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いちゞくの花  作者: イヲ
第一花
6/68

-6-

「っつーわけで、一つ、よろしく」

「何がっつーわけだ。まあ、いいけど」


チャラい言葉遣いで、ひょい、と手を上げる。

対するは、冷たい空気を放っている、とてもきれいな女の人。

この家の外見はすこし古いが、中に入るとそうでもない。ちゃんと片付いていて、きれいだ。

あぐらをかいている禮は、膝に肘をのせて、じろじろと永劫を見つめる。


「へぇぇえ。この子がねぇ。大学生にしてはすこし童顔だけど、まあ、いい顔している」


童顔と言われて若干ショックを受けたが、水に流すことにした。

彼女はとにかく、ものすごい力を持つ巫女らしい。

馬鹿まる出しの言いかただが、明宜が本当にそう称したのだから仕方がない。


「はい、これ」


畳に置かれたものは、何の変哲もないただの長方形の紙。いや、和紙だ。

その形、その大きさに永劫は気づいた。

幾何学的な模様が書いていないものの、あの部屋に貼ってあった札と同じだということに。


「すまんな。金はいつもの方法で振り込んどくから」

「まいど。それにしても珍しいじゃん。なに、ボランティアでも始めたわけ?」

「まさか」


明宜は肩をすくめると、煙草に火をつけた。

実際、煙草ではないのだろうが、見目、煙草に見える。


「そういえば、こいつもじき終わるな。予備はあるかい?」

「ああ、あるよ。ちょっと待ってな」


そういうと、禮はきれいな所作で立ち上がり、この部屋を出ていった。

なんだ。禮という女性は、煙草も作っているのか。

それって違法なんじゃないのか。

悶々としていると明宜は、噴き出した。


「なに考えてんの、永劫くん。これは煙草なんかじゃないよ」

「じゃあ、なんですか……」

「うーん。虫よけ、みたいなもんかな」

「虫よけ? 虫よけだったら、スプレーみたいなものもあるじゃないですか。虫よけスプレー」

「ぶっ」


再び噴き出した明宜は、腹をかかえて笑い始めた。

失礼な奴だ。むっとしていると、肩をふるわせながら、「いやあ、ツボったツボった」と目じりにたまった涙をぬぐう。


「まあ、たとえた俺も悪いか。これは、野良神が苦手なにおいを出すシロモノさ。もちろん市販なんかされていないし、スプレーなんて便利なものもない」


おちょくられたみたいで面白くないが、ふぅん、とその煙草をまじまじと見つめる。

本当に、はたから見れば普通の煙草だ。


「……ん?」


ふと今の言葉に疑問が生じた。

野良神が苦手なにおい。

イコール、野良神に狙われているということか。


「あんた、野良神に狙われているのか? 俺と、同じように」

「ん? あー……墓穴掘っちゃった?」


思わず敬語を忘れたが、明宜はまったく気にするそぶりも見せず、煙草を持った手で顎を撫でている。

香染色をした目が、まっすぐ永劫に注がれた。


「まぁね。生まれつきっていうの? そういう家系(・・)に生まれちゃったもんだからさ」

「……大変だったんだな……」


思わず呟くと明宜は目を見開いて、ふいと顔をそらせる。

もとからぼさぼさの髪をよけいぼさぼさにしたいのか、がしがしと頭を掻いていた。


「またせたね。はいよ。一か月分」

「……おう。もらっとくぜ」


風呂敷に丁寧に包まれたそれを持つと、明宜はさっさと部屋から出て行ってしまう。

その姿を禮はじっと見つめて、「やれやれ」と肩をすくめた。


「あの、珊瑚さんって一体……」

「ああ。あいつは、依代なんだよ。神さんのね。さあ、あんたもお行き」

「あ、はい……」


依代とは何なのか聞きたかったが、聞くことは許されないと言わんばかりの目をしていた。

あとでパソコンで調べることはできるが、知ることにすこし戸惑う。

何故かはわからないけど。


外に出ると、すでに真っ暗だった。もともと木ばかりで日も通らないのだが、それ以上に、思った以上に暗かった。

思わず足がすくむ。

暗闇が怖いのは毎夜そうなのだが、これは違う。

本当の、純粋な闇だ。

そういうものが、本当に怖い。


「永劫くん?どうしたの、こっちだよ」


そういわれても、こっちとはどっちなのか分からない。

無様におろおろとしていると、手首をつかまれた。

その手は驚くほど冷たくて、ひんやりとしている。思わず喉をひきつらせるが、「俺だよ」という声で安堵した。


「ほんとうに、怖いんだねぇ――」


ははは、と軽やかに笑っている明宜をひと睨みする。

ようやく車に乗り込むことに成功すると、ライトをつけた。今まで見えなかった木々の木目でさえ、よく見える。


ラジオのチューナーを動かしながら運転している明宜の手。

なんであんなに冷たいのだろう。かわいそうなほど冷たかった。

いや、こんなチャラいおっさんにかわいそうも何もないかもしれないが、ほんとうに――冷たかったのだ。


「ねえ、永劫くん。なんでそんなに暗闇が怖いのか聞いていい?」

「……ちっちゃいころから、何故か怖いんですよ。理由なんてないです」

「理由なんてない、ねぇ……」


どうにも腑に落ちないような、そんな声色をしているが無視をする。

本当のことなのだから仕方がない。





「この世界に、理由がないものなんてあるのかな?」



明宜はそう呟いて、赤信号で止まった隙を見計らい、煙草を吸った。

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