そのときの武蔵がどんな顔をしていたか、七海が知ることはなかった。


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