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魔神三剣

 グラウ王国の王族にはいくつかの分家があって、ドラーク公爵家もその内の一つだった。


 ドラーク家の現当主は王祖エクスファリアの弟君にあたり、名誉と武を尊び、当主は代々公爵に任ぜられる“予定”の由緒正しい公爵家である。

 王の威名が近隣諸国に轟く今日、戦争が殆ど起きなくなって等しいが、そのかわりドラーク家が力を入れたのは遺跡探索であった。

 目的は強力な武器や兵器となり得るアーティファクトだ。

 特に現当主が伏せりがちになっている昨今、強力なアーティファクトを求める傾向が非常に強くなっていた。

 公爵は王祖の弟と言う事もあってか非常に高齢である為、後継者問題が浮上していたのである。


 エルフの貴族はその長命と永続する若さ故に、人族のそれよりも継承問題はおこり難いがそれでも継承問題が起こらないわけではない。

 特にドラーク公爵の場合、おおらかな性格な為か子沢山で、公太子も定めていなかった為今頃になって誰が跡継ぎとなるべきか、家中で揉めはじめたのだ。

 そんな騒ぎに肝心の公爵本人はかつての建国戦争を思い出してか、王祖エクスファリアの故事に倣い、最も強力な“アーティファクト”を入手できた者を跡継ぎとする、と宣言したのだから騒ぎはさらに大きくなっていた。

 ちなみに王祖エクスファリアの故事とは、彼が“魔神三剣”と呼ばれるアーティファクトである魔剣の一振りを手に入れ、建国を決意するというものである。


「むぐ、んく――。んで、今回吾輩に回ってきた依頼とは、この“魔神三剣”に関わるものでの」

「……すっげえ危なそうな仕事に思えるけど、大丈夫か? あむ、むぐ」


 貴族街は“剣通り”、南門前広場にて。

 小綺麗にした屋台が建ち並ぶ中、貴志郎とウルスラはその内の一つ、兎肉の串焼き屋の前で遅めの昼食を採っていた。

 貴族街では商館は存在するものの、景観や防犯の観点から原則小売店舗を構える事は禁止されている。

 だが、貴族の屋敷に住み込みで務める使用人達やお忍びで散策する貴族の小腹を満たす為、北を除く門前広場では特例で屋台の出店が許可されてもいたのだった。

 勿論これらは厳正な審査と特別許可証の発行が必要となり、必然、商品の品質は一流かそれに近い物である。

 広場の一画にはパラソル付きのテーブル席が設えてあったがそれは貴族用で、身分の低い者や使用人らはもっぱら、こうして貴志郎らのように屋台の前で立って熱々の商品に齧り付くのが一般的であった。


「ま、他の“魔神三剣”ならともかく吾輩がおるしの。“骨喰い”相手ならば危険は少ないじゃろ、多分。もが、もがが」

「おい、頬張りすぎじゃねえか、それ。てか、“危険は少ない”でしかも“多分”かよ。本当に大丈夫なんだろうな」

「ひゃいひょうふ、ひゃほひゃ!」

「喉に詰まらせても知らないからな。……一応聞いとくけど、その“魔神三剣”ってのはどんなのなんだ? 特に“骨喰い”とやらの事は全部、洗いざらい、漏らさず話しておいてくれると助かる。なんせ俺も一応は一緒に探すんだから」


 貴志郎は不信も露わにそう言って、手にしていた串焼きに再び齧り付いた。

 皮のパリっとした触感とともに、ジュワリとした肉汁が口中に流れ込んでくる。

 非常に熱かったが、それ以上にコッテリした薄塗りのソースと爽やかなハーブの香りが肉汁と混じり合い、美味となって貴志郎に苦痛を受け入れさせた。


「んぐ、ぷぅ。まあ、焦るでない。仕事の説明がてらおいおい話してやるのじゃ。おいちゃん! もう一本、いや三本寄こすのじゃ! 勿論、城門西のモーランド侯爵のツケでの!」

「仕事の内容もそうだけど、本当に、本当に侯爵のツケで大丈夫なのか? それ、もう十二本目だぞ」

「当たり前じゃ! 前払い代わりに許可ももろうとる! 食えるときに喰う! それが冒険者というものじゃ!」

「たかれる時にペンペン草も残らない位にたかるって感じだけどな、ウルスラの場合」

「ぬははははは! そう褒めるでない、キシロー! 欲情するなら日が落ちるまで待つのじゃ!」

「褒めてないし、欲情もしないっての。……それで?」


 話を元に戻し、あむと串焼きに齧り付くキシロー。

 美味。

 俺もおかわりしようかしらん、どうせ侯爵のツケなんだし――などと頭に浮かんだが、先に壊した茶器の損害賠償を請求されたり、じつはこの“ツケ”が受け付けて貰えない場合の事を考えると、早々には実行に移せない貴志郎である。


「まずは仕事内容じゃの。色々端折って簡単に説明すると、逃げ出した“魔神三剣”の一振り、魔剣“骨喰い”を見つけ出してモーランド侯爵の所に持っていくというものじゃ」

「もぐ、んぐ。……その、端折って簡単にする前の状況と、“魔神三剣”――特に魔剣“骨喰い”とやらの説明を要求する。さっきから聞いてると、どうも命の危険を感じてならないんだが」

「ううむ、めんどくさいのう」

「話せ。今すぐ。今確信した。この仕事、俺実は命がけになるんだろ?」


 埒があかないとばかりに貴志郎は、兎の串焼きが焼き上がるのを待っていたウルスラの顔を掴み、強引に自分の方に向けた。

 そのまま、彼女の左右のこめかみにあてた親指と中指に力を入れて、ギリギリと締め上げる。これまでの苛立ちをすべて指先に込めるように。

 アイアンクローの完成だ!

 傍目には幼女虐待であり、その内実は三万二十四才の老人が二千某才の老女に折檻をしているというワケのわからない絵面であるのだが。


「あだ、あだだだ、離すのじゃ、キシロー!」

「きちんと話してくれるか?」

「話す、話すからっ!」


 貴志郎がぺっと手を離すと、ウルスラは蹲り痛みの余韻に浸ったのだった。

 見下ろす貴志郎の胸中には苛立ちをアイアンクローという形で幼女にぶつけてしまった後悔が一、これで少しはまともな話が聞かせて貰えるという期待が三の割合で滲む。

 だがそれも、下を向き狐の尾を揺らしながらブツブツとこんなプレイがいいのか、だとかいやむしろ手の平をペロペロするチャンスなのじゃ、という呟きを聞き届けて苛立ちが十となってしまう貴志郎である。

 結局、貴志郎がその背を蹴飛ばしたい衝動に駆られた所でウルスラは復活し、何故かえへんと胸を張って貴志郎の要求に応えるのだった。


 ――“魔神三剣”とは、かつて魔導文明時代に魔神が打ったとされる三振りの魔剣の事を指す。

 一つは、あらゆる存在を魂まで喰らうとされる呪いの魔剣、“骨喰い”。

 一つは、あらゆる魔法を付与されたとされる精霊の魔剣、“精霊王”。

 一つは、王祖エクスファリアが得たとされる、不可視の刃であらゆる鎧を切り裂く剣士の魔剣、“無明剣”。

 この内、“無明剣”は王家の秘宝として厳重に管理されていたのだが、一方で“骨喰い”と“精霊王”は永らくその存在はハッキリとしてはいなかった。


 特に“精霊王”は魔術を志す者にとって特別視され、“無明剣”が見つかった“天啓の塔”のみならず、各地の遺跡ですら存在を囁かれ様々なデマが飛び交うほど、多くの者が求めてやまない魔剣である。

 一方で“骨喰い”は“魔神三剣”の中では最悪の魔剣とされ、触れた者は喰われ、見た者は呪われ、所在を知る者は不幸な死が訪れ、所有者すら魂まで喰われるとまことしやかに囁かれる程、非常に忌み嫌われている魔剣であった。


 “精霊王”と“骨喰い”。

 この二振りは現在も尚、行方がわからない秘宝である。

 手に入れた者は王祖エクスファリアの如く、至高の力を得るであろう――


「と、いう話だったのじゃが、吾輩がキシローを買い取る際に売り飛ばした愛剣が“骨喰い”であるとバレてのぅ。王都の鑑定課の奴ら、泡吹いて倒れるわ、ションベン漏らして腰を抜かすわ、泣き叫んで逃げ惑うわ、それはもう大騒ぎで傑作だったのじゃ!」


 などと言い、ウルスラは思い出してあひゃひゃと笑った。

 一方、しれっと流されかけた“骨喰い”の情報を得た貴志郎は、肩をワナつかせている。

 どう考えても“骨喰い”は、“魔神三剣”の中でもっとも関わりたくはない類の品であることが判ったからだ。

 成る程、ウルスラが“骨喰い”の詳しい話をしようとしなかったのはこういう素性があったからか。

 というか、大の大人が見ただけで卒倒し、失禁し、泣き叫んで逃げ惑うような代物を愛剣としていたコイツの頭の中はどのような構造になっているのだろうか。

 そのように貴志郎は受け取ったが、しかしウルスラの認識はすこし違ったらしい。


「ま、心配するなキシロー。今の“魔神三剣”の説明はあくまで伝承に尾ヒレ胸ビレ背ビレがくっついた、一般で流れておる噂話じゃ」

「……事実は違うってことか?」

「ま、の。アレは強力な魔剣として確かに難があるし呪われてもおったが、見知っただけで不幸になるわけではないのじゃ」

「やっぱ呪われてたんじゃねーか」


 呆れたような貴志郎のツッコミに、ウルスラはゆっくりと首を振る。

 そこに先程までのおどけた様子は無く、いつしか彼女も真面目に話を進めるつもりになっていたようだ。


「呪いというかの、魔剣は強力なほど扱う者――主人を選ぶものじゃ。大概は力を示せば主と認めるが、認められねば命を失いかねない程の手酷い傷を負うのは当然ぞ」

「魔剣にとってそれが普通だとして、ならなんで“骨喰い”だけそんな禍々しい話になってるんだよ」

「“骨喰い”の場合はそれがちと特殊での。主人と認めさせる事ができた者が魔導文明時代より今日までおらなんだで、呪われているとされたのじゃ」

「今日までって……お前はどうなんだよ? 愛剣だったんだろ?」

「吾輩の場合は同意などまどろっこしいものを得ないで、無理矢理使うておったのじゃ! なにせアレは折れぬ! それで十分だったし、“骨喰い”の奴も反抗すれば魔剣であろうと滅せられかねぬ扱いをされるとわかってより、大人しくなったからの!」

「それ、力を認められて主になった、ってことじゃないのか?」

「いんやあ? もしそうなら魔剣の特殊技能を発現出来るはずであったが、吾輩、そんなもん特に感じなかったのじゃ。ま、主人として認めないまでも、所有者として諦められておったって所じゃろ」

「……お前、“骨喰い”に何をしたんだよ」

「なに、抜く度に吾輩を喰い殺そうとしてきたので、その度に手酷く反撃をして馬糞に突き刺したり、臭いパラワン(スカンクの亜種)の臭いを染みこませた鞘に封印してやったりとか、イロイロじゃ! ぬはははは! 奴め、しまいにはやめてくれと懇願してきよったわ!」


 ――貴志郎は認識を改めた。

 ウルスラは決して、貴志郎の身の安全をないがしろにしていたわけではない。

 “骨喰い”が決して、自分と自分に関わる者に危害を及ぼす事は無いと確信していたのだ。

 それだけの確信を得られる程の所業を、伝説の魔剣に施してきたのだろう。

 可哀想に。

 再びこの悪魔に捕まる前に、俺がなんとか逃がしてやろう。

 ついそんな風に考えてしまうほど、貴志郎は“骨喰い”に心の底から同情した。


「ん? でも待てよ。“骨喰い”は魔剣っていうんだから、剣の形をしてるんだろ?」

「そうじゃ?」

「それでどうやって逃げ出すんだ? しかも管理先は王宮とかなんだろ?」

「いや、売るにあたり王宮に鑑定は頼んだが、売り先はどこぞの公爵家での。大方、そこの使用人の体でも乗っ取って逃げ出したのじゃろう」

「モーランド侯爵?」

「違う違う、侯爵でなくて王族の方の公爵。ドラーク公爵家のアホ息子に売り飛ばしたのじゃ」

「よく呪いの魔剣なんて買ったな、その人」

「跡取り問題で切羽詰まっておったからの。強力な魔剣がどうしても欲しかったのじゃろう」

「へい、おまちどおさま!」


 丁度話が一段落付いた所で、兎肉の串焼きが焼き上がった。

 ウルスラは嬉しそうに屋台の親父から串焼きを三本、受け取り意地汚くも三本同時にモゴム、と頬張る。

 美貌のケモミミ水干幼女の見てくれは最悪であったが、しかし非常に美味そうに食べるその姿に、不覚にも貴志郎は食欲を刺激されてしまう。

 結局貴志郎も誘惑に負け、モーランド侯爵のツケで兎肉の串焼きをもう一本追加注文をし、その足で憐れな魔剣の捜索に向かう運びとなったのだった。


 彼がウルスラへの復讐に燃える魔剣“骨喰い”に襲撃され、拉致されてしまったのはそれから半刻ほど後での出来事である。










TIPS:

魔神三剣とは“骨喰い”、“精霊王”、“無明剣”を指す

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