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「約束したから」
さすがにひとつの布団で男ふたりは狭い。
仕方がないので、来客用の布団を引きずり出してきて、隣にしいた。
この光景をどこかで見たことがあると思ったら、旅館で敷かれた布団とおなじ感覚だ。
「こんなに間開いてたら、背中痛くなっちゃうよ?」
「どんだけ近くで寝るつもりですか」
「そりゃ、添い寝っていうくらいだから」
にやにやといやらしい笑みを浮かべて、時計を見上げた。すでに10時、永劫にとってはもうじき寝ようという時間だが、明宜にとってはもう遅い時間らしい。眠そうにしている。
「しかたないですね……」
「うん」
やはり嬉しそうに頷いて、布団のなかに入りこむ。
せめて、ちがう方向を見ることにした。真向かいで眠るなんて、無理だ。
「永劫くん」
「なんですか」
「ありがとう。いろいろ」
「あんたに礼を言われるようなことなんて、してないですよ」
「いいんだよ。俺が言いたいだけなんだから」
そっと腕を伸ばされて、うしろから抱きしめられる。おもわず息をのんで、体を硬直させた。それが分かったのか、くびすじのあたりから明宜の笑声が聞こえてきた。
「わ、笑うな」
「ごめんごめん」
「ごめんなんて思ってないだろ!」
「今日は、なんだろうね。なんだか、いいゆめを見られそうな気がするよ」
彼は、夢をみないと言った。
見ないようにしているのだと。何故かはわからない。聞いてはいけないような気がするのだ。
それでも知りたいとおもうのは、罪なのだろうか。
「珊瑚さん」
「ん?」
「聞いていいですか」
「なに?」
「なんで、夢を見なくなったんですか」
かすかな呼吸音がきこえてくる。
言いたくなかったら、いいんですけど、と言おうとしたが、それを遮るように明宜がつぶやいた。
「見たくなかったんだ。夢をみるときはたいてい、いやな夢だからね」
「……そうですか」
「見たくないとほんとうに心からおもうと、ほんとうに見なくなるんだよ。……人間って、すごいよね。見たくないものは、見えなくなるんだから」
どこか、とおい場所を見つめているような声いろ。
ひんやりとした明宜の手は、かなしい体温だった。かじかんだような体温は、永劫の目を伏せさせる。目をつむって、ただ明宜の冷えた手の温度をかんじた。
「見たくないものはこの世界にたくさんありますけど。でも、俺は見えてしまいます」
「それは、きみが強くなったからだよ。俺は、よわかった。だから、目隠しをしたんだ」
見えないカーテンでめかくしをして、そして――世界から自分を切り取ったのだろう。切り取って、そして窓がない部屋で生きてきたのだ。
永劫は、ただなにも言えずに、くちびるを閉ざした。
「でもね、永劫くん。ひとは、そんなに器用じゃない。見たくないものでも、見えてしまうんだ。だから怖がる。でも、怖がっているひとの隣に誰かがいれば、きっと強くなれるとおもうんだ。……俺はね」
ゆめとうつつの間をさまよっているような声。
それからはもう、永劫も明宜もなにも話すことはなかった。
ただ暗闇の静寂に耳をかたむけて、目をとじる。
永劫はいつのまにか、眠っていた。
そして、ゆめは見なかった。だが、永劫が見ないかわりに、明宜がゆめを見られたらいいと思う。
しあわせなゆめを。
やすらかな夜をおくれたらいい、と。
あたたかい手をしていた。
眠ったあと。
起きあがって、そっと黒い髪で目をかくした永劫は、肩を上下させて眠っていた。
めもとは完全にかくれてしまっている。
「……ごめんね。永劫くん」
きっときみは、「あやまるな」とあきれたように笑うのだろう。でも、謝らなければならない。
きみを。
きみを求めて、そのさきになにがあるというのだろう。
おそらく、悲惨な結末にしかならないだろう。
知っているし、分かってもいる。それでもきみは、そばにいてくれるのだろうか。
(きみは、とてもとてもやさしいから。)
自分のこころを押し殺してまで、明宜のことを優先するのだろう。
愛されなかった子どもは、愛をもとめる。何をしてでも――何かを殺してでも。
まぶたをとじる。
目の奥をなでる、昔日の光景。
虫やゴミでも見るような目をしていた両親。
力がないものは、珊瑚の家にはいらないのだと言っていた。
いらなかった。
明宜も、ほかのものなど。
なにもいらなかった。そう思おうとしていたが、それさえできなかった。
だからこそか。
彼を好きになったのは。ほんのすこしでも、求めていたから彼を好きになれたのだ。
そしてそれは間違ってはいなかった。否――間違っているのかもしれない。だが、誰にも間違っているなどと言わせはしない。
おそらく、明宜はこころのどこかがこわれてしまっているのだろう。
両親と家を殺し、そしてそれでも、愛をもとめる。
憎んでいても、明宜自身の悲鳴に気づいてほしかったのだ。母に、父に。
「ん、ん……」
かすかな声。
そっと息をのんで、布団のなかでちいさく動く永劫をみおろす。目をこすり、黒い瞳がゆっくりと開かれた。
「めずらしいですね」
ほとんど寝言のような声をしている。なにがだい、と促しても、彼はなにも言わなかった。
「おはよう。永劫くん」
「おはよう、ございます……」
寝起き特有の、むずがったような「おはよう」に明宜はそっとほほえんだ。




