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いちゞくの花  作者: イヲ
第九花
61/68

-7-

「約束したから」


 さすがにひとつの布団で男ふたりは狭い。

 仕方がないので、来客用の布団を引きずり出してきて、隣にしいた。

 この光景をどこかで見たことがあると思ったら、旅館で敷かれた布団とおなじ感覚だ。


「こんなに間開いてたら、背中痛くなっちゃうよ?」

「どんだけ近くで寝るつもりですか」

「そりゃ、添い寝っていうくらいだから」


 にやにやといやらしい笑みを浮かべて、時計を見上げた。すでに10時、永劫にとってはもうじき寝ようという時間だが、明宜にとってはもう遅い時間らしい。眠そうにしている。


「しかたないですね……」

「うん」


 やはり嬉しそうに頷いて、布団のなかに入りこむ。

 せめて、ちがう方向を見ることにした。真向かいで眠るなんて、無理だ。


「永劫くん」

「なんですか」

「ありがとう。いろいろ」

「あんたに礼を言われるようなことなんて、してないですよ」

「いいんだよ。俺が言いたいだけなんだから」


 そっと腕を伸ばされて、うしろから抱きしめられる。おもわず息をのんで、体を硬直させた。それが分かったのか、くびすじのあたりから明宜の笑声が聞こえてきた。


「わ、笑うな」

「ごめんごめん」

「ごめんなんて思ってないだろ!」

「今日は、なんだろうね。なんだか、いいゆめを見られそうな気がするよ」


 彼は、夢をみないと言った。

 見ないようにしているのだと。何故かはわからない。聞いてはいけないような気がするのだ。

 それでも知りたいとおもうのは、罪なのだろうか。


「珊瑚さん」

「ん?」

「聞いていいですか」

「なに?」

「なんで、夢を見なくなったんですか」


 かすかな呼吸音がきこえてくる。

 言いたくなかったら、いいんですけど、と言おうとしたが、それを遮るように明宜がつぶやいた。


「見たくなかったんだ。夢をみるときはたいてい、いやな夢だからね」

「……そうですか」

「見たくないとほんとうに心からおもうと、ほんとうに見なくなるんだよ。……人間って、すごいよね。見たくないものは、見えなくなるんだから」


 どこか、とおい場所を見つめているような声いろ。

 ひんやりとした明宜の手は、かなしい体温だった。かじかんだような体温は、永劫の目を伏せさせる。目をつむって、ただ明宜の冷えた手の温度をかんじた。


「見たくないものはこの世界にたくさんありますけど。でも、俺は見えてしまいます」

「それは、きみが強くなったからだよ。俺は、よわかった。だから、目隠しをしたんだ」


 見えないカーテンでめかくしをして、そして――世界から自分を切り取ったのだろう。切り取って、そして窓がない部屋で生きてきたのだ。

 永劫は、ただなにも言えずに、くちびるを閉ざした。


「でもね、永劫くん。ひとは、そんなに器用じゃない。見たくないものでも、見えてしまうんだ。だから怖がる。でも、怖がっているひとの隣に誰かがいれば、きっと強くなれるとおもうんだ。……俺はね」


 ゆめとうつつの間をさまよっているような声。

 それからはもう、永劫も明宜もなにも話すことはなかった。

 ただ暗闇の静寂に耳をかたむけて、目をとじる。



 永劫はいつのまにか、眠っていた。

 そして、ゆめは見なかった。だが、永劫が見ないかわりに、明宜がゆめを見られたらいいと思う。

 しあわせなゆめを。

 やすらかな夜をおくれたらいい、と。






 あたたかい手をしていた。

 眠ったあと。

 起きあがって、そっと黒い髪で目をかくした永劫は、肩を上下させて眠っていた。

 めもとは完全にかくれてしまっている。


「……ごめんね。永劫くん」


 きっときみは、「あやまるな」とあきれたように笑うのだろう。でも、謝らなければならない。


 きみを。

 きみを求めて、そのさきになにがあるというのだろう。

 おそらく、悲惨な結末にしかならないだろう。

 知っているし、分かってもいる。それでもきみは、そばにいてくれるのだろうか。


 (きみは、とてもとてもやさしいから。)


 自分のこころを押し殺してまで、明宜のことを優先するのだろう。

 愛されなかった子どもは、愛をもとめる。何をしてでも――何かを殺してでも。



 まぶたをとじる。

 目の奥をなでる、昔日の光景。

 

 虫やゴミでも見るような目をしていた両親。

 力がないものは、珊瑚の家にはいらないのだと言っていた。


 いらなかった。

 明宜も、ほかのものなど。

 なにもいらなかった。そう思おうとしていたが、それさえできなかった。

 だからこそか。

 彼を好きになったのは。ほんのすこしでも、求めていたから彼を好きになれたのだ。

 そしてそれは間違ってはいなかった。否――間違っているのかもしれない。だが、誰にも間違っているなどと言わせはしない。


 おそらく、明宜はこころのどこかがこわれてしまっているのだろう。

 両親と家を殺し、そしてそれでも、愛をもとめる。

 憎んでいても、明宜自身の悲鳴に気づいてほしかったのだ。母に、父に。



「ん、ん……」


 かすかな声。

 そっと息をのんで、布団のなかでちいさく動く永劫をみおろす。目をこすり、黒い瞳がゆっくりと開かれた。


「めずらしいですね」


 ほとんど寝言のような声をしている。なにがだい、と促しても、彼はなにも言わなかった。


「おはよう。永劫くん」

「おはよう、ございます……」


 寝起き特有の、むずがったような「おはよう」に明宜はそっとほほえんだ。

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