-1-
「おめでとう」
そっと、ささやいた。
机のうえには、高そうな白いチョコレート・ケーキが鎮座している。
そして、そのとなりには缶チューハイが置かれていた。
「あ、ありがとうございます……」
夕食は豪勢だった。しかし、手作りの料理はなにひとつなかったが、永劫のためにわざわざ買ってきてくれたことに感謝する。
今日は大神永劫の、二十歳の誕生日だった。
大学から帰ってきたあと、明宜は冷蔵庫のなかからたくさんの料理を机に運んだ。
オードブルと、サラダ、そして炊いておいた白米。そしてチョコレート・ケーキ。もうひとつ、目が引くものがあった。ワインだった。つくられた年をみると、ちょうど永劫がうまれた年だった。
おもわず息をつめて明宜を見上げる。
彼はすこしだけわらって、そのワインを見下ろす。どこか、感慨深げな目をしていた。
「そうそう。きみが生まれた年のワイン。禮に頼んだらくれたんだ」
「禮さんが……」
「うん」
「禮さんって、すごいですね」
ぼんやりと呟いた永劫を、すこし驚いた表情をした明宜が見下ろす。
木のローテーブルのむこうがわにいる永劫は、そのワインボトルをじっと見つめていた。
「そうかもね。さ、食べようか」
「――うん」
「……どうかした?」
なにかが引っかかっているような顔。
黒い髪が薄いほおを流れた。うつむいて、そっとくちびるをむすぶ。
「永劫くん?」
「いえ……、別に」
なにかを振り切るようにオードブルに箸をつけた永劫は、やはりどこかおかしい。それをただ見届けることしかできず、自身もオードブルに箸をつけた。
ワイングラスは新品のものだった。クリスタルのような輝きをもつ、ふたつぞろいのグラス。
そのグラスは、透明に永劫の顔がうつっている。
「すみません。なんか、その――」
「やっぱり、料理、手作りのほうがよかったかな?」
「あ、いえ。そういうわけじゃないんです」
彼は箸をおき、黒い瞳を伏せた。
その指先は、すこしだけ白く染まっている。
「俺――。今日、二十歳になったんですね」
「そうだね」
明宜はゆっくりとうなずいて、彼のことばの続きをうながした。
うつむいている永劫の肩は、たよりなくこわばっている。うすい、肩。片手でつかめそうな肩に、明宜はおもわずふれそうになってしまう。
「両親の年にひとつ、近づいた」
「うん」
「もう、……年をとらない母さんたちは、いつか、俺が追い越してしまう」
耳にかかる黒い、黒曜石のような髪の毛をそっと明宜がふれる。
びくりと細い肩がふるえ、明宜の顔を見上げた。すこしだけ、黒い瞳がゆれている。
「それは、きっと決められたことだ。きみのご両親が亡くなったときから」
「そう、ですね……。覚悟ができてなかったようです。両親が死ぬって、こういうことなんですよね。今更思い知るなんて、俺――」
長めの前髪から、きらりと瞳がちいさくグラスに反射して輝く。
目尻がにじんでいた。
「夢でもみた?」
永劫のとなりにすわり、赤くなっている目尻を指でぬぐってくちびるを寄せた。
ぐっと口を結んでいる彼は、目もきつくとじる。
「……すみません、俺――」
「大丈夫だから。謝らなくていいよ」
暗い緑色のワインボトル。
明るい照明が、そのボトルに反射してエメラルドのように光った。
「せっかく、用意してもらったのに」
「きみの誕生日なんだから。大丈夫」
甘やかすように、永劫の髪の毛を梳いてみせる。指のすきまから髪の毛がさらりとこぼれおちた。
日に焼けただけの髪の毛は、染めておらず、きれいだ。
明宜の髪とはちがう。
彼の髪は、日に透けるような色をしている。
「すこし、わがまま言っていいですか」
「ん?」
あらたまったように、すこしにじんだ目で明宜をみあげた。
真摯な目。
その目に吸い寄せられるように、うなずいてみせる。彼は今までわがままなど、言ったことがない。もちろんいいよ、と囁く。
「……俺、あんたが買ってきてくれたワインが飲みたかった」
黒い目が、すぐに明宜からそれた。
目尻は赤く染まって、眉がこまったように寄せられている。
「うん、そっか。そうだよね。ごめんね。気が利かなくて」
「い、いいんです。ただのわがままなんですから」
「誕生日過ぎちゃうけど、明日きみのうまれた年のワイン、探してみるよ」
「そんなに飲めませんよ!」
「そっか。きみはやさしいね」
今日は甘やかそうと明宜は意気込んでいたが、彼が思っている以上に永劫は大人のようだ。
わがままなどかわいいもの。
明宜はちいさくほほえんで、そっと永劫にくちづけた。
「……いいんです。あんたが、俺の誕生日を覚えていてくれただけで。本当は十分だったんです。でも、ちょっとだけ、あんたを困らせてみたかった」
「俺を舐めちゃだめだよ、永劫くん。俺を困らせたいなら、北極行きたいとか、それくらいじゃなきゃ」
「な、なんですかそれ……」
「きみには相当、あまいってこと」
かるく気障にウインクしてみせると、わずかにうさんくさいものでも見るような表情をした。




