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いちゞくの花  作者: イヲ
第九花
60/68

-6-

 どこか落ち着かなくて、ふ、と息を吐く。

 ストーブをたいてあるから、それほど寒くはない。


「どうかした?」


 テレビをみていた明宜が問うも、永劫はかぶりを振った。

 なんでもない、と。しかし彼は永劫のこころのうちがわを見抜くように、目を細めた。


「病院から帰ったばかりだから、神経が高ぶっているのかもしれないね」

「……なんで、わかるんですか」

「分かるよ、そりゃ。きみ、意外とわかりやすいから」


 はっきりと言われて、とてもおもしろくない。

 明宜はわかりやすい部分もそれはあるが、分からない部分も多々ある。そのふたつのバランスがよく分からずに、時折本心なのか否か、分からない事も多い。

 永劫自身、表情がよくかわる、ということでもないのに、何故分かるのだろうか。


「おもしろくなさそうな顔してるねぇ。でも、わかりやすいって、誤解されないって事だからさ。嫌なことじゃないと思うけど」

「それはあんたの考えでしょう」

「うん。そうだね」

「まあ、別にいいですけど」


 ちいさく笑われて、余計悔しくなる。

 どうしてこの男はいつも余裕そうな顔をしているのだろう。


「……あの、こころの揺らぎがこの先たくさんあったら、いちいち倒れなきゃいけないんですか?」

「それはどうだろうねぇ。その時々だと思うよ。野良神もずっともがき続けているわけでもないし」

「そう、ですか」


 こころの揺らぎに野良神がつけこむと、体のほうも不安定になってしまうのだろう。だから倒れてしまうようなことになったのだ。


「このまま、お守りもちゃんと変え続けていれば、問題はないだろうね。命までとるような力もないだろうし」

「……もし」

「ん?」


 窓がすこし揺れている。外はきっと、風が強いのだろう。もしかすると雪も降っているかもしれない。

 体はとてもあたたかいのに、こころのなかは何故だろうか、どこかひんやりとしてしまっている。

 もしも、野良神がこのこころの中から出ていったら、明宜は――どうするのだろうか。また、あの家に戻るのだろうか?

 それとも――鈴鹿のように、あちこちを渡り歩くようになるのだろうか。


「もし、野良神がいなくなったら、あんたは、……その、どうするんだ?」

「どうするって?」

「だ、だから、また――戻るのか? あの家に」

「ああ、そういうこと」


 いやらしい笑みを浮かべていて、やはり憎たらしい。

 おもわず睨むも、彼は余裕ぶってほほえんだ。まるで、ほほえましいものを見ているかのようだ。


「な、なんだよ……」

「永劫くんは俺がいないと寂しい?」

「な……っ!」


 口をつぐんで、ぐっとくちびるを噛む。

 寂しいかとおちょくられて、寂しいですと言えるほど、永劫は大人ではない。

 それでも、ふと明宜は表情をただして、そっと囁いた。


「俺は寂しいけどね。きみがいないと、すごく」

「……ずるいですね、やっぱり」

「そうかな。本心だけどね」

「――そんなこと、言えない」


 こたつのなかの手を、ぎゅう、と握りしめる。そんなこと言えない。ぜったいに。

 口に出してしまったらきっと、甘えてしまう。


「言ってくれたら、俺はうれしいけど」

「言いません」

「やっぱりきみはかたくなだねぇ。まあ、そこがいいんだけどさ」

「うわっ!」


 いきなり肩をだかれて、明宜の体温をかんじてしまう。部屋はあたたかいのに、この人の体温はいつまでたってもあたたかくはならない。

 それがいつも悲しく思っていても、こればかりはどうしようもできない。――おそらく、自分の体温がうつるのを待つしかないのだろう。


「わ、悪かったな。かたくなで」

「そこがいいって言ってるでしょ。だから、変わらないで良いんだよ」

「……俺は、きっと変わると思う」

「そうだね。ひとは変わる。それでも、変わらない部分はあるんだ。だから、ひとは大切な人を大切にできるんだろう」


 ぐっと、肩にまわされた手に力がこもる。

 その体温がやはり冷えていて、かなしくなった。


 彼の言うとおり、大切なひとを大切にすることはきっと、変わらないことなのだろう。

 若いひとでも、年老いたひとでも。


「……うん」

「前に言ったよね。無理に変わらなくてもいいって。でも、きみが変わっても変わらなくても、俺がきみを思う気持ちは変わらない」


 あまいことばを、耳元で囁かれる。

 こういう言葉を、一体どれだけの女性にささやいてきたのだろう。そう思ってくるとどこか、ふつふつとしたものが心の中にうまれてくる。

 いちいち彼の過去をほじくりかえすことをして、どちらも傷つけることはない。それでも、本音と建て前は違うように、建て前でこの思いを封じ込めることができるほど、大人になれなかった。

 口には、出さないけど。


「あ、信じてないでしょ」

「べ、別に、そんなことは……」

「いいよ、信じなくても。だって、それだけのことをしてきたからね。俺は」

「取り繕うこともしないなんて、潔いのかずるいのか分からないな」

「はは、そうかもね」

「そういうところも、ずるい」


 ぼそりと呟いても、それをていねいに拾ってしまうことも、何があっても永劫自身を守ってくれるとうぬぼれてしまうように仕向けることも。

 すべてがずるくて、それでも――どこか、心地が良いと思ってしまう自分は、きっともう、戻ることができない場所まできてしまっているのだろう。


「だいじょうぶ。きみがもういいよ、って言うまで、俺はきみのそばにいるから」

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