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いちゞくの花  作者: イヲ
第二花
8/68

-1-

依代。

禮も言っていた。

どういう意味なのか分からないが、なんだかとても――嫌な予感がする。

押し黙っている永劫(ながえ)を面白がるように、明宜(あきのり)はにやにやと笑った。


「神さんがこの世に降りてくるときに必要なかたち――。それが依代だよ」

「必要なかたち?」

「まあ、俺の場合、俺に依りつくんだから、依巫(よりまし)と呼ぶ方がいいのかな」


よくわからない。

よく、分からないが、それってとても怖いことなのではないだろうか――。

ぞくりと背筋が凍えるように冷たくなった。


「どうして、そんなことをするんだ?」

「どうして? そりゃ、――どうしてだろうねぇ」


自嘲気味に笑った男は、どこか疲れたような顔をしている。

聞くことじゃなかっただろうか。

うつむくと明宜は、ははは、と大げさに笑った。

ぐしゃりと頭を撫でられて、思わずつんのめる。


「きみが気にする必要はなんにもないよ」

「べ、べつに気にしてなんか」

「はは。そうかい。ならいいんだ」


明宜は立ち上がって、空の皿をもって台所に向かった。あわてて自分も皿をもって後を追う。

台所は、二人立てばぎゅうぎゅうになってしまう程の狭さだ。

この家は狭くはないし、台所だけなんでこんなに狭いのだろう。

コンロや流し台はそれ程古くはないが、新しくもなさそうだ。そう思わせるのは、不自然にきれいだからだろうか。

たぶん、使っていないのだろう。


「さて、後片付けが終わったら風呂、入ってくれ。もう湧いているから」

「分かりました」

「それと、明日。明日の朝も風呂に入って――シャワーでいいから。それから本番(・・)だ」

「本番?」

「うん。野良神(のらがみ)さんに帰ってもらうようにお願いするんだ」


そうさらりと言われても野良神はきっと「はいそうですか」と言って帰ることはないだろう。

明宜の険しい目が物語っているのだ。

そう簡単にはいかない、と。



風呂場は思ったよりも広かった。

二人くらいは入れるだろうか。三日ぶりの風呂ということもあって、(自分ではあまり実感がないが)なんだか気分がいい。


「……うーん……」


それにしても、どうして祖父は明宜の事を知っていたのだろうか。

有名、とは一体どういうことなのだろう。

訳が分からないことばかりだ。あの男の事は。

だからと言って、ずけずけと聞くのは憚れる。


風呂場から出ると、寝間着代わりのジャージを着て、明宜がいる部屋へむかった。


「珊瑚さん。お風呂いただきました」


テレビの音が聞こえる部屋で、明宜は畳に突っ伏して眠っていた。

ぼさぼさの髪の毛は顔にかかっていて、表情は見えないが眠っていることはたしかだ。

規則正しい寝息も聞こえる。


「寝てる……」


起こしていいものかどうか。

じっと髪の毛であまり見えない顔を見下ろす。

あまりよく見えないが、目を閉じているぶんには、顔だちは整っているような気がする。


「……おーい。珊瑚さーん。お風呂あきま、」


した、という言葉は出なかった。

伸ばした手首を思い切り掴まれて、そのまま引かれたのだ。

驚愕の声を出すひまもなく、畳のうえに押し倒される。


首にかけていたタオルが、足元に落ちた。


あまりに鮮やかで、あまりに突然のことだったからだろうか。声さえ出なかったのは。

見下ろされるかたちになった永劫は、ただ目を見開くだけしかゆるされない。

片手は肩をつかまれ、もう片方の手は手首をつかんだままだ。


見下ろしている明宜の顔は、――表情は、何もなかった。

ただの無表情で、へらへらしたり、にやにやしたりする、いつも(・・・)の表情はない。

ひゅう、と喉から呼吸音が聞こえる。

それが自分のものなのか、明宜のものなのかさえ分からない。


「あ……? あー……」


先に声を出したのは、明宜だった。

まったく表情が読めない顔で、ぱっと体を離す。


「ごめんごめん。あーっと……寝ぼけてみたいだねぇ。じゃ、俺も風呂に入ってくるよ」

「は、はい」


のそりと体を起こすと、そこにはもう――明宜はいなかった。


「――な」


なんだったんだ、一体。

赤白橡(あかしろのつるばみ)のような色の目。

その目は、なにもなかった。

敵を見る目とか、見方を見る目だとか、そんなものではない。

本当に、何もなかったのだ。

まるで、空をなんとなく見るような目をしていた。


畳のうえに丸まっているタオルを拾い、その目の色を打ち消すように黒い髪をごしごしと乱暴に拭った。

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