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紫陽 圭

凛々しい淑女(レディー)は好きですか?

作者: 紫陽 圭

 王宮で行われた社交界デビュー舞踏会に参加した伯爵令嬢の話。

 家の特性と本人の資質で男前なほどに凛々しく育った主人公は、ある時から頭の中に聞こえるようになった言葉にも振り回されることの無い自我を持っている、しっかりした女性。 そんな彼女に周りは・・・。 (糖度低いです。)

 ***** これが始まり? *****


「ごめんなさいっ!」

「これくらい大丈夫だから気にしないで? 気をきかせて(飲み物を)差し出してくださったんですよね、ありがとうございます。」

「・・・っ。」

 相手の後ろで上がった『きゃぁっ』という小さな黄色い声に、しくじったかも、と心の中で舌打ちする。


 <<<『手伝おうという気持ちだけで充分嬉しかったから。ありがとう。』>>>


 王宮での舞踏会、参加者は社交界に明日デビューする子女のみ。

 私に飲み物のグラスを差し出そうとして、ドレスの裾を踏んでつまづいた令嬢。 とっさにグラスと彼女を支えたものの、中身が揺れて私の夜会服にかかって令嬢が青ざめた。 かかったのはごくわずかな量の白ワインで夜会服は黒、すぐ拭けば問題無い。 

 だから言った言葉に、何か、いや、誰かの言葉が重なるようにして聞こえた。 耳にではなく、頭の片隅に聞こえた言葉。 それがなんなのか、夜会服を拭くために一時退室しようとしながら考える。 壁際まで行った時、給仕の1人が差し出してきた濡れタオルで軽くふき取ると軽い礼を述べて返す。


「優しいね。 後で話をしないか?」

「・・・明日でもよろしいですか?」

「君が構わないならね?」

 後ろから聞こえた声。 どこか華やかな声と明るい話し方だが、嫌な予感しかしない。 振り向いて軽い挨拶の礼。 やはり・・・初対面だが情報として知っている相手、侯爵家次男アルド。 これから社交界デビューのはずなのに女の扱いに慣れた感じが不愉快で、会釈して離れた。




 ***** これは思念? *****


 <<<令嬢のドレスに故意に飲み物をかけるならいじめ、令息に倒れ掛かるなら誘惑?>>>


 舞踏室を歩き出したら頭の中に聞こえたもの、今度のは声ではなく思念のようだった。 何だ?



「あの、さっきの(女の)子は親友なんです。 かばってくれてありがとうございます。」

「あれくらいなんでもないよ。 ただ、令嬢が男性に飲み物を差し出すのはマナー違反だし、給仕の仕事を取らないであげて、とそっと伝えて?」

「・・・っ。 わかりました。」

 頬がうっすら赤い? 恥はかかせてないよな? まさか、また、やらかした?


 <<<親友をフォローするのは本音か(異性向けの)優しさアピールか>>>


 また思念が聞こえる。 皮肉を含んだ言葉だが違和感は感じない。 もしや私の深層心理か?



「失礼。1曲お願いできますか?」

 1人の令嬢をダンスに誘う。 しつこく言い寄る男に困ってたのは確かだったから・・・。

 男は少し酔いをうかがわせる顔でにらんでくるが、軽い会釈だけで受け流す。


「あの男性は知り合い? ダンスの誘い?」

「初対面だと思います。 ダンスではなくテラスに誘われて・・・。」

「これが終わったら女性の輪まで送るから・・・。 今後も1人にはならないほうがいいよ。」

「・・・はい。 ありがとうございます。」

 あれ? まさか・・・違うよね?


 <<<マナー知らずのうえに口説く手順も知らないなんて・・・ダメ男>>>


 まただ。 けっこう辛辣。 でも同感。



「だから手を離せと言ったのに・・・。」

「・・・ぐっ。」

 相手の腕を軽くねじりあげて言う。 テラスの片隅、相手はさっきのダメ男。


「お前のせいで恥をかいた」

「彼女は明らかに嫌がってましたからね。」 

 逆恨みでつかみかかってきたんだが、お坊ちゃまなんて怖くない。


「俺は伯爵家の跡取りだぞ。」

「身分にとらわれない交流、が今回の舞踏会の趣旨ですよ?」

「俺を拒否するなんておかしい。」

 今日の舞踏会では、その主旨から名乗ってはいけないことになっているのも忘れているらしい。

 それに、やや高めの身長と細めの体格で顔は普通、これでどうしてここまで自惚れられるのか。

 他からはバレない方法で拘束しながら、さりげなく舞踏室内のとある場所へと誘導。


「では、お手本を見せていただけますよね? 侯爵令嬢カレラ様です。」

 そっと告げると男の背を軽く押して、その令嬢の斜め前に行かせる。 後は離れて時々様子見。 

 相手は彼より上位だが不釣り合いというほどではない。 ドレスは上質で所作は優雅、華やかな顔立ちに明るい雰囲気、周りには取り巻きらしき令息が数人。 だが、実はかなり高慢だという噂も有り、今は化け猫をかぶってるらしい。


 <<<くだらないプライド。こういう奴は無駄に高い鼻を1度へし折る必要が有るからね>>>


 ・・・もう慣れたかも。 私自身も同意見なんだから我ながらイイ性格。 



「くくくっ。 上手い手(方法)だな。」

「それにしても、やけにアレ(バレない拘束)に慣れてないか?」

「さっき、彼と話す約束してたな、私も同席する。 アイツには話しておく。」

「俺も混ざるから。」

「・・・わかりました。」

 またしても声を掛けられる。 今度は2人。 2人とも関わりたくない相手。

 宰相子息ケイン。 頭脳明晰で実力だけで次期宰相候補。 『彼』ことアルドとは幼馴染み。

 第3王子ヒューイット殿下。 国の軍務担当。 軍務バカとか脳筋との隠れた評価有り。

 拒否できない相手ばかり・・・私、明日、逃げ切れるのか?




 ***** 2つの舞踏会 *****


 昨日のが王宮での初日の舞踏会。 年1回、国王陛下主催で、小舞踏室で夕食後から開かれる。 


 出席者は明日社交界デビューする男女のみ。 

 ただし、全員が仮装・マント・帽子・仮面で顔どころか目も声さえも区別が難しい。 会場の照明も、楽しく対話やダンスが出来る絶妙な加減で絞ってある。 王家から迎えに来る馬車で、王家から貸し出されるフード付きロングマントを着用し、昼前までに王宮に用意された部屋に入る。 昼食も夕食も入浴も着替えもすべて部屋で済ませる(出来る)。

 その後、舞踏室の隣の小謁見室に1人ずつ呼ばれ、陛下や王族の方々に挨拶、用意された仮面を付けて舞踏室に入る。

 仮装は露出が少ないこと、マントと帽子は髪が隠れること、この条件に従って各自が用意することになっていた。 で、今回、宰相様了承のもと、私が選んだのが男装。 理由は簡単。 伴侶を探す気が無い、男に絡まれたくない、ドレスは動きにくい、目立ちたくない、など。


 これは、グランデ王国独特のデビュー前日舞踏会。 

 判別困難な恰好は、『身分にとらわれず交流を』というのが建前として有るから。 だから、名乗らないし、名乗ってはいけない、尋ねてもいけない。 

 本当の理由については噂だけでもいくつか有る。

 1.身分や外見で不当な扱いを受けないように

 2.唯一の大人である給仕が試験官で、『相手がわからない状態で出る本性』『マナーや気遣い』『話術や教養』などを評価している

 3.独身の王子・王女が混じって伴侶探し

 4.陛下達や公爵など一部上級貴族が隠し部屋から見てる

 5.出席者や子供の伴侶を探してる親も隠し部屋から見てる

 ・・・・・などだが、デビューに浮かれたり緊張してる当の子供達は、そんな噂はすぐに忘れる。

 ただ、実は、4.と5.については事実の可能性が高いと私は思ってた。

 まず、4.について。 この国の身分制度は実力主義。 親の身分が基準とはなるが、本人次第で変動する。 それは知識や能力だけでなく人格や思考も判断材料だし、平民からの成り上がりも可能。 この舞踏会は、身分で態度を変える貴族の子女の本質をこっそり人物判断するには都合がいい。

 次に、5.について。 さすがに初めての舞踏会だから親か後見人が付き添って来るんだけど、閉会まで彼らは何処で何をしてるのか、というのが1つ。 大広間の吹き抜けの2階ぐらいの高さの壁面ぐるりが少し変で、照明が取り付けてある部分の上が大人1人が椅子に座れるほどの広さが有りそうなのが1つ。



 そして翌日(今日)の舞踏会。 これも国王陛下主催。 

これがホントの社交界デビューの舞踏会で、昨日のメンバーに他の若手貴族も加わり、昼過ぎから始まる。


 こちらは、全員フォーマルで参加。 

 宰相様から男装の許可が出なかったので、私もドレス。

 黒髪黒目、地味顔、身長は標準、体型も標準(細くは無い)、青銀のドレスも装飾品も化粧も上質でTPOには合ってるが控え目。 目立たないために出来ることはすべてやった。

 髪や目の色にはクロやワインレッドなどの強い色が合う。 しかし、デビュー舞踏会では、暗黙の了解で、女性が黒はもちろん濃い色や鮮やかな色を着るのはタブーとなっている。 ちなみに白は王族の正装の色なので男女とも着ることが出来ない。 でも目立つのは嫌で落ち着いた青銀色になった。 

 コルセット無しでも(気付かれず)形が整い、ヒールが低くてもバレにくい特別仕様で、自宅ではいつもこういうのしか着ない。 東の国境を守るのが我が伯爵家の仕事だから、色々と実用重視なわけ。


 そして、外見がわからず、身分も名前も名乗らない(名乗ってはいけない)初日とは違い、舞踏会の正式なマナーに沿って行動する。

 だから、下位の者から話しかけてはいけない。 話すときは、まず自分の名前を先に名乗る。 上位者の話を遮らない。ダンスや会話を無理強いしない。 口に飲食物が入ってる相手には話しかけない。 身内や親族以外と2曲以上踊らない。 ・・・など色々なルールが有る。

 ルールではなくても、当然のマナーや暗黙の了解も他に多数有る。


 夕食前に終わり、大広間で夕食会、そして解散。 翌日の朝食後に帰る。




 ***** 2つ目の声? *****


「昨日、大広間ここにいらっしゃいましたよね?」

「今日はドレスなんですね。」

「ドレス姿も素敵です。」

「お姉さまぁ(ホウッと溜め息)。」

 王宮の昨日より広い舞踏室。

 数人の令嬢がご丁寧にも1人ずつ進み出ては自己紹介と挨拶や質問をしてくる。 

 やっぱりか、またなのか、やめてほしい。 それでも、1人1人に対応しないわけにはいかない。 

 しかし・・・気付かれてる? 何故?


「女のくせに生意気。 男を立てることを考えろ。」

 数人の令嬢と談笑していたら、後ろを通りざまに言われたセリフ。

 私の周りの令嬢は可愛い系だし、楽しそうに談笑しているから誘いにくく、妬ましかったらしい。


 <<<『女のくせに。生意気。オレの立場無い。』>>>


 今度は今までと違う声? 何なのか、よく考える必要が有るかも・・・。


「あぁ、失礼。 ダンスのお誘いの邪魔でしたか。 どうぞ?」

 こっそりと相手の礼服の裾をつかんで、ニッコリ笑って少し脇にずれる。

 男が少し顔を引きつらせるが気付かないふり、もう裾は離してある。 

 しかし、令嬢に害を成す場合は止められるだけの距離で様子を見る。

 ダンスを女性から誘うのはマナー違反だが、ずっと誘いが無いのは評判を落とすので、誘われたユリア嬢は『誘いの有った証拠』として1曲だけ受けたらしい。 ちらりと彼女の口元に苦笑、令嬢は強い。



「お嬢さん方、失礼。 イーストワルト伯爵令嬢? アルド・ライトロードです。 ぜひ1曲。」

 談笑しながらユリア嬢を見守っていたら、嫌な声が聞こえた。 なんとか微笑みを維持する。

 その時、ちょうど曲が終わった。

「すみませんが、彼女を助けてあげてくださいな?」

 曲が終わってもユリア嬢に絡みそうな男を扇で指し、お願いしてみる。

「あれは・・・。 わかりました。 失礼します。」

 やはり困っている令嬢は無視できないらしい。 ダンスの申し込みで救出していた、さすが。


 <<<『気を付けよう、甘い言葉と暗い道』>>>


 フッと浮かんだのは、前世で聞いた標語。 この時にコレを思い出す私って・・・。


 それからも談笑していたが、女性が集まってる場合、人数が少ない方がダンスに誘いやすいので、私はそっと離れて壁に沿ってゆっくり歩く。 

 壁の花ではロクでもない男ばかり寄ってくるし、噂を集め、参加者の実物という生きた情報を得るためにも移動し続ける。

 途中、自分へのさりげないアプローチらしきものは全て気付かないふりで受け流した。 ハッキリした誘いも周りの令嬢に(そうとバレないよう)譲って回避した。 

 時々、近くの令嬢達が寄って来て談笑することになるんだけど、みんなとても人懐っこい。 可愛くて癒されるんだけど、たまに令息達がにらんでくるんだよね。




 ***** 思いがけない状況 *****


「何処に行く?」

「みんな談話室で待ってますよ? スピネル・イーストワルト伯爵令嬢。」

「約束したよね? さぁ、行こう。」

 舞踏会の終盤、そっと退室しようとしたら、ドアの外で呼び止められた。

 ヒューイット殿下がさりげなく私の動きを押さえる。 これは、やはり気付かれてるっぽい。

 ケインとアルドも笑顔だが、『逃がさない』と目が語っている。


「みんな?」

「行けばわかります。」

「女性も居るから大丈夫だよ?」

 昨日約束させられた3人はここに居る。 

 他の心当たりが無く、嫌な予感を抑えて聞くと、ケインとアルドがまたもやニッコリ。

 ヒューイット殿下は笑いをこらえてるんじゃないか? 

 やむなく、3人と談話室に向かう。 

 横にはヒューイット殿下、斜め後ろ両脇にケインとアルド。 逃走を思いっきり警戒されている。



 着いた談話室は大きめのもので、ドアの前に侍従がノックしてドアを開ける。 嫌な予感。


「いらっしゃい。 待ってたわ。」

 中で微笑むのは、末っ子で王女のルキア様。 まだ社交界デビュー前なのでここで待っていたらしい。 しかし、何故、王女殿下まで? このメンバーはコワすぎる。


「スピネル・イーストワルト伯爵令嬢よね?」

「はい。」

「イーストワルトって東方守護の辺境伯だよな?」

「はい。」

「・・・で、伯爵令嬢なんだよね?」

「イーストワルト伯爵家の長女です。」

「昨日の舞踏会では男装してましたよね?」

「!! ・・・宰相閣下の承諾をいただいております。」

「本人なのよね?!」

「?! ・・・はい。」

 やはり気付かれてた。 宰相様に許可を申請した時点で陛下には報告がいくだろうとは思っていた。 しかもルキア様までご存じで、しかも何故、表情が輝いていらっしゃる?


「許可が出たら、また男装するの? 頼んだら後で男装して見せてくれる? 男性パートを踊れるのよね? ダンスの練習の相手もお願いできる?」

「男装はあの舞踏会だからこそ出来たのです。 通常では宰相閣下も許可は出さないでしょう。 私の男装を見てどうなさるんです? 確かに男性パートも踊れますが、練習相手なら私より上手な方がここだけで3人もいらっしゃいますよ。」

「公式で無理なら、この後のプライベートなら許可要らないわよね? 噂の実物を見たいの。 練習だって、たまにはお兄様たち以外と踊りたいし、女性相手ならスキャンダルの心配も無いでしょう?」 

「許可は・・・大丈夫みたいですね。 噂は無責任で、とんでもないものも信じられてしまうものですよ?」

「貴女のは素敵な噂よ? スキャンダルも、女性達からのは心配無いわよ? むしろ、私だけズルいって言われるわね。」

「男どもは俺たちで抑えられる。」

 ケインがうなずくってことは許可の件は問題無いと判断して話すが、噂って私が? どんな? 『ズルい』って・・・。 『抑える』って・・・。 嫌な予感しかしない。


「素敵な人に助けてもらった、物語の王子様か騎士様みたいだった、って令嬢達が騒いでたらしいわよ? その場面をたまたま見ていた侍女も『ホントに素敵だった』って言ったから、侍女たちまで大騒ぎ。」

「あの見た目に、その所作だからね。」

「男装があまりにも似合ってたし、そこらの男性より格好良かったですしね。」

「無駄が無く流麗な動きだったからな。」

 私についての噂のが説明される。 ほぼ全身が隠れていて、しかも同じような夜会服ばかりの中、何故、見た目? 『格好良い』って令嬢をかばった時のこと? 所作とか動きって・・・。


「そして、今日、同じ声と動きの人を探したら女性で、昨日とは別の意味で令嬢達が盛り上がっちゃって・・・。 それを聞いた侍女たちも大興奮で大変なのよ?!」

「やけに令嬢方に話しかけられると思ったら・・・。 男性達も知っている?」

「女性の情報網はすごいからね。」

「まともな男なら知ってる。 自分で気付いたか噂を聞いたか、どちらかはわからないが。」

「気付かなかった男は何かしらの理由を付けて今日中に帰らせると父(宰相)が言ってましたよ?」

「?!」

「あれだけ騒いでたのに噂さえ入らないなんて論外だからね。」

「本人の能力もだが、人脈も信用も無いという証拠だしな。」

「まともには使えない無能者ってことですよ。」

 さすが宰相様、手厳しい。 そして、ちゃっかり人物選別の判断材料にしてるなんて、スゴイ。

 でも、バレたら逆恨みされるのって私なんだよね。


「そういうことなら、私も速やかに帰りましょう。」

「嫌よ!」「ダメだよ。」「帰さない。」「まだですよ。」

「私も噂を知らなかったので・・・」

「男装は? ダンスは? まだ話もしたいのに・・・。」

「本人を除けて広がるのが噂だよ?」

「確かめたいこともある。」

「本人は別です。 今後のこともありますし・・・。」

 早々に帰る口実を見つけたと思ったのに、全員に即刻拒否されては帰れない。 

『確かめたいこと』ってコワいし、『今後のこと』って何?




 ***** 滞在延期? *****


 談話室での質問は続く。


「ところで、なぜ、軍の視察でイーストワルトで会ってない?」

「たまたま領内の巡察中のことだったと聞いております。」

「巡察? 令嬢が? もしかして馬で?」

「私も担当地区が有りますので・・・。 当然、馬で、です。」

「ふーん。 ・・・・・。」

「・・・・・。」

 嫌な予感が急速に膨らむ。 軍務担当のヒューイット殿下らしい質問ではあるんだけど、みんなから興味津々という気配が・・・。


「で、もしかして今回も馬で来たの?」

「はい。」

「でも、それは男装の理由じゃないよね?」

「・・・理由の1つです。」

「そうなの? ケイン、宰相が許可した時の申請理由って知ってる?」

「道中の安全。 馬での移動でドレスはかさばる。 伴侶を探す気が無い。」

「なるほど。 それらもホントだろうけど、他にも有りそうだね?」

「・・・男装の方が似た服ばかりだから目立ちにくいし記憶に残りにくい。 男性に絡まれたくない。」

「『伴侶を探す気が無い』から男装で支障が無いどころか都合がいい?」

「・・・はい。」

 アルドが面白がってるというのは気のせいだと思いたい。 ヒューイット殿下とケインがこの遣り取りを楽しんでるようなのも・・・気のせいだよね?!


「ところで、巡察行くなら武器は扱えるよな?」

「一応は・・・。」

「武器は?」

「・・・レイピア、短剣、投擲とうてきナイフ、薬剤、投げ縄」

「レイピアの腕は?」

「・・・相手が賊1人なら自分ともう1人守れる程度。」

「薬のタイプは? 傷や病気の手当ては?」

「・・・しびれ薬、睡眠薬、目つぶし。 ・・・傷の応急手当、よくある病気の仮処置。」

 またしても、ヒューイット殿下らしい質問で、それでも慎重に答えていった。 周りからは驚きと呆れの溜め息。 普通の令嬢には有り得ない技能ばかりだから、予想通りの反応。


「今回の件で、父も宰相として聞きたいことが有るそうですよ? 今の話で、聞きたいことは確実に増えたでしょうね。 ルキア様のご希望も有りますし、明日は我々に付き合っていただきましょう。」

「伯爵には俺から手紙を出す。 今日はこのまま下がって構わない。 明日、俺と手合せしろ。 ダンスの練習とかも明日だ。 部屋は用意させるから、王宮に泊まって、明後日帰ればいい。」

「?! お待ちください。 替えの衣類もありませんし、殿下とでは腕が違いすぎます。」

「手合せと帰郷なら男装がいいだろ? 用意させる。 腕を知りたいだけだ。」

「・・・わかりました。」

 もともと4人とも拒否できる相手ではないが、逃げ道も潰された。




 ***** 疑問の答え *****


 小学生。 

 男子に寄ってたかってからかわれ シカトされ、泣かされた。 友達に励まされ、結果、スルースキルを身に付けた。

 中学生。 

 男子のお子ちゃまぶりに呆れ、徹底的にスルー。 ついでに靴箱に入ってた手紙もスルー。

 高校生。 

 委員会では寝ていたからと恥をかかせないようにクラスへの報告を私がやったら『女のくせに生意気。 俺の立場無い』と男子に愚痴ってたので、次回からは議事ノートを渡して報告は任せた。

 大学。 

 姿勢で身長や体型の見た目サイズが変わると知って、実行。

 OL。 

 新人研修で同期の女の子に、男性への対応がキツいと(緩和してるはずなのに)指摘された。

 入社して数年後、申し出てくれた手伝いでミスって落ち込む後輩に『手伝おうって気持ちは嬉しかったよ』と言ったら、本人真っ赤で後ろからは小さな悲鳴。(もしかして気障キザだった?)

 その他。 

 大学受験の従弟に『仕事を選びたかったら少しでもレベルの高い大学へ行け』とカツ


 その夜、珍しく前世の夢を見た。 

 そう、あの声は前世のもの、あの思念は前世の影響を受けたもの。

 少しずつ思い出して影響してきてるってことは、他にも少しずつ出てくるのかもしれない。 死にたくなるようなのが出てこない限り気にしなくても問題は無さそうでよかった。

 しかし、突飛すぎる話なのに、何故かすんなり受け入れている。 違和感も無い。 あくまでも自分だからか? 前世は前世、今世は今世だし?

 それにしても、前世と今世では、面白いほど色々違う。 何よりも、前世では護身術どころか、運動神経がメチャクチャ悪かった私が、馬に乗り武器を操り、ダンスもこなすなんて・・・。




 ***** いろいろ確認? *****


 翌朝。 侍女から渡された服を試着。 手合せ用の軍服風と、男装と旅装。 

 昨夜、採寸の為に服(初日の男装用)を渡したけど、朝までに3揃いって、さすが。 サイズもピッタリだし・・・。 一昨日の男装も昨日のドレスも洗濯済みだし・・・すごい。 

 試着中、控えてた侍女の目がキラキラしてたのは気のせいってことで・・・。



 朝食は、なぜか王族の方々や宰相様達と一緒。

 例の宰相様たちとの話は食事をしながらってことらしい。


 男装で構わないとのことだったのでそうしたのだが、食事室に入った途端に「きゃぁ」というルキア王女の声とそれをたしなめる声。

 領地での服装を聞かれ、屋内では軽装で外出時は男装と答えると、ルキア様が「いいなぁ」と微妙なニュアンスで呟く。 王女は軽装は無理だし伯爵領まで見物には行けないわよ、と王妃様に即座にツッコまれて、ねたように返事をする。 図星だったらしい。 

 昨日のドレスが普段の軽装と同じ仕様だと伝えると、ルキア様だけでなく王妃様まで目を輝かせていた。


 他の話題は領地での生活や家族のことだったから普通に答える。 

 ただ、『伴侶を探す気は無い』ことをツッコまれ、領内で1人で気楽に暮らすと言ったら、ほぼ全員に渋い顔をされた。

 しかも、手合せやダンスの練習は見学するとまで言い出して・・・。



 朝食後は、ルキア様とダンスの練習。 

 洗濯してもらった夜会服を着て、(殿下達ほどの身長さが無いので)初日の舞踏会と同じく上げ底靴使用。

 舞踏室のドアが開いた瞬間に、逃げ出したくなった。 

 陛下や王妃様、王族や宰相様、ホントに見物に来てて驚くより正直呆れた。 忙しいはずだよね?

 そして、何故、殿下やアルドたちも夜会服? 嫌な予感しかしない。


 まずは、ルキア王女と。

「普通の男装もイイけど夜会服も素敵。 ホントに流れるように踊るのね。 噂以上だわ。」

 と微妙な誉め言葉をいただいた。


 ・・・やはり、殿下たちとも踊ることになった。 「昨日はかわされたからな」とイイ笑顔で言われ、しかも陛下達の前とあっては拒否は出来ない。

 彼ら相手では男装のまま女性パートを踊る。 上げ底靴なのに、3人の誰にも高さが及ばない。 ホントに3人とも背が高い。 そして、当然ながらステップは完璧、タイプは違えど上手い。 しかも、相手(私)を評価する余裕まで有るのは流石だけど、微妙にしゃくだったり・・・。


「ホントに無駄な力を使ってないな。 力が全て活きてるから男性パートも踊れるのか。」

「衣装にもパートにも関係無くステップは完璧で流麗な動きは変わらないんだね。」

「もしかして、男性パートの方が踊りやすい? いや、違いますね、男性と踊りたくない?」


 <<<『もしかして、男性嫌い?』>>>


 久しぶりに聞こえた声。ただし、前回と違って女性のもの。 前世の記憶の中の台詞セリフ



 その後、汗を洗い流し男装に戻して、今度は陛下・王妃様・ヒューイット殿下・ルキア様と昼食。

 準備を手伝ってくれた侍女の目がキラキラしてたのは、きっと気のせい。

 他の王子様・王女様たちは、留学中で不在だったり、既婚者は各自の家族と食事をするから、この顔ぶれなんだとか・・・。

 それなら私も部屋で、と言いかけた途端に「話したいからダメ」と王妃様に拒否された。



 午後には、訓練場でヒューイット殿下と手合せ。 

 これにも陛下や王妃様、王族や宰相様、みんな揃って見物に来た。 仕事は調整済みだそうだ。

 今回はアルド達は見物だけらしい。 殿下以外まで相手する体力が自分に有るとは思えないので助かった。


 ヒューイット殿下の武器は長剣。 私の武器はレイピア。 ヒューイット殿下の希望で、なんと両方とも訓練用ではなく、それえぞれの愛用の得物。 なにせ、陛下がアッサリ許可した。

 かわして、流して、跳ね返して、いで、打ち下ろして、斬りあげて・・・。 剣で可能なあらゆる技術を角度や強さや速さを変えて仕掛けてくる。 試されてる、と感じたので、同様に様々な手で返す。

 お互いに一通り確認するころには、さすがに私の息が上がっていた。 結果、レイピアを弾き飛ばされ私の負け。 当然だ。 基本的な体力も、鍛錬の頻度と内容も、経験も違う。


「言葉以上だな。 じゅうぶん使える。 王子オレにも手加減しないのも評価できる」


 <<<『男なんて(私には)要らないってオーラ出てる』>>>


 さっきと同じ声。 殿下の言葉への過剰反応。 心の中で頭を振って打ち消す。


「ホントに強いのね。 素敵。」

「こうしてみると、女性の王族には女性の護衛というのも可能そうね。」

「それは検討する価値が有るな。」

 ルキア様、噂にするのはやめてくださいね、と言いたくても立場的に言えないのがツラい。 侍女も見てたから、また噂になるのは避けられないんだろうけど・・・。

 王妃様の女性近衛案に王様が同意している。 横では宰相もうなづいていて・・・。 男性では立ち入れない場所での護衛は課題の1つだった様子。



 また汗を洗い流し男装に戻して、再び陛下・王妃様・ヒューイット殿下・ルキア様とお茶休憩。

 準備を手伝ってくれた侍女が交代していて、その彼女の目がキラキラしてたのも、たぶん気のせい。

 食事中、王妃様とルキア様は、女性近衛の条件や制服について盛り上がっていた。



 その後、やっと自室(あてがわれた客室)で一人になる。

 飲み物等は自分でやるからと侍女には下がってもらって、ホッと一息。

 しばらくすると、王妃様が呼んでいるとのことで、部屋を出る。

 その時、例のドレスを持参するようにとのことで侍女が運ぶ。 それで用件がわかっただけで少し安心した。


 招き入れられた応接室には、王妃様とルキア様と侍女多数と仕立て屋と針子多数。

 あらためて、コルセット無しでも(気付かれず)形が整い、ヒールが低くてもバレにくい仕様だと説明。

 問題無いと思ったら普段用に採用する予定らしい。

 王妃様たちまで混じってドレスを見て触って・・・にっこり。 え? にっこり?

「やっぱり、着てるところを見たいわ。」

「あの(舞踏会の)時には私もあまり見ることができてないのよね。」

「!?」

「本人のサイズとドレスのサイズを確認しなくては、サイズを変えて作ったり応用できませんし。」

「着用時のシルエットは確認しておきたいですね。」

「・・・・・・。」

 結局、男装を脱いで王宮で2度目の採寸をされ、ドレスを着て礼やダンスのステップを踏まされ、それらをずっと眺めまわされ・・・。 

 その間、みんなの目がキラキラしてたのは気のせいだよね? それっぽくなくても私は女だよ? 同性の着替えの何が楽しい? 疲れた。

 最終的に採用決定。 なんとか夜会などでも使えないかとルキア様は王妃様に交渉、生地やデザインによっては許可すると言われ大喜びしていた。



 ドレス騒ぎが終わったころには晩餐の時間で。 また陛下・王妃様・ヒューイット殿下・ルキア様と食事。 昼食時に「今後も食事はこのメンバーで」と先に言われてしまったので逃げられない。

 例のドレスの件が話題になり、陛下も許可。 殿下は「なるほど」と勝手にいろいろ納得していた。



 後は、自室(あてがわれた客室)で入浴して眠るだけ。 

 入浴後は侍女には下がってもらって、今度こそ1人なる。 あぁ、疲れた。




 ***** 帰郷 *****


 翌日。 朝食後に旅装に着替えて帰郷の挨拶を済ませる。

 そして馬で6時間、無事帰郷。 途中で昼食休憩1回、アクシデントも無かった。

 それは、いいんだけど、何故かヒューイット殿下も同行。 今はイーストワルト伯爵(父)と面談中。


 1時間後、告げられたのは、ヒューイット殿下と私の婚約。 お三方の手紙付き。 

『ヒューイットの伴侶が務まるのは貴女しかいない。(陛下)』

『結婚したら社交も公務も最低限で構わないし舞踏会とか男装でもいいわよ? (王妃様)』

『やっとヒューイット様がその気になったのだ。 拒否は受け付けない。(宰相様)』

 陛下・宰相様、心配と苦労は分かりますが、コレはあんまりです。 

 ヒューイット殿下は細マッチョのイケメン、なのに25歳で唯一の独身王子なのは軍務バカというか脳筋傾向が有るから。 (20歳の第4王子は既婚。)

 王妃様、ひょっとして、私の男装を気に入ってらっしゃる?

 気付くと、もう1枚。

『舞踏会で男装したら、私と友人たちとは必ずダンスしてね、お姉さま。(王女)』

 ルキア様まで・・・。


「伯爵夫妻には婚約の許可はいただいてある。 明後日から王宮で婚約式の準備、3か月後に結婚式。 結婚後に住むのは王都の東のイーストブルク城。 先日作った衣装は王宮の部屋に置いてある。 

 もちろん、最低限の公務と行事には共に参加することになるし、ダンスは俺限定だ。 それと、普段は俺の補佐、視察や日帰りの盗賊退治には同行してもらう。 

 女性近衛が出来たら、当分は統括・指揮も任せることになる。」

 ピラリと見せられたのは、私の署名だけが足りない婚約誓約書。 陛下・王妃様・宰相様(立会人)・私の両親・ヒューイット殿下の署名は揃ってる。 いつの間に・・・。

 王宮に部屋? そこに先日の服? 婚約式に結婚式に新居・・・? 外堀を完全に埋められている? 抜け道は・・・無い。 

 ヒューイット殿下は、軍事担当ではなく軍務(全般)担当なわけで、軍務バカとか脳筋とか言われてても事務より実演向きなだけで有能なのは確かだった。

 そして、私にわかるような抜け道を宰相様が見落とす訳が無い。 しかも、領地での活動内容と確認した能力をフル活用する気満々? さすがとしか言いようがない。


「俺は貴女を気に入っている。 逃がす気は無い。 今は俺と結婚する気が無くても、結婚式までに必ず口説き落としてみせるから覚悟しとけよ?!

 そうそう、国内はもちろん、周辺諸国にも姿絵付きで招待状を出してあるから、逃走は不可能だぞ?」

 姿絵は、例のドレス騒ぎの間に王妃様たちが自分たちのために描かせていたらしい。

 さらには、王都と主要都市には私と殿下の姿絵付きの結婚式の告知まで張り出されているとか・・・。

 これでは、逃走どころか、迂闊うかつに出歩くことさえできない。

「手合せ後すぐに両親たちの許可をもらい準備を始め、同時に出した伯爵への早馬からの返事を確認してから招待状と告知の配布を始めたんだぞ? 無断ではない。 逃がさないために本人が最後になっただけ。 俺は戦略・戦術は専門家だからな。

 明日には迎えの馬車が来るから王宮までの人ごみの心配は要らない。 当然、俺も同行するし、な。」




 ***** そして結局 *****


 3か月後、ホントに結婚式が行われた。


 それまでは怒涛どとうの日々だった。 

 打ち合わせして準備して勉強して、目がまわるような忙しさの中、その間のわずかな時間に殿下が口説いてくる。 

 あの手紙は本気も本気の大真面目だったらしく、王族・宰相様たち上層部揃って、執務はなんとかするから必ず口説き落とせと協力体制が出来あがってた。 

 侍女たち女性陣も殿下を応援していたようで隠れてかわすことも出来なかった。


 殿下は確かに脳筋で、ムードの有るアプローチなんてやっぱり出来なかった。 アルド達に言われて試してみて、本人を含め「平常運転が一番マシ」となったらしい。 しかし、いくら武骨とは言っても、仮にも王子、しかも見た目は美形、中身はサッパリとして男らしく、能力も抜群。 正面から迫られるだけでかなりクる。 

 もともと伯爵令嬢として政略結婚せざるをえなくなる可能性を覚悟してなかった訳でも無い。 ただ、大抵の相手だったら、「私より強くなくちゃイヤ」という逃げが使えただろうし、自分(男)より強い女性なんて矜持が許さないだろうから、結婚しなくて済むかもと思ってたのも事実で・・・。 それが通じないのを自分と大量の証人で突きつけられるような相手との縁談なんて想定外だっただけ。

 殿下ほどではないとはいえ、恋愛的な意味での異性とのかかわりがほとんどなく、むしろ男前と評される私にとって、殿下の傍は居心地が良かった。 自然体で居ることが出来た。 そして、まっすぐなアプローチだからこそ、効いたのだった。


 ちなみに、結婚式の終了と同時に、女性近衛の設置と当面の隊長が私であることの発表と募集開始が告知された。 

 また、平時・軍事・儀式用それぞれの制服を私がモデルとして着用して披露したわけだが、コレは王妃様たち王宮中の女性陣の発案と強力なプッシュによるものだと私が知るのは後日のこと。

 そして、前世との違いに呆れながらも苦笑して現実を受け入れて前世を封印することにしたのは、夫にも隠し通した唯一の秘密。


 ***** 完 *****

 前世は現世の性格形成の一部でしかない、と割り切った主人公だからこそ、自分で封印もできてます。 悩みやネガティブな面も記憶に抱えつつ、あくまでも前向き。 ヒューイット殿下の口説き文句は自由に想像して楽しんでください(笑)。

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