眠れる写真の王子様。
これだけは、あたしのもの。
あわいひかりを放つディスプレイにくちびるを落とした。
「なに、してんの」
まさかと視線を上げれば、そこには彼の姿。
目の前が真っ白になって、そのあと顔が真っ赤になった、と思う。
「ケータイにちゅーしてた?」
近づいてくる足音が耳に刺さる。
まるでカウントダウンのようだ。
冬の近づいた屋上は風がつめたくて足元から体温をうばわれているのに、この熱はいったいどこからやってくるのだろう。
彼に見られてしまったという衝撃に一瞬動けずにいたけれど、慌ててしゃがみこんだ姿勢のまま後ろに下がった。
しかし、そこには非情な壁。
背中はあっという間にフェンスに当たって、その乾いた音に息をのんだ。
右か左か、どちらかに逃げようとして一瞬迷う。
その決断力のなさが、命取りだった。
「はい」
「な、なに」
「ケータイ没収」
右を見れば右足が。
左を見れば左足が。
真上には笑う彼のキレイな顔。
そして、差し出された手。
気がつけばカンペキな檻の中に捕らわれてしまっていた。
「だめ、です」
決死の抵抗とばかりに、ケータイを後ろ手に隠す。
見られるわけにはいかない。
ただでさえ、あんなに恥ずかしいところを見られたのに。
きっぱりと目を見て答えれば、彼は視線を合わせるようにしてしゃがみこんだ。
顔の位置が近い。
というか、近すぎる。
キレイな顔はあいかわらず健在で、そんな場合じゃないのにうっかり見とれてしまう。
「……そうまでして隠したいんだ」
その声はやわらかくて優しいのに、なんだかとてもこわかった。
彼の膝が、あたしの太ももに当たって、生まれる熱。
ケータイを握りしめている手がじっとりと濡れている気がした。
どうしよう。
怒っている気がする。
予感は見事的中したらしく、差し出されていたてのひらは突然あたしの首を通って後ろのフェンスを握りしめた。
ガシャンと大きな音を立てて。
カンペキな檻がさらに強固なものになる。
もう、顔の位置まで固定されてしまった。
逃げることはおろか、彼から顔をそらす事だってできない。
「見せてよ」
まっすぐな目は、表情を消してあたしをうつした。
触れそうなほど、近づいたくちびる。
吐息がかすめて胸をふるわせる。
「や、」
こわかった。
いつもの彼じゃないみたいだった。
熱は引かないし、顔は近いし、脈打つ心臓はすでに暴走していて止める方法が見当たらない。
ぜったい誤解されているような気がする。
だけど、見せるわけにはいかない。
ケータイを握りしめた手に力を入れた。
これは、これだけはあたしのもの。
「そ。じゃあ、力ずくで見せてもらうよ」
「え、……っんんっつ!」
疑問を問いかける間もなく、くちびるにかみつかれた。
おどろいて、その胸を押し返したのにびくともしない。
くちびるを割って入ってくるものに、足ががくがくとふるえた。
力がはいらない。
角度を変えて、何度も何度も繰り返される。
首筋を伝わる唾液を気にする余裕もない。
呼吸ができない。
あたしを食べ尽くしてしまいそうなキスに、手の力が抜けてケータイが落ちた。
コンクリートにあたって、跳ねる。
それが終わりの合図だった。
「はい、没収ね」
音を立ててはなれていったくちびるから透明な糸が引いて落ちた。
ようやく吸い込んだ空気がつめたすぎて、肺がいたい。
ケータイを持って下がった彼を追いかける力もなくて、そのままフェンスに体をあずけた。
背骨が砕けたみたいに、ずるずると背中が落ちる。
彼の手に握られたケータイ電話。
サイドのボタンで開かれて、あわいひかりがもれた。
「――これ、いつとったの」
ゆっくりと、向けられたもの。
キレイな顔した彼が眠るディスプレイ。
タヌキ寝入りの上手い彼が、絶対に寝ていると確信したときにこっそりとった写真。
会えるのは屋上と帰りの電車だけで、ずっといっしょにいられるわけじゃない。
電話するのもすごい緊張するし、メールだけでも何度も見直して送信する。
それに彼は、すごい人気があるのだ。
あたしとばかりいられない。
ずっといっしょにいて、なんて。
そんなわがままいえるわけがない。
だから、写真で眠る彼はあたしだけのものだった。
「こんな、ひ、どい、こと、するひと、には教えま、せん!」
呼吸がなかなか整わなくて、言葉が切れ切れになる。
体を起こして彼をにらみつけたのに、目の前の人はお腹を抱えて笑った。
「ごめん。ちょっと妬いたから意地悪してみた」
本当にうれしそうに笑うものだから、怒ることも出来なくて、どうしたらいいのかわからない。
からかうように笑いながら、また近づいてきた彼。
思わず体を揺らせば背中でフェンスが鳴った。
「これに何回したの?」
目の前に突き出されたケータイ。
眠る彼のキレイな顔。
「なにを、……っ」
口にした次の瞬間、思い当たって血がかけめぐった。
のぼりつめた熱は吐き出す場所もなく、じんじんと頬を染める。
そんなあたしの様子に、彼はさらに笑ってケータイをポケットに隠してしまった。
キレイな顔が近づいて、くちびるが触れるか触れないかの位置で止まる。
「返してほしかったら、同じ数だけ俺にキスしてよ」
伏せられた目。
長いまつげ。
この距離は、あたしだけのもの。
最後に見えたその顔は、やっぱり写真よりもキレイだった。
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読んで下さってありがとうございました。
は、はずかしい。ホントにすみません。
HPヒット記念のお蔵入り王子様です。
楽しんでいただければ幸いです。
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