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いちゞくの花  作者: イヲ
第一花
7/68

-7-

信号が青に変わっても、車は動かなかった。


「あの、珊瑚さん?」

「この世界に理由がないものなんて、あるのかな?」


おなじ言葉を、おなじ口調で呟く。

まるで責められているようで、永劫は思わず息をのんだ。


「人は、何らかのかたちで理由を欲している。たとえば生きている理由――とかね」


それだけ、まるで独り言のように呟くと、明宜はようやくアクセルを踏む。

ちかちかと、横断歩道の青信号が点滅していた。


そのあとはなんとなく話しかけづらくて、ずっと口をつぐんでいた。


理由。

たしかに、人は何かにつけて理由を知りたがる。

先刻の明宜の言葉は、まるで自分の生きている理由を探している、とでも言うかのような声色だった。



もしかすると珊瑚明宜は、とても重たいものを抱えているのではないだろうか。




「そうだ。今日はもう遅いから、コンビニ弁当でいいかい?」

「よくない。俺が作りますよ。すぐ夕飯食いたいって言うのなら別ですけど」


つっけんどんな言いかたは、先刻の意趣返しのつもりだった。

けど、明宜は感激した様子で「そりゃありがたい」と笑っただけだ。


たぶん、踏み込めないのだと思う。

いや、踏み込ませないのだと思う。この男の内側までは。




冷蔵庫のなかを見ると、なぜかかぼちゃが冷蔵庫に堂々と鎮座していた。

かぼちゃの煮つけでもいいが、時間がかかる。

台所をありったけに明るくしてもらってから、ひとり、台所をうろうろとした。


「そうめん……。そうだ、そうめんにしよう。確かさっき、そうめんの袋が見たような」


ぶつぶつ独り言を言うのは、怖さを紛らわせるためだ。

こんなこと、誰にも言えないが。


野菜は、きゅうりとトマト、それからみょうがもある。

それと、なすもとひき肉もあったから、麻婆茄子にしよう。

これならすぐにつくれる。


料理は、すべて祖父から教えてもらった。

初めて包丁を握ったときは、まだ小学生だった気がする。

祖父はていねいに、料理を教えてくれた。祖母を早くに亡くした祖父は、料理がとても上手だった。

だった、というのは、祖父ももう年だ。

包丁を握って落としたりなんかしたら、怪我をしてしまう。

高校生になったときから、料理は自分が担当だった。

祖父が食べる昼食は、朝、早起きをして、弁当を作るついでに作っておいた。

それが何年も続いている。

――だから、これからもずっと続くはずなのだ。

まだ、死ねない。

野良神に殺されたりしたくない。


――しかし、野良神というのは、もとはといえば神なのになぜ、人を襲って殺してしまうのだろうか。


明宜が言っていたが、人間の思考と、神の思考はまったく逆方向だと聞いた。

生と言えば死になるし、死と言えば生になると言っても過言ではないと。

よく分からないたとえだったが、なんとなく分かった。

とにかく、野良神は危険な存在なんだ、ということが。

もう祀られてはいないとはいえ、もとは神なのだから、人間に太刀打ちできるのだろうか。


悶々と思考しているうちに、麻婆茄子と冷やしそうめんができてしまった。


「永劫くーん。こっちこっち」


お盆に載せて手招きした部屋に入ると、すでに茶が出してあった。


「うわ、すごい。なにこれ、茄子? 茄子なんてあったっけ」

「ありましたよ。知らなかったんですか」


自分の家なのに、なぜ把握していないんだ。すこしだけ呆れるも、もしかすると明宜は食べ物に頓着しない性格なのかもしれない。


「麻婆茄子と冷やしそうめんです」

「すごいなぁ。こんなちゃんとした食事、久しぶりだよ」

「久しぶりって……いつもどんな食事してるんですか」

「いつもはコンビニ弁当かカップ麺だよ。たまに自炊はするけど」

「駄目じゃないですか。あんたみたいな中年なら、なおさらバランスのいい食事をしないと」

「中年って……ひどいなあ。俺はまだ37なんだけどねぇ……」


ぼそりと呟いた言葉は無視をして、座布団の上に座る。

ちゃぶ台自体が年季が入っていて、あめ色に艶めいていた。

この家は、だいぶ古いのだろう。あちこち柱や壁に傷がついているが、それもまた、いい味を出している。


「いただきます」

「い、いただきます」


何故かどもる明宜は、慣れない手つきで手を合わせた。

その様子はまるで、子どものようだ。


箸をつけた明宜は、もくもくと食べている。美味しいとも不味いとも言わずに。

だが、作った側としては感想を聞かせてほしい。


「あの、珊瑚さん。お口にあいますか?」

「う、うん。すごく、美味しいよ。なんだろう。なんか、……すごく、美味しいよ」


何故かまたどもっている。

それに、どこか腑におちないとでもいうかのような、そんな声色だ。

何故かはわからないが、美味しいらしいので安心した。


彼はあっという間に食べ終えて、「ごちそうさまでした」と、またもぎこちない動きで手を合わせる。



「珊瑚さんって……独身なんですか?食事を作ってくれる人とか」

「あー……うん。作っちゃいけないというか、何というか……」

「作っちゃいけない? いや、作ってくれる人がいるかって聞いたんですけど」

「いやいや。俺は結婚しちゃいけないんだよ。もちろん、恋人も作らない」

「……それは、どうして……」


細い目をよけい細めて、明宜は顎を撫でた。

そして、こう言った。


「――依代だからさ」


と。

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