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いちゞくの花  作者: イヲ
第十花
62/68

-1-


「おめでとう」


 そっと、ささやいた。

 机のうえには、高そうな白いチョコレート・ケーキが鎮座している。

 そして、そのとなりには缶チューハイが置かれていた。


「あ、ありがとうございます……」


 夕食は豪勢だった。しかし、手作りの料理はなにひとつなかったが、永劫のためにわざわざ買ってきてくれたことに感謝する。


 今日は大神(おおがみ)永劫(ながえ)の、二十歳の誕生日だった。

 大学から帰ってきたあと、明宜は冷蔵庫のなかからたくさんの料理を机に運んだ。

 オードブルと、サラダ、そして炊いておいた白米。そしてチョコレート・ケーキ。もうひとつ、目が引くものがあった。ワインだった。つくられた年をみると、ちょうど永劫がうまれた年だった。

 おもわず息をつめて明宜を見上げる。

 彼はすこしだけわらって、そのワインを見下ろす。どこか、感慨深げな目をしていた。


「そうそう。きみが生まれた年のワイン。禮に頼んだらくれたんだ」

「禮さんが……」

「うん」

「禮さんって、すごいですね」


 ぼんやりと呟いた永劫を、すこし驚いた表情をした明宜が見下ろす。

 木のローテーブルのむこうがわにいる永劫は、そのワインボトルをじっと見つめていた。


「そうかもね。さ、食べようか」

「――うん」

「……どうかした?」


 なにかが引っかかっているような顔。

 黒い髪が薄いほおを流れた。うつむいて、そっとくちびるをむすぶ。


「永劫くん?」

「いえ……、別に」


 なにかを振り切るようにオードブルに箸をつけた永劫は、やはりどこかおかしい。それをただ見届けることしかできず、自身もオードブルに箸をつけた。

 ワイングラスは新品のものだった。クリスタルのような輝きをもつ、ふたつぞろいのグラス。

 そのグラスは、透明に永劫の顔がうつっている。


「すみません。なんか、その――」

「やっぱり、料理、手作りのほうがよかったかな?」

「あ、いえ。そういうわけじゃないんです」


 彼は箸をおき、黒い瞳を伏せた。

 その指先は、すこしだけ白く染まっている。


「俺――。今日、二十歳になったんですね」

「そうだね」


 明宜はゆっくりとうなずいて、彼のことばの続きをうながした。

 うつむいている永劫の肩は、たよりなくこわばっている。うすい、肩。片手でつかめそうな肩に、明宜はおもわずふれそうになってしまう。


「両親の年にひとつ、近づいた」

「うん」

「もう、……年をとらない母さんたちは、いつか、俺が追い越してしまう」


 耳にかかる黒い、黒曜石のような髪の毛をそっと明宜がふれる。

 びくりと細い肩がふるえ、明宜の顔を見上げた。すこしだけ、黒い瞳がゆれている。


「それは、きっと決められたことだ。きみのご両親が亡くなったときから」

「そう、ですね……。覚悟ができてなかったようです。両親が死ぬって、こういうことなんですよね。今更思い知るなんて、俺――」


 長めの前髪から、きらりと瞳がちいさくグラスに反射して輝く。

 目尻がにじんでいた。


「夢でもみた?」


 永劫のとなりにすわり、赤くなっている目尻を指でぬぐってくちびるを寄せた。

 ぐっと口を結んでいる彼は、目もきつくとじる。


「……すみません、俺――」

「大丈夫だから。謝らなくていいよ」


 暗い緑色のワインボトル。

 明るい照明が、そのボトルに反射してエメラルドのように光った。


「せっかく、用意してもらったのに」

「きみの誕生日なんだから。大丈夫」


 甘やかすように、永劫の髪の毛を梳いてみせる。指のすきまから髪の毛がさらりとこぼれおちた。

 日に焼けただけの髪の毛は、染めておらず、きれいだ。

 明宜の髪とはちがう。

 彼の髪は、日に透けるような色をしている。


「すこし、わがまま言っていいですか」

「ん?」


 あらたまったように、すこしにじんだ目で明宜をみあげた。

 真摯な目。

 その目に吸い寄せられるように、うなずいてみせる。彼は今までわがままなど、言ったことがない。もちろんいいよ、と囁く。


「……俺、あんたが買ってきてくれたワインが飲みたかった」


 黒い目が、すぐに明宜からそれた。

 目尻は赤く染まって、眉がこまったように寄せられている。


「うん、そっか。そうだよね。ごめんね。気が利かなくて」

「い、いいんです。ただのわがままなんですから」

「誕生日過ぎちゃうけど、明日きみのうまれた年のワイン、探してみるよ」

「そんなに飲めませんよ!」

「そっか。きみはやさしいね」


 今日は甘やかそうと明宜は意気込んでいたが、彼が思っている以上に永劫は大人のようだ。

 わがままなどかわいいもの。

 明宜はちいさくほほえんで、そっと永劫にくちづけた。


「……いいんです。あんたが、俺の誕生日を覚えていてくれただけで。本当は十分だったんです。でも、ちょっとだけ、あんたを困らせてみたかった」

「俺を舐めちゃだめだよ、永劫くん。俺を困らせたいなら、北極行きたいとか、それくらいじゃなきゃ」

「な、なんですかそれ……」

「きみには相当、あまいってこと」


 かるく気障にウインクしてみせると、わずかにうさんくさいものでも見るような表情をした。

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